8日目 霧の日

 どれだけ不思議な体験をしても、他の人から見ればきっと日常は普通だと思う。

私が、どれだけ周りの人に訴えても、非日常がどれだけ続いたとしても、それは日常になってしまう。


 あれから和人先輩は雨の日に現れては一歩引いた所からサークルの皆を楽しそうに見ている。

サークルの皆も私に和人先輩の事をあれこれ聞いてくる事はない。きっと藤木部長が根回しをしてくれたのだろうか。

 香織先輩もあれから和人先輩の話しはしなくなった。就活で忙しいらしく、既に大手から2社内定を勝ち取っている所は、さすがだと思った。


 「かおりちゃん。好きな人はいるの?」不意な香織先輩の一言に、嘘をつく準備もしていない私は、アクションで答えを出してしまった。

「そう、いいことね。私はもうかなわないから。」どこかさみしげな表情と明るいトーンの声にギャップを感じた。


「きっと、伝わっています。想いはきっといつまでも届くものだと思います。」私はとっさに伝えてしまった。まるで、和人先輩がいつも香織先輩を見つめて微笑んでいることを知っているように。


「ありがとう。そう、思っておくわ。」どうやら慰めや励ましは私の不得手な分野らしい。


 雨が降ったり止んだり。不安定な天気だ。

霧が出始めて、もやっと景色にフィルターがかかる。正直、霧で景色が見えないのは嫌いだ。

 突然の夕立だった。皆は急いで、傘を広げて、屋根のある所まで、避難を急いだ。

そんな中、夕立を前身に浴びている和人先輩が目に映った。

「―濡れますよ!風邪、ひきますよ?」私は、風邪はひくのかと思いながら和人先輩に話しかけた。

「雨って、気持ちいいよね。」前髪で、目は見えない。口元は笑っているようにも見える。

 

 雨の日に、泣いてしまうと、きっと雨か、涙か分からないと、私は思っていた。

「和人先輩、泣いていますか?」私は、雨と涙は区別がつくんだと思った。

「かおりちゃん、雨が僕はやっぱり好きだよ。」


 和人先輩の視線が香織先輩の左手薬指に向いているのに気が付くのにそれほど時間はかからなかった。

どうやら年上の彼氏ができたらしい。私は、さっき励まそうとした好意を子供っぽく感じてしまった。


「風邪をひくので、どうぞ。」水玉模様の傘が、二人を雨から切り分けた。

精一杯の背伸びだった。

「ありがとう、かおりちゃん。」同じ名前なのに、ちゃんという三文字がつくだけで程遠い、距離感を感じる。


 私は、この人に恋をしているんだ。

好きとか、嫌いとかではなく、この人の境遇に同情しているという気持ちも、もちろんもっている。

恋愛はもっと論理的にこの人のこういう所が好きという気持ちからくるものだと思っていたが、どうやらそんな簡単ではないらしい。


「—かおりちゃん、雨は好き?」和人先輩からのお気に入りの質問がきた。


「はい。大好きです。昨日より、今日と毎日好きになっていきます。」私は、全身全霊で、気持ちを返した。



 もうすぐ梅雨が終わる。

雨には様々な表現がある。英語では一単語が、日本語の表現を誇らしく思う。

梅雨の終盤の雨、送り梅雨。


 明日は…毎日が雨ならいいのに。


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