第4話

 目が覚めた時、時刻は既に昼の12時をまわっていた。


 酷い一日で、酷い夜だった。

 自分はかなり体力がある方だと自負しているが、さすがに昨日のはキツかった。


 今まで戦闘に負けた事も、戦友を失った事もある。それでも下を向いている時間はない - 戦場でそれは命取りになる - そうやって切り抜けてきたのだが、昨日の最後のゴタゴタには、気力を根こそぎ持っていかれた感があった。

 残念ながら、あれが全て夢じゃなかったか、と期待する程、俺の精神はナイーブには出来ていない。


 知らず、朝飯より何より先に脚は勇者の亡骸が置いてある地下室に向かっていた。


 遅かったね、と声をかけてくるルーにすまんと謝る。


 勇者の幽霊(と思しきもの)は、日の出と共に消えていった。さすがにそのまま遺体を放置する事は出来ず、明け方から正午まではリティとジグルトが、正午から日の入りまでは俺とルーが、交互に遺体に付き添って様子を見る事になった。

 本来、1日や2日の徹夜が応えるレベルの冒険者では無いが、また何かが起こるとすれば夜である可能性が高い。昼間は交代に休み、夜に備えようという計画だ。

 ちなみに緊張感のカケラもない筋肉バカバルは常時待機、という扱いで地下室の隅で筵を敷いて眠っている。


 ん、とルーがライ麦のパンにリンゴの朝食(もう昼食だが)を差し出してくれた。お礼を言って受け取り、

「ところでこの状況、宿にはどう説明してるんだ?」と気になった事を聞いてみる。


 知らないです。いつもの通り言葉数も少なくルーが返事をする。何でも宿や別働隊との折衝はジグルトが朝一番で行なっていたが、内容までは把握していないと言う。

 まあ、あのジィさんなら上手く丸め込んでくれるだろう。

 リンゴを齧りながら自分を納得させる。

 自分の食事をすまし、バックパックから干し肉を出してユキに与えた。ユキは時間を掛けてゆっくり咀嚼すると、心配そうにソフィアの亡骸を見つめている。


「やっぱり、死んでるよな。」

 亡骸の脈を確認した俺に、ルーが小声でエッチ、とツッコんでくる。

 違うだろ。百歩譲って俺がスケベだとしても死体に興味を持つ変態性はないわ。


 死んでますよ、間違いなく。

 でも、昨日のあれ、今日もまた起きるのかな?

 いつものボソボソと口に籠った喋り方でルーが聞いてくる。


 正直、俺に分かるはずもない。魔法はルーの専門だろ、と問い返してみたが、ルーは首を横に振った。


 ルーは魔法の中でもかんなぎと呼ばれる特殊なジャンルの使い手である。古くは東方の神職だったと言うこの職業では、八百万やおよろずの自然神の力を依り代よりしろである式神に降ろして術を発動させる。

 祈りを込め、浄めの儀式を行って紙から織り上げた特殊な式神と、自然を表す五色の吹き流しのついた神楽鈴かぐらすず、独特な装いの巫女みこ衣装が特徴的な術師だ。

 そんな訳で、彼女も決して死霊術ネクロマンシーの専門家ではないのだが、ルーが聞いた範囲では、この様な状況は知らないという。

 普通、禁呪とされるネクロマンシーで蘇った死者は、生者に対して強烈な怨念を持つという。生命を奪われ、死ぬ事も出来ない恨みがそうさせるのだ。


 しかし、昨日のアレは…


「えらくフレンドリーだったよな。」

 それに、お喋りでしたね、とルー。

「バルは思いっきり引っ叩かれていたけどな。」

 あれは自業自得です。ルーが決して豊かとは言えない自分の胸をかき抱きながら、親の仇でも見る様な目で地下室の隅に転がっているバルテロミアを見やる。


 夜明け近くの大混乱の中で分かった事といえば、

 1. 幽霊はソフィアの自我と記憶を持っている(らしい)

 2. コカトリスの巣で殺されてからの後の記憶はない。気がついたら今の身体になっていた

 3. 地下室で目が覚めてしばらくは戸惑っていたが、上の方から皆んなの声が聞こえてきたので向かっていったら、丁度水面から顔が出る感じでテーブルから頭が出た。

 4. 別に痛くも苦しくもない

 5. 物には触れられず、熱さも冷たさも感じない

 6. 胸のサイズは断じて変わっていない。強いて言うなら若干小さくなった(らしい)


 そうこうする内に夜が明け、気がつくとソフィアの霊は煙の様にかき消えていた。


 とても勇者の戦死を聖教会本部に報告する余裕はなかった。もう一日、様子を見てから方針を決めようと結論を先送りにしている。

 何にせよ、今晩、もう少し事情がはっきりするのを祈るばかりだ。


 私ね、とルーがだいぶ経ってから口をひらいた。これが少なくとも後48日は続くと思うの。


 えらく具体的な数字だな、と言う疑問が表情に表れていたのだろう。ルーはソフィアの胸元に飾られているブローチを指差した。


 このブローチは王都から旅立つ日に教会から送られた逸品で、持ち主を護る強い祝福が込められた謂わゆるマジックアイテムだ。


 天球に模して黒水晶を半球状に削り出し、世界を守護すると言う49宿星のシンボルを銀細工であしらっている。

 一体どのようにして造られた物なのか、水晶の表面ではなく、49の星が立体的な構造を持って浮かんでいる所が、いかにもマジックアイテムである。


 なお、49の宿星はそれぞれに対応する神が存在し、人々は自分の誕生日に当たる宿星の神を守護神として大切にする。

 勇者の特別な力はこの49柱すべての神からの祝福を受けてこの世に転生したから、と説明される。

 ちなみに、聖教会が奉る神はこれらの神々を統べる天主に位置付けられるため、49柱の中心に位置している。

 残りの48柱は、12の月にそれぞれ対応して4柱ずつ放射状に配されている。


 正直、普通に生活する分にはどの星の下に生まれても大差は無いが、ルーの様な魔法使いにとっては、得意とする魔法の系列にも影響する重要な指標だ。当然、49星49柱の全てを諳んじているのだろう。


 数えて、と言われてうんざりしながらも細かな星を目で追う。

 一度数え、

 二度数えて、まだ納得がいかずに三度目も数えたが、結果は変わらなかった。


 深い闇の様な半球には、何度数えても48の星しか浮いていなかった。


《勇者の消滅まで、残り48日》




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る