第12話
幽霊。
死んだはずの人間の魂が、未練と共に現世にとどまったもの。
そう言う意味では聖教会が寄越した追加メンバーはまさに幽霊だった。
ジィさんの部屋で待っていた俺たちの前に現れたのは、亡くなった勇者の鎧に全身を包んだ女性だった。
勇者が簡単な額当てをしていたのに対して、目の前の鎧姿の人間は目だけを出したフルフェイスヘルムを被っているので、性別すらはっきりとは分からない。ただ、兜のネックガードからソフィアと同じ、艶やかな黒髪がこぼれていた。
そして兜を脱いで露わになったその姿に、わかっていたはずの皆んなが思わずため息をついた。
「カノン…」
美しかった金色の髪を黒く染め、勇者の装備に身を固めて現れたのは、ハインリヒの腹心の部下であり、先の戦いで戦死したはずのカノン副団長だった。
「えっと、念のために聞くけど本物の幽霊じゃないよね?」
リティが不思議な質問を投げ掛ける。
「本物の幽霊とは妙な表現ね。少なくとも私は生きているわよ。」含み笑いを浮かべながら、勇者に扮したカノンが答える。
「あの日に火葬された遺体は偽物なの。棺桶が二重底になっていて、途中で入れ替わってね。」
ハインリヒ隊副隊長のカノンは死んだ。
公式にはそのようになっているらしい。
「で、家族はこの事を知っているのか?」
バルの問いかけにもカノンは静かに首を横に振る。
「いえ。私が生きている事は、一部の教団幹部とその工作員しか知らない事。父親にさえ伝えられていないわ。」
何故だろう。
たしかに初対面での失言は負い目に感じているのだが、それだけではない鬱屈が胸の奥にたまっていた。
それが思わず、
それじゃあ、嘘を禁じた聖騎士の誓いに反することにならないかと。
嘘ではないわ。
教団の掛けた忘却の魔法があると言う。
例え明るい空の下ですれ違っても、カノンの存在に気がつく事は無いそうだ。
「神のみわざをもって、カノンという人間はこの世から完全に姿を消したの。」
やだぁ、可哀想にねぇ、とカノンの周りをふわふわと漂いながら、あまり可哀想でない口調でソフィアがのたまう。
そのソフィアに出し抜けにカノンが向き直り、踵をカツリと鳴らして胸の前で聖剣を掲げる。
急に最敬礼をされてビクリと縮こまるソフィアに構わず、カノンが凛とした声でソフィアに告げる。
「どうか、可哀想などと言わないで欲しい。むしろ、ソフィアには聖教会を代表して謝罪します。」
それは騎士が絶対の服従をあらわす動作だった。剣を取り上げて首を刎ねられても不服はない、という気持ちを示すものだという。
(どうせ、幽霊が剣を持てるはずもないのに)
大袈裟な挙動に鼻白む俺に構わず、カノンが続ける。
「見も知らぬ世界に一方的に召喚した上、その御身を守る事なく死なせてしまった。如何なる謝罪の言葉も重すぎることはないわ。」
いいのよ〜、大袈裟ねぇと手をヒラヒラとふるソフィア。
しかし微動だにしないままカノンが続ける。
「それに比べれば私が一切を捨てて魔王討伐の旅に出るなど、些末な事。
この剣にかけて誓おう。貴女の遺志を継ぎ、必ず魔物の血の最期の一匹に至るまで駆逐すると。」
やだぁ、堅いってカノンちゃん。
まぁ、肩肘張らずに行こうや。
大丈夫じゃよ、ミッションが終わればご家族に胸を張って会いにいけるからの。
口々に励ますメンバーを横目に、抑えようのない感情にかられる自分がいる。
「何を芝居がかった」
口をついてでた呟きに皆は気づいたかどうか。
ギョッとした表情でこちらをみるルーの視線が、記憶にかすかに残っている。
どうしてあの時、あんな事を口走ってしまったのだろう。
自らを突き動かす鬱屈した思いを抑えきれないまま、オレは黙って鎧を脱いだ。
「最後の一滴までか。じゃあ、俺がお前の最期の獲物になるのかな。」
室内が水を打ったように静まり返る。
カノンの視線が俺の顔に、腹部にそして再び顔に注がれる。
やがておもむろに立ち上がり、視線を外さぬままに俺の前に立つと、
ばちん
いきなり両手で頰を挟まれた。
「こらあ、そこの男の子!ウジウジした事を言わないの!」
顔にかかる息がほんのりと甘く、焦って手を外そうとするが、女性離れした力に顔が歪むばかりで一向に逃げられない。
「カノンは姐御キャラだったのか…」
「弟さんが引っ込み思案なので、グイグイいく人だとは聞いてましたが…」
「いいねぇ。姉さん女房も悪くないんじゃないか。」
外野が勝手なことを言っている。
というか、実年齢は俺の方がだいぶ上のはずなのだが。
雑音に構わず、真っ直ぐに俺の目を見つめたままでカノンが言葉を継ぐ。
「教会の情報網を舐めないでね。ありとあらゆる所に教会の『眼』は入り込んでるんだから。」
ほら、鍛冶屋のない村はあっても、協会の無い集落なんてないでしょう。
貴方の体質も知った上での教会の人選なのよ。ねぇ、ジグルトさん。
「ジィさんで構わんよ。」
肯定しつつ、ジグルトが答える。
「言葉の
「でも、出自でメンバーを差別するほど余裕がある状況じゃないの。それに貴方がどういう人かは、この傷が証明してるじゃない。」
はい、仲直りの握手〜。
ついでに誓いのキスもしとこうか〜。
ソフィアがかまびすしい事この上ないが、俺はというと何気なくカノンが拳をめり込ませてきた腹を押さえて悶絶していた。
姉御キャラか何か知らないが、取り敢えず加減を知らない馬鹿力の持ち主である事は身にしみて理解した。
《勇者の消滅まで残り30日》
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