第285話 正しき明日の行方



 地球西暦2000年代にして、太陽系標準歴 ネオJE1266年――

 太陽系を震撼させた争いは、後の時代〈ヒュビネット戦役〉と呼ばれ悲しみの歴史として刻まれた。


 だがそこから得た学びは余りにも多く、そしてそれを齎したのは奇しくも、敵勢力を率いた漆黒の嘲笑 エイワス・ヒュビネットであった。



 それは彼が、蒼き英雄 クオン・サイガと戦い……直後に訪れた劇的な結末が物語っていた。



》》》》



 宇宙そらの高次元を揺るがしたのは、ヒュビネットが放った膨大なネガ・ヴィブレード。

 そしてそれは、俺達フォース・レイアーが放つ力の同質にして対極――


 言わば、宇宙そらのあらゆる物質に存在する正と負のエネルギー形態そのものだったんだ。


『征くぞ、英雄とやら! これが俺の、十年に及ぶ覚悟の結晶だ!』


 不敵なる笑みを浮かべた漆黒は、それこそオレ達の様な覚醒状態であるのは明白であり、即ちそこからがデスクロウズ・ナイアスケイドと呼称した機体の本領発揮を示していた。


 警戒をいくら上げても足りぬほどまで上昇させ、刹那の変化も見逃さないため奴の機体のあらゆる武装状況を瞬時に把握する。

 少なくとも、BSRスピリットRがオレの覚醒に合わせた機体性能の大幅向上を体現するんだ……あの機体がグラディウスシリーズを冠する禁忌ならば同様の危険があるのは言わずもがな。


 と、思考したオレの眼前。

 機体のメインモニターを支配したのは、デスクロウズの機体背部へ備わっていたクラウ・ソラスの、

 そう……今まで飛来していたクラウ・ソラスは、


 それを直感するよりも早く、クラウ・ソラス本体が無軌道に飛散し出力放出を開始した。

 しかしそれをターゲットに捉えるだけの時間はなく、確実にその攻撃がオレとBSRスピリットR本機を狙い定め――


 回避不能とも言える状況へ追い込まれたオレだったが、意識領域へ響いた声が事態をさらにひっくり返した。


«宇宙そらは我なりっ!!»


 高次元より伝わる意識は、違える事なきパートナーのモノ。

 オレの危機と察するや、彼女もオレにならう覚醒の霊言フォノンワードを解き放った。


 体感時間は正しく1秒もない攻防。

 BSRスピリットR集中砲火を狙う一次元の刃が半物質化せんとした時、機体周囲へと滞空したヴァルキリー・ジャベリンのシールドシップが、ミストルフィールドによるシールドを展開。

 だが一次元の刃は、そんなモノなど無かった様に貫通するデタラメな武装だ。


 普通に考えれば、防御を抜かれたオレは機体と共に落とされているはずだった。


『データによれば、クラウ・ソラスは総出力が桁違いな古代兵装相当です! それが彼の覚醒で最大性能を発揮するのは想定済み……! 加えて、それに対する防御も抜かりはありません! もうやらせない……私の大切な人を、私の手で守ってみせます!』


「……っ、ジーナ! これは……なるほどこれこそが、君が今まで培って来た研鑽の成果! この防御ならば、あのデスクロウズ・ナイアスケイドと渡り合える!」


 驚愕の事態。

 ただ防御するはずならば貫通されていたシールドが、あろうことかクラウ・ソラス全ての攻撃を捻じ曲げていた。

 否――


 この三次元上のデータ観測では間違いなく、

 それを視界に入れたオレは悟ってしまう。


 ジーナ・メレーデンと言うΩオメガフレーム専属オペレート・パイロットは、覚醒した事でこの宇宙そらにある数多の次元層を把握するに至った。

 そう……あろうことか彼女はその数多の高次元の膜宇宙ブレーン・スペースへ向け、覚醒した自分の霊力震ヴィブレードを量子波により行き渡らせ、ヴァルキリー・ジャベリンを昇華させた。


 それにより次元を歪曲させるでなく、ジャベリンの高次霊装シールドを媒介する事で、クラウ・ソラスの攻撃を対象から離れる様に通過させて受けきった。

 多重偏光シールドへと変えたんだ。


 ――

 彼女の成長を裏付ける様な異次元のジャベリン展開は、あのいつきが得意とするブレーンスペース・フェイズドライブの応用版。


 クラウ・ソラスの攻撃を受け入れる様に、と言う離れ技。


 名付けるならば、〈ブレーンスペース・フェイズミラージャンクション〉。

 応用次第では、デスクロウズの攻撃をそのまま奴へと叩き返せる超常の武装形態。



 もはやオレ達は、BSRスピリットRを本当の意味で完全掌握したも同義だったんだ。



》》》》



 蒼と漆黒。

 英雄と堕ちた聖者の戦いは、常軌を逸するもへと変貌する。


 互いに真逆の真理に選ばれた覚醒者にして、同じグラディウスシリーズを駆るパイロット。

 加えて、双方が覚醒を起爆剤にし機体性能を低次元レベルとしては限界突破する所まで引き上げている。


 そこへさらなる覚醒の息吹が、蒼き霊機スピリットRへと吹き込まれた。


 かつて地球の故郷から逃亡せざるを得なかった少女は、テロリズムの尖兵へと仕立て上げられた父への無念で心を病ませていた。

 だがそこにいる彼女は、もはや昔の少女ではない……英雄少佐クオンを一番近くで支える事の叶う、英雄にとって最強のパートナーだった。


『……っ!? 見せてくれる、Ωオメガフレームとクオン・サイガ! それがお前の真価か! ……違うな……それはお前のものではない、オペレーターのメレーデンの仕業だろう! つくづくお前達は、俺の想定など凌駕して来るな――』


『この十年の歳月をかけ計画した、あらゆるものが台無しだ! ああ、台無しだとも!!』


 それさえも漆黒ヒュビネットは狂気に見開く双眸で賛美する。

 彼のみが思考へ描くあらゆる事象の結末に、それほど相応しいモノはないと言わんばかりに。


 二つの禁忌が織りなす激闘の行方は、もはや未知の領域へと突入していた。

 回避困難とも言われた、一次元の刃を予備動作無しで敵へ叩き付ける遠隔次元刃クラウ・ソラスを、幾重にも折り重なる宇宙膜ブレーン・スペースを経由させて対象を通り抜けた様に仕向ける高次元重鏡ミラージャンクション

 一方が優位に立ったかと思いきや、即座にそれを拮抗状態へと引き戻す――


 それを実現させるは、正しく宇宙そらと言う大自然に選ばれた覚醒者の際たる能力である。


「エイワス・ヒュビネット! この戦い……あんたの仕出かすこの戦いは……!」


『何をここで交わそうと無駄だ! それほどまでに、かの地球人類は退化した! 言っただろう、アル・カンデを最初に襲撃した時、これは最終通告だと! この宇宙人そらびと社会に生きる者が、奴らとの融和を図る――』


『それが今後、この太陽系人類の未来へどれほどの厄災をばら撒くと思っている!? ! 他人の話を聞かぬ、聞こうとせぬ愚者となど、ハナから成り立たないのだ!』


「そうかもしれない! けれど……だからと言って、あんたのしている事の言い訳にはならないはずだ!」


 蒼き霊機スピリットRより放たれるあらゆる弾幕を、奇跡的な回避能力で避けきり接敵を繰り返す漆黒は、すでに無へ至る禁忌ナイアスケイドの機関も焼き付くほどに限界まで攻め立てていた。


 大型スラスターを複数装備して、初めて追従の叶う蒼き霊機スピリットRとの攻防は、パイロットの命すら削りながらの接戦へと変貌する。


 弾幕、回避、ビームブレードの衝突から弾かれる様に距離を置き、再び弾幕斉射。

 それを支援する、両機体の遠隔機動兵装達の乱舞がその宙域を、当たればただではすまぬ超広域の牢獄へと変えて行く。


 全ては八年前の邂逅より、そして今運命が再び二人を誘った。

 だがかつては存在すら知らぬまますれ違った二人、そこでさらなる因果の少女を加えて激突を繰り返す。

 、英雄と漆黒が――


「この宇宙そらの社会ばかりしか見ぬお前は、真実を知らない! 地上がどれほど、人の強欲で埋め尽くされているかをな! 現代文明と先進技術を手に、果ては宇宙開発にも手を伸ばしたと吠える地上人……だがその口が吐き捨てる側では、弱者は飢え、悪意は蔓延し、戦火に飲まれた民は滅びを迎える!」


「偽りの平和をうたいながら、その手に持った殺戮の武装で相手を脅し、己の欲が満たされなければ、都合のいい正義を翳して引き金を引く! ……人類とは! 霊長類が聞いて呆れる……自分可愛さで大自然さえも破壊し尽くす、強欲の権化がっ!!」


 求める物が同じであるはず……その漆黒が、無へ至る禁忌ナイアスケイドを駆りて解き放つ。

 だからこそ受け入れられぬ、生命が生んだ深き――いと深き闇を。


 それに共鳴する様に、禁忌の漆黒の装甲が鳴動を始めた。

 機体出力が限界を超えつつある中、それでも漆黒の口にした言葉へ賛同する様に。


 


「……それが例え真実だとしても、オレ達はここで負ける訳にはいかない! ! この世界が人類だけのものでないからこそ……オレ達が生きて、共に手を取り合う意味があるんだっっ!!」


 鳴動する機体より漆黒の電光ばら撒く無に至る禁忌デスクロウズ・ナイアスケイド

 その咆哮へ相対する様に、蒼き霊機ブルーライトニング・スピリットRもまた不死鳥の如く高次元波動を伴う霊力震ヴィブレードを宙域へ吐き出した。


 それよりは、あたかも閃光と閃光が刹那の衝突を繰り返す脅威の光景。

 宇宙創生時を彷彿させる、素粒子がぶつかり消えて行く超々高密度エネルギー流の乱舞が、戦闘宙域全体へと広がっていた。


「エイワス……ヒュビネットーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」


「クオン・サイガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!」



 その時……蒼き閃光は、確かに未来への道を切り開かんとしていた。

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