第3話

「素直に訂正するしかないの。」

 部屋に帰ってきたジグルトは、皆から事情を聞いてそう判断した。


 まあ、そうだろうな。

 時間が経って冷静に考えてみれば、誤魔化しようが無いのは良く分かる。


 今、自分たちが滞在しているナイン地方は、山を挟んで魔族の領域と接する最前線の一つだ。

 このまま山を越えてしまえば、パーティが人の目にとまる機会は激減するし、教会本部との通信が音声のみであるため、嘘を突き通せる可能性が無いではない。


 とは言え、魔物の領域に取り残された村落を救出するのも俺たちの重要なミッションである。そのために大規模な別働隊が組織されており、救出された人々を後方まで護衛すると共にパーティへの補給も担ってくれる。

 もちろん、敵領域の奥まで深入りする実力はないため、後半はどうしても単独行になるのだが、嘘の発覚を恐れて早い段階から彼等と別れる訳には行かない。


 いや、そもそも勇者を失った今、このままのメンバーでの攻略を続けるべきか、方針の見直しが必要だろう。

 本部へ報告し、判断を仰がざるを得ない。


「と言うわけで、良いかの?」

 皆を机に座らせ、通信の魔装具を目の前においてジグルトが聞いてくる。

 こういう時、むやみに人を責めない所が年の功なのだろう。先延ばしにせず、その場で結論が出るまで話し合うのも彼らしい。


 正直なところ、オレ個人は忸怩じくじたる思いが無いでもないが、やむを得ない事は良く理解している。


 頷く俺を見て、ジグルトが魔装具に手を伸ばす。時刻はちょうど真夜中の3時になる所だが、教会本部のホットラインは24時間対応である。派手に船を漕いでいるバルとは訳が違う。


 思わず、天井を仰いで眼を閉じた俺の耳に、「ひゃぉあ?」という奇妙な声が飛び込んできた。

 今の声、ジィさんか?


 慌てて眼を開けると、テーブルの上、ジィさんの正面に見慣れた顔の生首が載っている。


「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったみたいね」

 うふふ、と笑う生首に、さしものジィさんもパニクっている。


「おのれ、レイスが出おったか」と思わず杖を逆さに構えてはひっくり返しといたって騒々しい。


 思い出したように呪文詠唱を始めたルーに慌てて手をふりながら、にゅるん、と机から半身を染み出させたのは、


「ちょっと待って! 私! ソフィアだって。」

 死んだはずの勇者だった。


 さすがの喧騒に眼を覚ましたバルが寝ぼけ眼をこすりながらテーブルの上のソフィアの半身を上から下まで舐める様に眺め回してから口を開いた。

「お前、胸がデカくなってないか?」


 バチン。

 小気味好い音と共にソフィアの平手打ちが決まり、騒ぎは混迷の度合いを深めていく。

 混乱の中、本部への報告がうやむやにされたのは言うまでも無い。



《勇者の消滅まで、後49日》

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