第1章

 念願叶って”透明人間”になれた男は、最初のうちは無断欠勤していることになった会社の様子を見に行ったりと、していたのだが、いよいよ本当に他人を何も気遣う必要がないと理解すると、欲望の赴くまま、”透明人間ライフ”を謳歌し始めた。

 飛行機に乗って色んな国々を飛び回り、観光を楽しんだり。

 映画館で一日を過ごし上映中の作品を網羅したり。

 男の夢、女湯やランジェリーショップの更衣室に潜入したり。

 テーマパークなんかで楽しみ人をのんびり眺めたり。

 今まで興味はなかったが、流行りのアーチストのライブを最前で見たり。

 以前の自分じゃできなかったこと、いや、普通の人じゃできないことをなんでもできる気がして。実際できているのだけれども。


 しかし、今までなんの取り柄も無く、退屈に無気力に生きてきた男に誰にもできないことができるようになった。そうして人としてのステップを進めた男には自己顕示欲、承認欲求が芽生えることになる。

 そこからの男の変わりようは凄まじかった。彼が訪ねる場所は

 民間人も巻き添えの紛争地帯。

 大規模な火災現場。

 挙げ句の果てには、死刑執行を見物しに行くほど彼の心は荒んでいってしまった。

人は一人で生まれて、一人で死ぬ。しかし生きて行く上で寂しさを誤魔化したり、心を育てるためには他人が必要であり、その他人とは他のものと取って代わることなどできない。

 自分が夢見ていた透明人間の暮らしは決してこんなに孤独を感じ辛いものではない。何を叫んでも、何をしても、誰も反応してくれない。これが夢であってほしい、元の人間に戻りたい。男の心はすでに壊れかかってしまっていた。

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