第3話 伝説が再び始まった……?

「お、お前……、まさかシュテリヒトか?」

「君さ、ゼルファーディス……、だよね?」

 今日は、高校の入学式。

 そんな日に、出会ってしまった。

 出会っただけではなく、顕生あきおあおいの脳裏には、それまでの人生ではありえないような記憶が次々に浮かび上がっていた。


 * * * * * *


 切り立った崖の上に立つ神殿。

 かつてそこはいくつか並行して存在する世界の均衡を司る神を祀っていたというが、勇者と大魔王が対峙したとき、そこは神殿に住まう者を全て排撃した大魔王の居城となっていた。

 無数の屍が床にたおれている。

 それらは、かつてこの神殿の主である大魔王に挑んだ勇士……そのうちここまで辿り着くことのできた、それだけで稀代の英雄と謳われるべき勇士たち。そして、そんな彼らをことごとく屠ってきた錬金術師テレジアの兵団の成れの果ての姿。

 神殿の最奥で繰り広げられた死闘。

 異空間と化した神殿内でなければ、恐らくは闘いの余波で辺り一帯……大陸全体が滅びてしまっていただろうという剣戟と魔術の応酬。隕石が振り注ぎ、それらを容易く砕く剣が閃き、血しぶきが舞う。


 そして、伝説通りの決着がつき、そして……


 * * * * * *


「どうして、ここで君に……?」

「つーか同じ高校とかありえないんだが……」

 葵と顕生は、互いの顔を見合わせて眉根を寄せる。自分たちがかつて宿敵同士であったことはもはや否定のしようがない。

 旧友に再会したときに相手とあった様々な記憶を思い起こされるような実感とともに、お互いに自分が勇者シュテリヒトとして、大魔王ゼルファーディスとして、その死闘へ至る邂逅より以前の記憶まではっきりと思い出したのである。


 どういう理屈かは、本人たちにはわからないが、何らかの理由で自分たちは日本の高校生としての生を送っている。

 否定したくても、否定することはできない。

 もう、葵の中には勇者シュテリヒトとしての、顕生の中には大魔王ゼルファーディスとしての、意識が顕在化してしまっていた。

 

 そして、2人に共通して芽生えた気持ち。

 因縁がある自分たち同士は仕方がないこととはいえ、この生で得た大事な幼馴染を巻き込むわけにはいかない……!


 先に口を開いたのは、顕生だった。

「な、なぁ。とりあえず、もう教室行けよ、な? 名前とか全然わかんねぇけどさ」

 言いながら、もう勇者としての名前を呼んでしまった後であることを思い出したが、顕生にとってそこは問題ではなかった。


 大魔王ゼルファーディスとしての記憶が戻ったことで思い出した「闇の勢力」を率いる者としての義務――世界に溢れかえってしまった眷属たちの生活を保障するための領土拡大――の重要性も理解していた。

 しかしその一方で、15年間生きてきた「瀬尾せお 顕生あきお」としての願望もあった。


 高校で「リア充」ライフを満喫したい!

 部活や恋に燃える高校生活……幼馴染の寺崎てらさき 恋佳れんかがどうしてかどこにでも付きまとうせいで小・中学校では送れなかったそんな日々に、いつしか激しい憧れを抱くようになっていた顕生である。

 どうにかして、その願いを叶えたかったのである。



 その言葉に応じる勇者シュテリヒト……空川そらかわ あおいの言葉は。

「あぁ、そうだね。ありがとう、もう時間ギリギリだもんね! じゃ!」

 言葉だけではなく、それと同時に下駄箱へ向かっていく葵。その後を追ってくるであろう幼馴染――支倉はせくら 夕輝ゆうきを振り返ることなく。


 勇者である以上、世界の平和を乱しうる力を持つ存在――大魔王ゼルファーディスが生きているならば打倒しなくてはいけない。それはわかってはいた。

 それでも、葵はこの「平和な時間」を何よりも愛していた。

 真面目で優しくて、時々過保護で困ることもあるが頼りになる幼馴染、夕輝。そして今まで出会ってきて、今も親交のあるたくさんの友人たち。彼らと一緒に笑っていられる日常を、葵は何よりも愛していた。

 もしかしたら、勇者シュテリヒトであった時代からそうだったかもしれない。

 しかし、使命など背負っていなかった15年間は、まさに理想だったのだ。

 向こう――ゼルファーディスの方も何か事情があるようだし、戦わずに済むなら戦いたくない。そんな思いがあった。



 そんな両者の気持ちの結果、掲示板近くで戦闘が起こることはなかった。

 だから、顕生も葵も気が付かなかった。

 それぞれ同行していた恋佳と夕輝が、刺すような視線で相手方を睨みつけていたことに。


 * * * * * *


 入学式が終わって、クラスでの顔合わせも終わった自由時間。

 春風が吹きすさぶ屋上に、2人はいた。


 本来ならば立ち入り禁止で、厳重に施錠されている屋上だが、彼らにとっての施錠は施錠のうちには入らない。

 彼らの間には、殺伐とした空気が流れる。


 寺崎 恋佳の顔には、顕生に接している時のようないたずらっぽい笑顔も周囲と接している時の「明るいクラスの人気者」然とした笑顔もなく、ただ冷たい殺意を湛えた顔で相手を睨んでいる。

 対する支倉 夕輝も、いつものクール……と表現される次元ではない、絶対零度すら下回るような冷たさを込めた瞳で、まるで視線だけで目の前の少女を射殺そうとするように睨む。


 先に口を開いたのは、恋佳だった。

「あのさ、今更何の用なわけ? こっちはあんたらに手を出すつもりないんだけど。ボクはただ、ゼル――顕生っちと一緒にいたいだけなんだし。そっちだってそうなんじゃないの?」


 夕輝は冷笑とともに頷きながら、言い返す。

「あぁ、当たり前だろう? 誰が貴様らなんぞに用があるものか。愛する友と一緒にいたい。僕が何度もであいつを蘇らせてきたのはそういう理由だ。貴様らなど眼中にない」


 睨みつけながらも、互いの心情を察する。

 そして、2人は同時に同じ結論に達する。


「じゃあ……」

「このは本当に、ただの偶然だったんだな?」

「何なんだし、ほんとに」

「こちらの台詞だ……」


 そこまで会話したところで予鈴が鳴る。そろそろ戻らなければ、互いの連れ合いが心配するだろう。

「とにかく今日はこのくらいにしておくけど、ちょっとでもボクたちにとって危なそうなことしたらまずあんたから殺すからね? レヴナント」

「それはこちらの台詞だ、テレジア。ゆめゆめこの世界の平和を脅かさないことだな」


 伝説において、勇者シュテリヒトを支え助けた魔術師レヴナント……支倉 夕輝。

 そして大魔王ゼルファーディスの側近と伝わる錬金術師テレジア……寺崎 恋佳。


 入学式の賑わいにある高校の屋上で向かい合う2人のうち、去り際に舌打ちを漏らしたのはどちらだっただろうか。


 かつての勇者とかつての大魔王。

 当人たちの「どうにかやり過ごそう」という努力をよそに、屋上ではソドムとゴモラの災禍すら生易しいほどの火花が散っているのであった……!

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