第4話 結託

「え、恋佳れんかお前知ってたのか?」

 自身がかつて大魔王ゼルファーディスと呼ばれる存在であったことを勇者シュテリヒト(空川そらかわ あおい)との再会で突如として思い出してしまった入学式の夜、瀬尾せお 顕生あきおは幼馴染の寺崎てらさき 恋佳れんかに「あれ~? 何かあったんじゃないの?」としつこく問いただされ、握られている弱みもあって、笑われることを願って朝のことを告白した。

 しかし、その反応は「あっ、やっぱり気付いてなかったんだね」という顕生の予想を裏切るものだった。


「うん。だって、あ、……ゼルファーディス様を何度も転生させていたのはボ……、私ですから」

「言いにくそうだし、今更敬語とか気持ち悪いから普段通りで呼んでくれよ。こっちもお前のこと今更テレジアとか呼びたくねぇ」


 そう、顕生は自分がそういった絶大な力を持つ存在であることなど別段喜んではいなかった。むしろ、彼は平凡だが花のある高校生活を送りたくて仕方がないのである。

 顕生がそう思うようになった理由は目の前の幼馴染なのだが……。


「うわ、優しい……! えへへ、大丈夫だよ? 顕生っちのことは、ボクが絶対に守ってあげるからね? 顕生っちの平和を乱したりなんか、絶対にさせないからね」

 何やら感極まってそれを言うどころではないし、不安しかない言葉とともに包容されて何も言えなくなってしまった……。


 * * * * * *


「そうだ、葵。僕たちはかつてあいつ――今は瀬尾とかいう名になっているようだが、大魔王ゼルファーディスを倒した仲間同士だ」

「そ、そうなんだ……っていうか夕輝ゆうきはずっと知ってたの?」

「あぁ。何せ君とずっと一緒にいる為に何度も転生してきていたからな」

 一方の葵――かつての勇者シュテリヒトも、幼馴染にして伝説に語られる魔術師レヴナントその人である支倉はせくら 夕輝ゆうきから顕生が聞かされたのと同様の話を聞かされていた。


 その話を聞くうちに、葵の中には複雑な気持ちが芽生えていた。

「あ、あのさ……」

「! どうした、葵!? まさかやつらが何か呪具でも使い始めたか!?」

 いつもは天真爛漫という言葉が相応しい元気ぶりを発揮している葵が少し表情を曇らせたために、夕輝が過剰なまでに反応し始める。それを慌てて止めながら、葵は胸の内を告白する。


「ぼくはさ、確かにそういうのを思い出したよ? でもさ、やっぱり空川 葵なんだよね。だから、そういうのよくわかんなくて……。

 夕輝にも今まで通り過保護で口うるさい夕輝でいてほしいし、今までの毎日が続いてくれればぼくはそれでいいんだ。思うんだけど。何でこんなこと思い出しちゃったのかな、とかさ……」

「葵……!」

 感極まった様子の夕輝が、葵を抱きしめる。

「え、どうしたの夕輝? あのさ、息苦しいよ……?」

「心配するな、葵! 君の願いは必ず僕が守る。何があろうと、やつらに手出しなどさせないからな……!」


 いや、そういうこともあんまり言わないでほしいんだけど……。


 そう言おうとしたが、あまりに強く抱きしめられたせいで息がうまくできなかった葵は何も言えずにいるだけだった。



 * * * * * *


 翌日の昼休み。

 クラスにも少しずつ馴染んで、どうにか計画通り『リア充高校生活』への第一歩を踏み出した(と思っていた)顕生のもとに、珍客が現れた。


「あっ、昨日掲示板のところで会った瀬尾くんだよね! ちょっと、さ。2人だけで話したいんだけど、いいかな……?」

 モジモジとはにかんだ笑みを浮かべているのは、空川 葵――勇者シュテリヒトだった。

 待て、というか何故はにかむ!?

 思わずそう言いたくなるのを堪えながら、顕生は「おぅ、空川くんじゃん。どうした?」と返す。しかし、つい別のことも考えてしまう。


 わりと可愛い顔してんな、こいつ……。

 そういう同級生から、たとえ同性とはいえ「2人きりで」などと誘われることになるのは生まれて初めてのことである。思わず意識してしまうのも、無理からぬことであった。

「ちょっとね……」

 背後で気色ばむ恋佳に「ちょっとで戻るから」とだけ言い置いて、顕生は彼に呼ばれるままに、3階の渡り廊下へと向かった。


 風が吹き抜ける渡り廊下。

 葵は、緊張した面持ちで口を開く。それを受ける顕生も、同じく緊張した表情である。


「あのね、瀬尾くん。昔色々あった……ていうか戦ったわけだし、こういうことを言うのも迷惑だと思うけどさ」

「あぁ、俺もちょうど言いたかったことあるし」


 そして、2人は同時に口を開いた。


「ぼくと、友達になってください!」

「俺とさ、友達になってくれないか?」


「「…………え?」」


 吹き抜ける春の風の中、2人の声が重なった。

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