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のどがカラカラだった。頭が痛くなってきた。今すぐ逃げ出してしまいたかった。
近所でアマ大会があることを知り、何の気なしに参加してみたのが間違いだった。今の自分の位置づけなんか、知らない方がよかったのだ。こんなところでなくとも、楽しめる場所はいくらでもあったのに。
予選はあっさりと抜け、ひょっとしたらこのままいけるんじゃないか、なんてことまで思った。昔は県代表にあと一歩のところだったりした。ただ、現実はそんなに甘くなく。
決勝トーナメント一回戦。相手は高校生ぐらいのすらっとした青年で、あまり闘志が感じられないタイプだった。舐めていたわけではないけれど、普通にやればなんとかなるとは思っていた。けれども、序盤からがんがん押し込まれてしまった。観たことのない指し方だったが、ひょっとしたら現在の定跡なのかもしれない。
なまじ昔取った杵柄があるばかりに、何とか持ちこたえてしまう。形勢はかなり悪いのだが、相手がミスをすればあるいは、ということであきらめるわけにもいかない。頭をフル回転させるものの、長い間使っていなかった部位はぎしぎしと音を立てながらしか動かない。指せば指すほど苦しくなってくる。早く仕留めてもらわないと、体が持たない。
投了してしまうだとか、わざと悪手を指すだとか、そんなことは本能が拒否をする。世界が回転するような錯覚の中、ようやく僕の玉は詰み筋に入っていた。あと三手のところまで指して、頭を下げた。
立ち上がり、ふらふらとした足取りで会場を後にした。自動販売機でお茶を買い、一気に飲み干す。大きく息を吸い、吐いた。
あの頃の僕とは、完全に違う。今の僕にとって将棋は、真剣に向き合うようなものではない。敬太君に教えるのが楽しくて、自分もまた上を目指せれば、なんて甘いことを考えてしまった。けれども、スタートラインにすら立っていなかった。あの頃形成したものは眠っていたのではない。腐っていたのだ。
確実に弱くなっているし、強さを取り戻すには相当の努力が必要だろう。今の僕には、そこまでの情熱はない。
ぼーっと空を見上げていると、携帯電話が震えた。放っておいたが、震え続けていたので手に取る。成子からだ。
「はい」
「ママが!」
聞こえてきたのは、敬太君の声だった。
「うん?」
「ママがね、帰ってきて、たおれてて、熱いの!」
「え……風邪?」
「わからない……お願い、助けて!」
考えるよりも先に、走り出していた。自分もふらふらとしていたことなど、すっかりと忘れていた。そういえば昔も、成子が困っていれば後先考えずに行動したものだ。
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