第284話 虚無へ誘う者〈ナイアス・トラスター〉



 崩壊を始めた深淵の虚神デスブリンガー・アビス内で、狂気の拳マサカーは全てを終えた愉悦に満たされたまま、戦い抜いた戦士達へ……そして共に神格存在側から訪れたもう一つの勢力へと通信を送っていた。


「アーガス・ファーマー、神倶羅 綾奈かぐら あやな……そして紅円寺 斎こうえんじ いつき。見せてもらったぜ、三つの恒星の輝きが見出す人類の真価とやらを。おい、聞いてるか不動……。俺様はこのまま消えるが、そっちも手打ちでいいだろう。」


『承知。今しがた確認した。達者で……。』


「へっ……スカしやがる。ならば俺様は、このまま宇宙そらの真理へと回帰するか。」


 巨大なる敵を貫き、黄金の輝き撒いて宇宙そらへ顕現する二体の巨人に対し、浸蝕の虚神デスブリンガー・アビスの崩壊は止まる事なく進んで行く。


「マサカー・ボーエッグ……あんたは俺の人生で戦った中でも最強の存在だった。俺達人類のためにその身を粉にした姿……忘れないよ。」


『……ケッ……それが口にできるならば上等。テメェらの持つカクトウダマシイってのか?は、なかなかにたぎるモノがあったぜ。だが、月並みだが忘れんじゃねぇ――』


『俺様達宇宙そらの真理を体現する存在は、。この先また人類の価値を疑う事態が訪れる様なら……容赦はしないと思っておけ。いいな?人類が選びしメサイヤ達よ。』


 史上最強とも言える大自然の脅威を見送る炎陽の勇者も、その崇高なる導きへ敬意を乗せた面持ちで相対する。

 己が今、大自然の忖度そんたくに生かされている現実と向き合いながら。


 ほどなく戦士への別れと啓示を残した浸蝕の虚神デスブリンガー・アビスが、跡形もなく素粒子へと回帰して行き、勇者と天狼が力を合わせて挑んだ戦いはここに集結を見る事となる。


 一方――

 狂気の拳から、人類の希望見たりとの言葉を受け取った仏門の化身不動も同じく、白銀の女神フリーディアとの激突から一転、鎧楼 炎魔がいろう えんまの武器を収めつつ調律騎士カツシとの問答へと移っていた。


神格存在バシャールに選ばれしメサイヤよ……なんじの戦いは、人類存続の希望を繋ぐ役目を果たせたようだ。』


「それはありがたい事だね、偉大なる神格と同列たる存在。けれどそれは、ボクが出張るまでもなく……ここに集った心ある同志が齎したモノだよ。ボク一人で招来できたなど、驕り高ぶるいわれもないさ。」


『うむ、その意気や良し。さすればワレの役目はここで――』


 憤怒の権化と化していた存在が移り変わる様に、菩薩の如き慈愛乗せて語る人類への賛美を、守るべき故郷の大地を背にして受け取る調律騎士。

 そこで仏門の化身が全てを終わらせにかかった時、敢えてのお言葉を返す事にした。


「まだ最後の戦いが残ってるけれど、それは見ていく必要はないのかい?仏門の存在よ。」


『……宿命の戦い、か。残念だが、。それ以上の覚悟を宿して、漆黒はこの戦いへ挑んでいる。そう――』


『宇宙と重なりし者の定めと引き合う様に、。〈虚無へと誘う者ナイアス・トラスター〉として、な。』


「……っ!? そうか……彼はその定めに従い、この戦いを。けれどそれはあまりにも……。」


 その返しへ、予想だにしない回答が混ぜられ調律騎士も絶句する。

 仏門の化身から放たれた言葉は、おおよそ普通の民草に理解できる代物ではなかった。

 されど騎士は理解した……せざるを得なかった。


 なぜなら彼はすでに、宇宙と重なりし者フォース・レイアーとして目覚めを迎えていた。

 その覚醒の時より、神格存在バシャールよりの様々な啓示を世界へ伝えるべく、死に損ないとして恥を晒して来ていた。


 故に……仏門の化身の言葉にあった、虚無へ誘う者ナイアス・トラスターとの言葉が何を意味するかを理解してしまったのだ。


 やがて戦場の砲火が、ことごと漆黒革命師団ザガー・カルツを撃ち散らす方向へと変化し、瓦解寸前であった救世の志士らの張る戦線が怒涛の巻き返しで師団中枢へと押し寄せる中――



 全ての結末となる最後の戦いが、蒼と漆黒の嵐を巻き起こす事となる。



》》》》



 先の戦いで猛威を振るったクラウ・ソラスとか言う、攻撃を事前に察するのさえ困難な遠隔機動兵装に続き、BSRスピリットRの常軌を逸した機動力へ追いすがるための強化推進システムを備えたデスクロウズ。


 その形振り構わない戦いは、正しく狂気そのものだった。


「ジーナ! 奴の機体は単騎だが、あのクラウ・ソラスの攻撃を回避するのだけでも消耗する! ならこちらは、エクセルテグとの合体分離を駆使して追い込むぞっ!」


『了解です、クオンさん! こちらでも、クラウ・ソラス攻撃パターンに存在するラグをデータ上で計測した所です! これを参考にして下さい!』


「……っ! いいぞ、ジーナ! こんな短期間でよくそれを見つけられた! ならばこのまま押し通る!!」


『はいっ!』


 けれどオレが得たのは、それ以上に有利を導くもの。

 なんの事はない……狂気そのものである攻撃システムからの隙を探り出す、有能にして最高のパートナーがいる。


 今のΩオメガは昔とは異なり、オレとジーナ・メレーデンと言う少女が、システム全てを統制下に置いているといっても過言ではないんだ。


 こちらの指示へ素早く反応するジーナが、スーパーフレーム形態を成すΩオメガエクセルテグ・セクションを分離し、BSRスピリットR本機から一気に距離を置くや、ク・ホリンを全機投入。

 こちら側でもナイト・ガーヴシステム展開にて、レビン・ヘッジホッグの曲射ビームの線条を全弾撒き散らす。


 中隊規模となるヴァルキリー・ジャベリンに加えたセイバーガーヴからも撒かれる砲火と、ヘッジホッグが形成する針のむしろの如き弾幕で、デスクロウズ決戦仕様とでも言うそれを集中的に追い立てる。


 それでもそのむしろの隙を掻い潜る様に回避し接敵して来る奴は、正しく天才エース・パイロットの名をほしいままにする最強の敵だった。


「これだけの操縦技術と、部隊を選りすぐる組織力……こんなにもあんたは恵まれた力を有するのに! なぜそれを力無き弱者へ向けない、エイワス・ヒュビネット!」


 煽り口撃など、漆黒の前には何の役にも立たないと理解してる。

 それでも……かつては見えなかった、奴の言動に見え隠れする事実の追求が必須と感じていた。


 全ての始まりとなった、ザガー・カルツによるアル・カンデ襲撃の日に誰もが想定した奴の目的と、あの時……オレが落とされた日に聞いた耳を疑う憤怒の真意を。


『余裕だな英雄とやらよ! そんな事を聞いて何になる! 相手を理解して、仲良く停戦への運びか!? お前はそんな事で、この太陽系全土が和平の果て、安寧へと回帰するでも思っているのか!? 思い上がるなよ……人と言う生物を何も知らぬ若輩がっ!!』


「オレが何を知っていると、おごるつもりなどない! あんたこそ、その力をおごりの中で振り回しているんじゃないのか!?」


 互いの十字砲火を寸でで避けつつ、幾度の接敵の中で、国際チャンネルを通じてオレの意思を叩き付ける。

 そもそもその回線を受け入れていると言う事は、問答無用を貫くつもりなどないのだろう。  

 それでも……奴の哲学めいた言葉の羅列は、終始オレの問いと噛み合わない状況が続いた。


 エイワス・ヒュビネットと言う男がテロリストでないならば、会話による争いの中断もありえるだろう……しかし奴は、


『世界を知らぬ英雄殿へ教えてやろう! かの地球人類はすでに、己の行動に責任を持つ理知など捨てている! 脳髄が叫ぶ獣の衝動に従い、見えぬ未来を捨て目先の現状へ甘んじる――』


『そしていつしか、成すべき事も忘却して欲望のままに生きるのが奴らよ! その成れの果てが同族同士の、醜悪な血で血を洗う争いだ! 規模の程度など関係ない……電子網ネットの海での殴り合いから、禁断の兵器を用いた国家の滅ぼしあいまでのなっ!!』


「……ヒュビネット、あんたはっ……!」


 それはあまりにも切実にして現実的。

 まるで全てを体験してきたかの様な、魂の悲鳴にも似た咆哮。

 それこそオレ達が何度も遭遇して来た……生きようとする人類が、理不尽に襲い来る現実へ立ち向かう熾烈なる足掻きの様な。


 聴覚へと突き刺さる叫びで、心へ引っかかっていた疑念が少しづつ解きほぐされて行く。

 エイワス・ヒュビネット……天才エース・パイロットとの呼び声高き存在が、なぜ世界へ敵対してまで危機的戦禍を引き寄せたのか。


「ヒュビネット……まさかあんたは、それを世界へ――」


 幾度と撃ち合い、ビーム粒子の刃により鍔迫つばぜり合うオレと漆黒。

 その中で自身が辿り着いた解を、奴へと問い質そうとした時――


 


『ク、クオンさん……この宙域へ強力な霊力震ヴィブレードが! けどこれは……こんなのは私も知りません! 霊力震ヴィブレードの振れ幅がマイナスへと振り切っています!!』


「マイナスの霊力震ヴィブレード……だと!?」


 同時に響くジーナの声は、直後の事態を予見するに十分な情報となる。

 そう……そのマイナスに振り切る力の震源は眼の前、漆黒の搭乗する機体だった。


«我、虚無へ誘う者! 超えて征け、正なる道行く者達よっ!»


 その時、オレとジーナの思考へ高次元宇宙から叩き付けられた、負の霊力震ネガ・ヴィブレードが生む高次元霊振動で戦慄を覚えた。

 紛う事なきその力は、、しかしエネルギーが反転した対極を示すモノだったから。


  ……。


『茶番は終わりだ、英雄とやら! 禁忌の力振るいし者の責務……この俺のへと叩き付けて見せろっ!!』



 そこよりオレ達の戦いは、人類史上でも稀に見る激戦へ変貌を遂げる事となる。

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