第11話

 次に目を覚ましたのは、皆が寝静まった深夜だった。

 ベッドから身を起こすと、ベッドのそばまで寄せたソファでルーがスヤスヤと寝息をたてていた。

 恐らく徹夜で看護してくれていたのだろう。


 腹と腕に巻かれた包帯をそっと取る。

 多少の違和感はあるが、動ける。


 傷跡の状態とともにそう判断した俺は、ため息をついてそっと立ち上がる。

 気配に気がついて飛びついて来ようとするユキをシッと抑え、静かに付いてくるように目で合図した。


 たいした量のない私物を身につけ、音を立てないように扉に向かおうとした俺の前に、不意にソフィアが降ってきた。

 驚く様子も見せない俺につまらなそうに唇を尖らせながら、それでも気を使って囁き声で話しかけてくる。


「ふーん。そうやって、黙って逃げちゃうんだ。」


 その声を無視して、首を振りながら扉に手を伸ばす。


「ねぇ、ルーがどんなに頑張って貴方を看護したか分かってる?バル達が手伝おうとしたのを断ってずっと一人でついてたんだよ。」


 知っている。夢うつつでも彼女の声は聞こえていたから。

 だが俺にも譲れない一線というものがある。

 俺は黙って振り返ると、ルーの後ろ姿に深々と一礼した。


「ねえ、そうやって黙って立ち去るのは良くないと思うよ。力ずくで止めたりはしないけどさ。」


 首を振り、部屋を出ようとドアノブを掴む。

 瞬間、いきなり膝から下を拘束された。見るとルーの式神(ヘビ)が足元に巻きついている。ついでドアの隙間から這い出てきた式神(タツ)が目の前で呪文を唱えた。

「発雷」

 容赦なく畳み掛けられ、俺は無様に床に転がされる。


 言わんこっちゃない、と言いたげな表情で見下ろしてくるソフィアの背後から不意に声をかけられる。


「ソフィアと共同で開発した不審者迎撃用のブービートラップです。」

 寝ていたと思ったルーがゆっくりと立ち上がっていた。

「風呂場を覗かれている様な気配がしていたので開発してみました。ちゃんと作動しましたね。環境が濡れていないのでカミナリの威力はイマイチですが。」


 物騒な事をのたまいながらルーが近づいてくる。

 俺の横にしゃがみこむと、倒れたままの俺のシャツを強引に捲り上げる。


「サヨナラも言わずに去ろうとする理由はこれですか?」


 そう。

 看病しているなら当然気がついただろう。


 俺の腹の矢傷は塞がっていたが、その跡も見えないくらいの剛毛に覆われていた。

 艶やかながら鋼の強さを持つその銀毛は、一目で人のものではないとわかる。ユキと同じ、狼のそれだった。


「母親の系統で遠い過去に混ざったらしい。魔物の血が流れているんだよ俺には。それが魔王討伐とは笑い話だろ。」


 いわゆる狼男だが、月夜の晩に自らの意思で変異できるほど強い因子は持っていない。

 ただ、命に関わる様な大怪我をした際、瀬戸際の危機感が微かな血を呼び起こすのだろう。傷を受けた場所を中心に獣化し、驚く様な回復力を見せると共に数週間はこの状態が続く。


 今まで一所に定着できなかった主な原因がこれだ。

 勇者のパーティーに組み込まれるまで、同じ場所に一年と止まった事はなかった。皮肉にもそれが凄腕のハンターの噂を拡げる事になったのだが。


 そんな俺が旅の途中でジィさんたちと巡りあい一緒に旅をする事になる理由はなんだっただろうか。

 思い出そうとするとズキリと頭が痛む。


「おーい。入ってもいいかぁ」

 扉の外からバルの呑気な声がした。返事も聞かずに入ってきたバルとリティが床に転がる俺を見て苦笑する。


「あー、お前もやられたか。まぁ、お陰で俺たちが無事に入れる訳だが。」助け起こすでもなく、俺の横を通り抜けたバルはソファにどかりと腰を下ろす。片手には何やら大きな包みを抱えている。


「取りあえず、拘束は解いてあげよっか。結構凄い音がしてたし、勝手に抜け出そうとした罰としては充分でしょ。女の子を泣かせた報いには、体調が戻ってから腹パンリバーブローの一つも追加しておくから。」リティが凄まじい風切り音をさせながら素振りをする。

 正直、ゴブリンのボウガンより遥かに威力が高そうだ。


 よほど派手な音を出して転がされたのだろう、ジグルトも部屋着のままでやって来て、これでパーティーのメンバーが全員が揃ってしまった。


 覚悟を決め、改めて別れを告げようとした俺に、バルが手元の包みを投げてよこす。

「ほら、傷がふさがったなら試着してみてくれ」


 包みを開けて息を飲む。

 それ程、バルから渡された上半身用のレザーアーマーは美しかった。


 漆黒に染め上げた鎧は銀糸で力強く縁取られている。前後の身ごろを結び合せる紐も銀色から漆黒へと美しいグラデーションに染め上げられている。

 可動性を重視したのだろう、肩口は大きく開いており、胸部と腹部でスリーピースの重ね合わせ構造になっているため、屈伸が容易そうだ。


 そして、その軽さから想像できないほどの強度が手から伝わってくる。


「硬いだろ。牛皮をコカトリスの体液でなめしたのさ。強い硬化作用があるからな。ただし、大切に扱ってくれよ。素材の扱いが難しい分、いくら俺でも設備の整った街中でしかメンテナンスできないからな。」

 これ以上、幽霊が増えちゃ叶わんし。とバルが笑う。


 そして何より特徴的なのは、右肩から脇にかけて一筋だけあしらわれた銀毛の装飾だろう。

 しかもこの毛並みは、


「おう、ユキにも協力してもらったぜ。」

「賢いもんじゃな。制作途中の鎧を見せながら手振りで説明したら、大人しく毛を分けてくれたわい」

 よく見ると確かに肩から腰にかけての毛皮に厚みがないようだ。


 しかし、これでは自ら秘密をバラすようなものでは、と躊躇う俺にチッチッと指をふるソフィア。


「『毒くわば皿まで』じゃなかった、『木を隠すなら森』っていうじゃない。普段からその鎧を着ていなさい。多少、毛が生えても尻尾が生えても鎧の一部です、で誤魔化せるから」

 ちなみに、私のアイディア。冴えてるっしょ、と得意げなソフィア。


 俺は毒か、と苦笑いしながらも、既に気持ちは吹っ切れていた。


 そんな俺の様子を見て、ルーが式神を回収しながら言う。

「このパーティーには幽霊がいるんですよ?今更、狼男が増えたくらいで驚きません。今度、勝手に抜けようとしたら、式神を12体全部けしかけますからね。」

 私もう寝ます。自室に戻りかけたルーが、ヒョイと入り口から顔を出して続ける。


「そう言えば、貴方は知らないでしょう。明日からもう一人幽霊が増えるそうです。私は眠いので、詳しくはジグルトに聞いてください。」


 全員の視線がジィさんに集まる。

 どうやら、話を聞いていないのは俺だけではないらしい。


「そうじゃな。『死んだはずの人間』じゃから、幽霊と言うのは言い当て妙かもしれんな」


 ヒゲをしごきながらジィさんが告げたのは、意外な人物の名前だった。


《勇者消滅まで、?日》

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