EXTRA2 受け継がれて行く意思



 火星圏政府が新たに発足するまでの間。

 宙域警護を申し出た救世艦隊クロノセイバーの部隊と、中央評議会の懐刀であるSUDが共同にて、火星でも正面玄関となるアーレス・リングス 小ソシャール群での賊掃討に当たっていた。


『旧火星圏政府はミネルヴァ将軍率いるその臣下はともかく、地上より周辺宙域よりから逃げ延びた元正規軍兵士腰抜けがあろうことか、力無き民を標的にした物資狩りを行っていると報告がありました。なんたる醜態……この様な者共に、火星の国家群を任せていた評議会としては悔やまれる所です。』


「了解したわ、ドル・ビアンテ中佐殿。私達Αアルファフォースでも、それらに対する警戒強化に当たる事にします。」


『漆黒組織から離脱してこれまで、命がある今には感謝しかない……クロノセイバーに関わる全ての方へ惜しみない協力をさせて頂く所存ですよ、アシュリー・ムーンベルク少佐。では、ここはお任せ致します。』


「ええ……分かっているわ、ハイマン特務大尉。あなたもザガー・カルツでの事は一旦忘れて、ここでの任務に注力しましょう。力無き者へ手を差し伸べるは即ち、あなたの贖罪を果たすも同様の行いだからね。」


 旗艦となる強襲空母ゴッド・ハーケン艦橋で憂う凛々しき部隊長ルサルカへ、任せろとの笑顔を返すは翡翠色の救世者タナトス・オブ・ジェイダイト

 すでに少佐への昇格が成った彼女は、評議会軍への協力を申し出てからこちら本懐とも言える不逞なる賊討伐へと望む。

 二人の家族と共に……さらにそこへ加わる、もう一つの戦力を従えて。


「それにしても、よくウチの調査部隊への出向が叶ったわね。まあ、その監視役に私が選ばれた訳なんだけど? けど今さらあんたが、反旗をひるがえす事もないと思うし。正直嫌な役回りねぇ……。」


『そう言うな、ムーンベルク少佐殿。俺とて、今までしでかして来た事を有耶無耶になどは出来ない。出来ない中で、無理を通して頂いたんだ。そこはしっかり、監視役を熟して頂かないと面目も立たない。』


「はぁ……。そのかしこまる感じが嫌なのよ。もう私はアシュリー呼びでいいんじゃない?メンフィス。どの道同じ部隊所属なんだし。」


『構わんのか? ならばそうさせてもらうか、アシュリー。これでいいんだな。』


 評議会軍から特別支給されたシグムントⅡを駆り、翡翠の少佐と言葉を交わすは、地球上がりのメンフィス・ザリッド。

 彼は自ら救世艦隊後任部隊配属を志願し、身柄を預かる評議会から了承の元、同部隊へ配属が決まる翡翠の少佐による監視付きを条件とした出向が決まっていた。


 しかしその条件も、部隊が二人の関係を重んじた結果であり、少佐が漏らす監視任務への不満は止むに止まれぬ感を醸し出す。


『……エリュ? これはマジで、新しいラヴの匂いが漂ってるわ。』


『あら〜〜漂ってるわ〜〜。私達も〜〜興味津々で待つしかないわね〜〜。』


「茶化してんじゃないわよ、二人とも! メンフィスもなんとか――」


不満か?』


『ファッ!? そそそ、そんな事言ってないでしょうが!?』


 通信先から変わらぬ弄り愛を頂戴し、否定するも今度は当事者から不満を告げられしどろもどろの翡翠の少佐。

 そこには民族の壁も性の壁も存在しない。

 あるのは、互いを何より慮る慈しみの心だけ。


 彼らはそれこそを信念へ据え、弱者救済へと乗り出した強者つわものであるのだ。


 画して新部隊配属までの間を、不逞の賊狩りへ費やす勇士達は、宙域でも知る人ぞ知る弱者救済の有名どころへと名を上げて行く。


 その弱者狩りに不逞狩りから逃れる様に、一隻の旅客艇がなけなしのスラスターを撒いて深淵を進む。

 されど漂う姿は、もはや自力航行もやっとの状況。

 加えて、そこへ不自然に繋がる機動兵装残骸の機関も総動員しての動きは、不穏さに輪をかける様相である。


 力無く進む旅客艇……その偽装らしきモノの中にうずくまる影は二人。

 否――



 横たえた一人を気遣う、陶磁器の白と黒のドレスが印象的な少女が虚ろな視線でただ座していた。



》》》》



 あの時、耳にした時点で覚悟はできていた。

 けれど、いざその時が訪れた私は何も考えられずに絶望するしかなかった。


 あの人は……エイワス・ヒュビネットは最初から、最後の戦いで壮大な計画を作り上げていたんだ。


「……っ。……ここ、は?」


「気が付いた? ここは生き地獄への、逃避行に向かう船の中。お前の命を繋ぎ止めたのは、私のワガママ。だから――」


「えっ? あなたは、誰? ……ウソ、私、そんな……名前が……。」


「……っ!? お前、記憶が……。そう、か……なら、お前の名前を教えてあげる。 。」


 白旗上げて落ち延びた私も、目覚めた女性の状況は想定していなかった。

 あの狂った様に私と同じ人を崇拝し、けれど根底で全く別の野望を宿していた女性。

 何を要因として、それが導かれたかは推し量る事もできないけど――


 ユミークル・ファゾアットと言う電脳姫は、


「私……シノ? 私は、シノと呼ばれていたの? ……だめ、全然思い出せない。」


「思い出さなくていい。その方が都合の良い事もある。もし明日を生きる覚悟があるなら、その名前で再び人生を歩みなさ――っ!? うぷっ……――」


 想定しない状況で、不安げな困惑に包まれる女性へ教えた。

 違う……それが彼女の名前と聞いていた。

 だからその嘘で、本当の彼女の名を教えた私は直後、自らの身体の異変により口元を抑えていた。


「あの、大丈夫? あ……あなたのお名前は?」


「……っ、大丈夫よ。ね。私はラヴェニカ、ラヴェニカ・セイラーン。そう名前を与えられた。」


 私の名はだ。

 もう最初の、廃ソシャールで死体を漁っていた野良犬時分の名前など忘れた。

 この私を手駒にするため救い上げた、ヒュビネットと言う人から貰った誰かの名が、今の自分を表す証なんだ。


 けどここに宿った命にはせめて、ちゃんとした名をあげたい。

 手を当てた腹部へ今まさに息づくそれは、もよおした吐き気がただの体調不調では無い事を訴えて来る。


 ヒュビネット隊長は、私を生かしたんだ。


『――い! ……るかぁー! 聞こえたら返事しろやー!』


「……っ? この声、どこから……。」


 宇宙そらの果てなき深淵に包まれたそこで、希望を宿しつつ絶望する私。

 そこへ響いたのは国際チャンネルからの通信だった。

 けれど、こんな辺鄙な宙域で響くはずのない声が、私の中にある希望を大きくして行く。


 そして――

 その声の主は、こちらも想定しない存在を伴い現れたんだ。


「ニード・ヴェック、よく私がいると分かったな、だがそれは?」


『おう、やっぱりあの白黒嬢ちゃんだったな! そっちのエリュニスの残骸が出してた、SOSビーコンを拾って来たんだからありがたく思え! んでもって――』


『俺達は今、こちらさんに雇われ中だ! ああ、安心しな……やっこさんは義賊らしい!』


「火星圏で元連合政府を引っ掻き回した、サソリ隊とは別の勢力……か。確か、フレノイア海賊団を称していたようだけど?」


 響く声と、その内容で絶望も払拭されたのが手に取る様に分る。

 同時に、あの人から託された最後の使命が私の思考を支配していった。

 私が生きる理由は他でもない、かつて心酔した彼が受けた様々な仕打ちと、それを広げる人類への警告と啓蒙こそが存在意義。


 私の……


「助けてくれるのならば話は早い。あとこちらに、 よ。」


『……なるほどな。いいぜ、了解だ! こっちも何やら、心が持っていかれたどこぞの元御家の嬢ちゃんに、テメェの素性を知って色々こんがらがってる跳ねっ返りがいる! 同じ穴の狢なら、仲良くやれんだろう! 待ってな、救命艇を寄越してやるよ!』


 旅客船前方に現れた、200m前後はあろう宇宙海賊船。

 目を奪う光景と、放たれた言葉で全て合点がいってしまった。

 詰まる所あの人の作戦はここに集った、導かれていたんだ。


 もう笑うしかない。

 あの漆黒の天才にして悲劇の革命者であるエイワス・ヒュビネットと言う人は、自ら戦争犯罪人の皮を進んで被り、力無き者を……そして異端者までもを救う偉大なる聖者だったんだ。


「……私は、。そして……。あなたが救ってくれた命を懸けて。この身に宿ったあなたの遺伝子も、決して悲しませない事を誓う。ありがとう……私が愛し、私を愛してくれた素敵なる革命の聖者……。」


 生まれた時の名へ回帰した女性を助け起こし、偽りの名を名乗る私はドクロ翳す船へと乗船する。

 そこから新しい人生を歩いて行くために。



 この腐敗した世界へ、人生の全てを懸けて真実を訴え続けて行くために――

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