第2話 メイドのとある一日

私は魔王様付きのメイドです。 種族は淫魔族。俗にいうサキュバス。名前はイネスです。 

 魔王様、改め『にゃおう様』の身の回りの世話をするのがお仕事です。

 にゃおう様はとても可愛らしい。このにゃおう様付きのメイドの座も、熾烈な争いを経て勝ち取ったものです。

 広大な魔王領の、実力的なNO.2がこのイネスと言うことになります。

 

にゃおう様は、小さく愛らしく、それでいてとても凛々しいケットシー族出身の魔王です。本来はとても長い名前があるのですが、面倒・・・・・・いや、その愛らしい御姿から猫魔の魔王様『にゃおう様』と呼ばれています。というか、私も命名した者の一人なんですけども。

 そのしっとりとして艶やかな毛並みは、私も含めた全魔族を一瞬で魅了した力量の持ち主です。淫魔族が魅了されるなんて恥ずべきことですが、にゃおう様の魅力に前にはとるに足らないことです。


 今日もにゃおう様の一日が始まります。

 にゃおう様寝起きの儀は、私も含めた数人の実力者が見守ることから始まります。


 にゃおう様の寝起きをサポートする栄誉あるお仕事も、非常に競争率の高いお仕事です。私たち魔王軍は実力がすべて。にゃおう様を除いて最強の私が、毎日お世話するのは当然のこと。私以下の者たちの入れ替わりが激しいのが私の実力を物語っています。

 寝起きの儀は早朝から始まり、昼前に終わります。その間、記録係がにゃおう様の御姿を『写真』というものに保存していきます。にゃおう様の写真を集めた写真集は、私たち魔王軍の重要な収入源。にゃおう様は魔王領の経済すら握っています。

 にゃおう様は夢の中で顔を洗っているのか、手で顔を洗うしぐさをしながら寝言を『うにゃうにゃ』と言っています。もう鼻血ものです。悩殺です。寝起きの儀は、私たち魔王軍の実力者たちがにゃおう様を愛でるためではないのです。えぇ、決してそんな訳ではないのです。警護なのですよ警護。

 

 寝起きのにゃおう様はとても可愛らしい。寝ぼけてトロンとした眼、口の端から少し垂れたよだれ、そして寝癖がとてもラブリーです。普段の凛々しさからは想像もできない姿に、皆がメロメロです。ギャップ萌えと言うんでしたっけ?

  

 にゃおう様は起きると、魔法で身だしなみを整えます。本来であれば私たちお世話係が身だしなみを整えるのですが、にゃおう様は『非効率的だ』と手ずからの身だしなみを拒否なされて、魔法へと切り替えました。数日の間、私たちが枕を涙で濡らしたのは言うまでもありません。

  

 他の魔族なら寝起き後に朝食ですが、勤勉なるにゃおう様は一日一食です。そのため、身だしなみを整えた後は、即座に公務が始まります。

 にゃおう様はとても優秀です。どれくらい優秀かと言うと、この魔王城に集まるすべての仕事をにゃおう様が処理できるほどに。

 私たち側近は、そんなにゃおう様を見守る大事な仕事があります。えぇ、決してサボりではないのです。

 にゃおう様の執務室は最初はもう少し小さかったのですが、段々と拡張されました。にゃおう様の即位直後くらいは、私とにゃおう様の二人きりでしたが、いくら魔王軍のNo.2とはいえ、それは単体での話。数の暴力には勝てません。にゃおう様なら魔王軍全軍を相手にしても負けないでしょうけど、残念ながら私はそこまでの実力者ではありません。そうしているうちに、執務室に入る者が一人増え、二人増え、気が付いたら執務室が手狭になり拡張、そのまた拡張を繰り返し、今では広大な執務室の壁は総ガラス製となっています。もちろん、にゃおう様を観さ・・・・・・いえ、警護するためにです。


 にゃおう様を警護する人数が増え、その結果、魔王城の仕事が回らなくなり、にゃおう様の仕事が増え、忙しく動き回るにゃおう様の御姿に一同がホッコリし、また警護の人数が増えるという悪循環に、にゃおう様は魔法での分身術を用いてこれに対応。にゃおう様より少し小さめな分身体を見て、興奮のあまりに倒れる者が続出。そしてにゃおう様の仕事が増えるという悪循環。増えた『子にゃおう様』がさらに増えるということで、いまや魔王城の仕事は、にゃおう様一人と72匹の子にゃおう様が切り盛りしているのです。 

 広大な執務室を『にゃ~にゃ~』と意思疎通をしながら働く姿は写真集にもなり、人族側にも販売されています。当然、その写真集の被写体が魔王であることは伏せられていますが、人族の中には非公式ながらもファンクラブが結成され、知らないうちににゃおう様を崇めているといった状況です。当然この事はにゃおう様もご存知です。にゃおう様は、魔王信仰者と誤認識しているようなので、あえて訂正はしていませんが。

 にゃおう様を常に警護している者たちで一番人気の時間、それが食事の時間です。

 ケットシー族は、普通の猫種とは違い、手の指が少し長く、物が持てます。それでも私たち普通の魔族からすれば、幼児がナイフとフォークを使い食事してるような見た目になりますが。


『今日も酒がうみゃ~~にゃ!』

 

 にゃおう様は、ケットシー族の例にもれず、マタタビ酒が大のお気に入りです。

 にゃおう様は酔うと、ナ行が『にゃ』になったり、マ行が『みゃ』になったり、語尾が『にゃ』になったりしますが、それはケットシー族にとっては普通のこと。にゃおう様が即位して間もないころは、正に一片の欠点もなく、完璧な魔王を演じておられましたが、それでは持たないと思い、私たちメイド一同が強くお勧めした結果、嗜む程度に飲むようになりました。にゃおう様のストレス解消になれば・・・・・・との想いからの行動なのです。えぇ、決して酔わして発生する失態を観察し、ニヤニヤするためではないのです。


 食事の時間が終われば、就寝です。

 にゃおう様は身に着けていた物を所定の位置に戻し、身だしなみを整える魔法を使い、寝床へ向かいます。この身に着けていた物の手入れ係も、熾烈な争奪戦があります。ですが、私はそっちには興味がないのです。直に触れる実力ある私が、そんな身の回りの物という代用品で満足できないのは当然です。

 

 寝床に入ったにゃおう様へは、ブラッシング係がにゃおう様が寝付くまで、優しくブラシをお掛けする仕事があります。

 最初はこの仕事も私が独占してたのですが、その後の話し合いという名のバトルにて、当番制で当たることになりました。

 やはり数の暴力には無傷では勝てません。下手に怪我をしますと、にゃおう様に御心配をおかけしますしね。


 にゃおう様が寝付けば、そのままブラッシング係は添い寝番となり、翌朝の寝起きの儀まで床を共にします。

 にゃおう様と二人きり・・・・・・ブラッシング係が、超絶な人気職となのは言うまでもありませんね。


 こうして、にゃおう様の愛らしい一日は終わりを告げます。

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