第13話

 カノンを戦列に加えてから、パーティーは驚くほどの安定感を見せていた。


 隊列の中盤に厚みが加わる事で後列の火力職ルー支援役ジグルトが安定した働きを見せるようになった上、状況に応じて遊撃に回れる俺が、敵の側面を飛び道具で牽制、撹乱する動きも取れるようになった為である。


 その上、時間が経つにつれてパーティーの連携が改善され、ソフィアのスパイ能力を活かした「闇討ち」「不意うち」「だまし討ち」はいよいよその鮮やかさを増していた。


「なあ、俺たちがいつか目的を果たしたまおうをとうばつとしてだがな。」

 バルが口いっぱいに焼き鳥をほおばりながら言う。

「一体、誰かまともな英雄譚を書いてくれんのかね?」

 だいたい、最近は日が落ちてから、コッソリ陣地を抜け出してばかりじゃないか。絶対、周りによからぬ噂を立てられてるぜ、とどう見ても面白がっているとしか思えない表情でルーに話を振る。意外にも全くの下戸で酒は一口も飲まないのだが、まあ、楽しそうにしている。


「タラレバの話は良くない。油断は命取りになる。」

 生真面目な表情でルーが答える。

 こちらは濃いめの酒をちびりちびりと舐めるように飲みながら、干し肉をかじっている。


「いーじゃないのぅ。周りからどう言われてもさあ。結果さえでれば。」

 かなり呂律の怪しくなったリティの足元には酒瓶が森になっていた。


 我々一行は、久々の酒盛りに大いに盛り上がっていた。


 最前線である我々の陣に決して潤沢な酒があるわけではないのだが、強力な獣人を討ち果たした祝いに今晩ぐらいは、とハインリヒが大盤振る舞いをしてくれたのだ。


 ウェアライオン ー 獣人族の王にして不屈の戦士として恐れられたそれは、一体で一軍を滅ぼすとまで謳われた難敵である。

 その黄金の毛並みは血や泥に塗れてもなお滑らかな光沢で輝き、主人の死んだ後でもその溢れんばかりの生命力を偲ばせていた。

 正直、正面からぶつかっていては莫大な犠牲が避けられない相手だった。


 そこで今回は川をせき止めたダムを決壊させるトラップで1人突出して来た勇敢なウェアライオンのみを隔離し、泥土で足留めした所を遠距離から袋叩きにして討伐した。

 血湧き肉躍ると言った類の冒険譚とは程遠く、確かにこれをサーガにする吟遊詩人は苦労するだろうと同情する。


 ただ、お陰で1ここまで来られた。

 当初計画していた敵陣に取り残された村落の解放作戦もあらかた完遂した。

 敵の心臓部を勇者隊が叩くハートランドアタックを徹底した事により、ハインリヒの別働隊が敵軍と膠着状態に陥る事もなく、攻略日数も犠牲も最小限で抑えられている。


 こうして考えると、勇者が死んでも何とかなるもんだな。

 と口に出して言わない分、自分も成長したものだと思う。


 僅かにワイバーンの寝ぐらに隣接するハイアット村を残すばかりとなっており、この作戦の実行後、いよいよ自分たちは別働隊と別れ、単独で魔王を求めて魔界深く侵入する事になっている。


 勇者が消えるまで残り20日ほど。

 今の所能力を覚醒させたのは未だにルーと俺だけだが、果たしてこの能力は勇者が消えた後も有効なのだろうか?



 ルーが使う「輪唱シンフォニア

 同時に複数の呪文を詠唱し、重ねがけする能力


 俺が使う「縮地リープ

 空間的な距離を無視し、一瞬で敵の懐に飛び込む能力


 いずれもが厳しい戦闘を戦い抜く貴重な戦力である事は間違いない。

 ただ、討伐される直前、ゴブリンロードはこれらを「呪われた悪魔の力」と呼んでいたという。

自然のコトワリを無視したこれらの力が、均衡を崩して世界を滅ぼすのだと…。


 思わず考え込む俺の耳に、不意にガシャンと酒瓶の倒れる音が聞こえてくる。

 見るとスッカリできあがったリティが床に突っ伏して派手に酒瓶を転がしている。

 戦闘スタイルのまんま、ひたすら一直線に飲み続けて撃沈したわけだ。

 彼女らしいといえば彼女らしい。


 豪快なイビキをかきはじめたリティにカノンがそっと毛布をかけてやる。


 優しいんだな、と揶揄からかうバルを遮って、不意にソフィアが騒ぎ出す。


「はい!約2名、飲んだらふりして手抜きしている輩がいます。」

 ジィさんとバルの事か?と聞くと、フルフルと首を振って俺とカノンを指差した。

「体質や信仰で飲めない人に無理強いするような野蛮人ではありません。でも、飲めるくせに飲まないのは卑怯だと思います。」


 たしかに

 飲んでいるメンバーの中では俺たち2人が1番平然としている。

 特にソフィアは一向に姿勢も崩れず、平然と杯を開け続けている。俺もまあ、それ程酒が好きではない事もあり、崩れるほどの過ごし方はしていない。


「いかんなぁ、青年よ。何処かで限界にチャレンジして自分のリミットは把握しておくべきだぞ。」

 何故か一滴も飲んでいない筈のバルが真っ赤な顔をしてからみ酒をはじめる。

 いや、今限界を試さなくてもいいだろ、という俺の主張は無視され、ソフィアとバルで盛り上がり始める。


「趣旨は分かるが前線にいる身だ。失礼して眠らせてもらう」

 生真面目なカノンが立ち上がってテントに戻ろうとすると、「あら、逃げるの?」ソフィアが絶妙なタイミングで煽りを入れる。


「逃げるんだ。」

 出口に向かうカノンの足が止まる。


「だれが1番酒に強いか、今日こそはハッキリすると思ってたのにな。そうか、カノンは2番手か。いや、悪かった。剣技に加えて酒量まで求めるもんじゃないな。明日に備えてしっかり休んでくれ。」

 バルの悪意に満ちた言葉が追い打ちを掛ける。


 明らかに面白がっている。


 立ち上がったカノンを見て確信したが、彼女とて決して酒に強いわけではないだろう。ソフィアに呼び止められて振り向く時に僅かに体の芯がぶれていた。

 実は気力で自分を律しているだけで、結構酒が回っているのだろう。

 その為か、普段なら決して乗らない安っぽい挑発にのるカノン。


 ストンと元いる席に戻ると、無言でバルに杯を差し出す。

 なみなみと酒を満たしたバルが、オヤァと俺のグラスを覗き込む。


 いや、別に勝負なんかしなくても、と言いかけた俺のグラスに横合いから酒が注がれる。

 見ると猿と犬の式神が徳利を傾けて酒を補充していた。


「酒は美味しく飲むものです。ただ、乙女の心意気を踏み躙る子に育てたつもりはありません。」

 ルーが完全に座った目でこちらを睨みつけている。「勝負なさい。」完全にキャラが変わっている。


飲み会はさらに続き、俺がいくら飲んでも酔わない体質である事と、カノンが笑い上戸であることが判明した所でようやく会はお開きとなった。


そして俺たちは、あの日、パーティーの終わりを迎える事になる。


《勇者の消滅まで残り20日》




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