第2話

 遡ること、25日。


 パーティメンバーが集まったジグルトの部屋は重い空気に満たされていた。

 何しろ、パーティの連携フォーメーションを確認するため、肩慣らしで挑んだダンジョンで、勇者を死なせてしまったのだから。


 相手はたかがコカトリス。

 伝説の防具を身に纏い伝説の剣バージンスノーを掲げた勇者が、まさかニワトリ相手に戦死しようとは夢にも思わなかった。


 取り敢えずジィさんジグルトの部屋に集まってはみたものの、皆お互いに視線を合わせることも無く、思い思いの方を向いて座っている。

 バルが鎧を磨き上げる音が部屋の沈黙を際立たせていた。

 部屋の主は宿の地下室に死体を置かせて貰う許可を取りに、宿の主人に交渉に行っている。こういう時は、クレリックであるジィさんの信用が役に立つ。


 食欲など無くても、食べられる時に食べて栄養補給するのが冒険者だ。残りのメンバーは、部屋に運び込んで貰った夕食を平らげ、黙々とそれぞれの作業に勤しんでいる。所在無げに窓の外を見ているのは俺くらいのものだ。


 クラスが狩人ハンターである俺、ナオトは山暮らしが長い。いささか社交性にかけるのは自ら認めるところである。


 季節は秋の始まりで、窓からは涼やかな冷気が虫の音と共に流れ込んでくる。

 標高が高いだけあって秋が深まるのが早い。昼間見た色づきかけた美しい山肌を思い出しながらカップを口まで持っていき、とっくに空になっていることに気づいた俺は、何度目かの溜め息をついてカップをソーサーに戻した。


 俺の相棒である銀狼のユキが心配してわき腹に鼻先を擦り付けて来る。狩りの相棒であり、唯一の家族でもあるユキとは、それこそ物心がつく前から片時も離れずに過ごしてきた。言葉など無くても、互いの気持ちは手に取るようにわかる間柄だ。

 こちらも左手で軽く耳の後ろを掻いてやるが、もちろんそれで気持ちが晴れる事はない。


 宿の人間には誰の死体かは話していないが、遅かれ早かれ噂は広がるだろう。

 何せ、自分が連れているユキにしろ、体調2メートル近い巨狼だ。そうでなくても目立つメンバーばかりである。

 いつかは勇者の戦死が皆の知る所になる。そうなった後の事は、


「正直、考えたくもないな。」


 思わず口をついて出た言葉に、窓際で剣の手入れをしていたバルテロミアが振り返る。

「まあ、考えても仕方ないわな。なる様になるさ。」


 こいつ防御力も高いけど、メンタルもハガネだな。。。皆からの突き刺さる様な非難の視線を物ともせず、灯火に刃を透かしては、鼻歌を歌いながら剣の磨き具合を確かめている。


 勇者の召喚には洒落にならないコストがかかっている。人の命を何より尊ぶ聖教会は否定しているが、何人かのシスターが儀式で命を落としたという噂がまことしやかに流れる程だ。

 それが王都を旅立ってからわずか1ヶ月ほどで喪われたとなっては、責任の追及は免れない。一番辛い立場に置かれるのは、聖教会から派遣されたジグルトだが、自分たちもおそらく無事にはすまないだろう。


 いや、仮に責任は問われなくとも、3百年ぶりと言われる召喚の秘技に期待を寄せていた民衆の落胆はどれほどか。石をもって追われるくらいの事はあるだろう。いくら一般人の投げる石では傷一つ負わないとは言え、だ。


「そう深刻になるなって。勇者は死んでも魔王はご健在なんだから、俺らみたいな優秀な戦力を干したりなんかできないだろ。」


「ご健在って、何よそれ!」リティが立ち上がり、バルに食ってかかる。


 バルだって悪気はなかっただろう。だが、気が立っているリティ相手に、その言葉の選択はまずい。

 ルーが慌てて止めようとするが、いかんせん基礎体力が違いすぎて腰にぶら下がったまま引きずられてしまう。


 まずいな。


 皆殺気だっている。何とか、この場を収集しなければ、と柄にもなく焦ったのが不味かったのだろう。無口で余り出しゃばらないタイプの俺だが(何故か一言多いとも思われている様だが)、チームの和を気にするくらいには歳は重ねている。


 リーン。

  外の虫の音とは違う、澄んだ音で机の上の魔具が鳴り始めた。

 重要な拠点にのみ設置されている高価な装置で、聖教会の本部と遠隔で会話をする事が出来るものだ。


 近くにいたバルが装具を取り上げ、「いや、ジグルトは少し席を空けているので…」などと話をしている。

 さすがにリティもバツが悪そうにバルの襟元から手を離した。


 しかし、次の瞬間、魔装具から流れてきた声に、1人を除いて皆が固まった。


『ところで、今日は魔物の討伐に出たのだろう?勇者の調子はどうかね。』


 ああ、それね。

 とバルが軽い口調で応じる。


「いや、実は勇者が戦闘中に死…」


 みなまで言わさず、バルの手から魔具を奪い取った俺は、思わず魔具に向かってこう叫んでいた。


『大丈夫だ。全て順調だから、いらん心配はするな。』


 ぷつん、と一方的に通話を切った俺は思わず辺りを見回した。


 どうも、やっちまったらしいわ…


 部屋の空気がまた一段と重くなる。


 で、どうするの?とでも言わんばかりの冷たい視線を向けて来るリティ。


 それを気にもせず、バルだけが大笑してバンバンと肩を叩いて来る。


「いやナオト、あんた面白いわ。前々から見込みがあるやつとは思ってたんだけどな!今度2人だけでイイ店に行こうな。ジィさんには内緒でな!」


「不潔です…」

 ルーが冷たい目でポツリとつぶやく。


 言い争いの声驚いて音を潜ませていた外の虫が躊躇いがちに鳴き始めたのを聴きながら、俺は今度こそ椅子に座りこんで深い、深いため息をついた。



《勇者の消滅まで、残り49日》


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る