第2話 再会は、桜の木の下で

「おーい、顕生あきおっちー! そろそろ出ないと遅刻するよ~!」

「おう! 今から行くからちょい待っててくれ!」

 桜の花咲き誇る……時期は少し過ぎて、もう散り始めている4月初め。この日から晴れて高校生活を送ることとなった瀬尾せお 顕生あきおは、腐れ縁というのにも飽きて幼馴染と開き直ることにした相手、寺崎てらさき 恋佳れんかの声に答えながら慌てて靴を履いていた。


 明日から高校生……!

 過去の知り合いもほとんどいない環境で新しい関係を築いていって、たとえば偶然奇矯な言動をするクラスメイトと出会ったりして、それで他にも色々な特徴を持った知り合いを作って、そしてあわよくば恋人とか……!

 そんな、もはや前時代的とすら言える期待をし過ぎて眠れずに明け方を迎えてしまった顕生は、何と入学初日から遅刻寸前という時間まで眠っていたのである。


「入学早々遅刻なんて、恥ずかしいよ~? 顕生が言ってる『夢と希望に溢れた高校生活』だっけ? それも難しくなりそう~」

「心配そうな声色使ったって顔がにやけてんのはわかるぞ、恋佳」

「え~?」


 寺崎 恋佳とはそういうやつである。

 軽くウェーブを描いた黒髪にクリッとした目、背が低いなりに整った体型で、アイドル歌手オーディションの最終選考まで残った声……等々、わかりやすく揃った「美少女」の記号で構成されているこの幼馴染は、他人の受難を見ることが何よりも楽しみという、それを知るものからすると最悪な趣味の持ち主である。

 社交性が高く猫をかぶっているため、今のところそれを知っているのは顕生だけなのだが。


 周囲からは羨ましがられるが、そんなやつと腐れ縁など、微塵も嬉しくないぞ……! 高校に入ってまでこの幼馴染から離れなかった不運を嘆きながら、顕生は律儀に恋佳の言葉に反応する。


「え~、高校進学ぐらいでボクが離れると思ってんの~? ずっとずっと一緒なんだよ、ボクたちは」

「急に怖いこと言うな気持ち悪い!」


 そんなやり取りの最中でさえ、顕生の手元にモタつきはない。

 靴を履き終え、そこから流れるような手付きで玄関ドアを開けて鍵を閉める。

 今から走れば、とりあえず遅刻はしない! ギリギリに教室に入ったって、案外それが話題の種になって早めに知り合いを作れるんじゃないか!?

 そんな奇妙な方向に向いたプラス思考に水を差すように、「え~、無理だよ顕生っちすっごい人見知りだし。何だかんだボクが仲介してたんだよ、今までの友達だって」という悲しくなるような言葉が隣から浴びせられるが、それは春の陽気が招いた妖精の囁きだということにして受け流す。

「へぇ、ボク妖精だったんだ! ありがとう、顕生っち♪」

「うっせぇ! とにかく走るぞ!!」

「え~、顕生っちのペースに合わせてあげてるのに~」

「うっせぇ通り越してうぜぇ!」

 春休み中に何度か通ってきた道を、かなりうるさい声を上げながら全力で走る2人の姿はもはや日常風景となっているのだろう。近隣の住人たちは言い合いを続けながら走り続ける顕生と恋佳を微笑ましげな眼差しで一瞥するのみだった……。


 * * * * *


 顕生と恋佳が通学路を走っている頃。

 2人の目的地である高校の正門を通って一通りの歓迎の言葉を聞き流してクラス発表の掲示板を眺めている男子高校生2人組がいた。多くの同期新入生は既に見終えているはずの時間とあって、そこにいるのは彼らだけだ。


「まったく、君はいつまで経っても早起きができないよね、あおい

「ごめんごめん! でもさ、こうやって夕輝ゆうきが起こしてくれるならそれでもいいかな、とかおれは思ってるんだけど?」

「僕は君の目覚ましアラームか何かなのかな? そんな甲斐甲斐しい機能を身につけた覚えはないんだけど、絶対にめんどくさいし」


 掲示板があるのは、花の散り始めた桜の木の下。

 春爛漫といった気候の中、銀ブチの眼鏡を直す支倉はせくら 夕輝ゆうきの顔には、マロースさながらの冷たさが貼り付いている。ただ、そう言いつつも面倒見のいい幼馴染の性格を把握しているからだろう、怒られているはずの空川そらかわ あおいがにやけた顔を崩すことはない。

「とりあえず、僕は君と同じクラスらしいから。高校ではあまり僕に世話をかけさせないことだ。それと、あまり人気ひとけのない所を1人で歩くなよ? それから……」

「うん、とりあえず大丈夫だから。あんまり心配しなくて大丈夫だよ、夕輝?」


 空川 葵と支倉 夕輝。

 2人は傍から見ると兄弟のようだと言われ続けていた。

 葵は小学生と間違われそうなほど小柄で、興味のあること以外に無頓着だ。それでも持ち前の笑顔とコミュニケーション能力で周囲から愛される存在である。

 対する夕輝はスラリとした長身であり、整えられた髪型やモノトーンで統一された私服などは、周りにもしっかりした印象を与えている。そして葵の傍でずっと世話を焼いていた。

 そんな関係は、2人にとって当然のものとなっていた。


「まったく、昔から変わらないよな……。よくそれであの時、」

「もう、いつまでも言ってないで教室行こうよ、……ん?」

 掲示板を離れようとした葵の耳に、ふと声が聞こえた。


「よっしゃ、ギリギリ着いたぞ! どうだよ恋佳!」

「すごいすごい! でも、これからクラス発表の掲示板見るってわかってる?」

「わかってるから!」


 その声を聞いた瞬間、ほんの少しだけ、何かを感じた。



 * * * * *


 そしてその姿を見た瞬間に。


「お、お前……、まさかシュテリヒトか?」

「君さ、ゼルファーディス……、だよね?」


 ほぼ同時に。

 顕生は青ざめながら。

 葵は驚いたような顔で。

 互いに対して確信に近い問いを発していた。

 

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