第283話 始める者、深淵砕きて踏み出さん



 遥かいにしえ、地球の大地で一大文明を築いた霊長類は、輝く黄金の種族〈黄金人オウルレイヒ〉と呼ばれ栄華を誇っていた。

 そして現在、ある時滅びを迎えたとされるそれらの大半が宇宙そらへと居を移し、巡り巡って宇宙人そらびとと呼ばれる社会の基盤を築きあげる事となる。


 そんな黄金の民オウルレイヒが最も危惧していたのが、霊長類の生物学的精神退化が齎す争乱勃発であり、その危機への対処として文明暴走を食い止める禁忌の機動兵装群が建造された。


 さらにそれは神格存在バシャールの監視下に置かれ、来たるべき時に覚醒する危機対応勢力として眠りに付く事になったのだ。


 それから長き時が経ち、遂にその力覚醒を余儀なくされた宇宙人そらびと社会最大の大戦勃発が、ネオJE260年代――

 現代からさかのぼった千年前の出来事である。


 人々はその教訓を活かし、決して再び争いに手を染めぬ覚悟で宇宙そらに於ける社会を維持して来たのだが……それを破る引き金となったのは、奇しくも退


 それを起因とする戦いへ一つの結末が訪れる。

 地上人の退化に起因する宇宙人そらびと社会に於ける厄災の再来〈ヒュビネット戦役〉へ、太古より呼び覚まされし禁忌の兵装の内、Αアルファの使命帯びた赤き巨人が真の覚醒を見たのだ。


 機体を包むは紛う事なきヒヒイロカネの金色こんじきであり、生きるために抗う霊長類の意思そのものである霊量子イスタール・クオンタムの本流。

 それを纏いし赤き霊機ライジングサン・ブレイズスターが黄金に包まれ、巨大な正の霊的エネルギーを凝縮した恒星と化したのだ。


「力が……感じた事もない膨大な意思に想いが力になって、ライジングサンを包んでる! これが、いにしえの禁忌の力!」


『出力上限は完全に振り切っているわ……! けどいつき君――』


「そうっす……ここからですよ綾奈あやなさん! ここからこそが俺達の、真の力を見せる時……アーガス! この宙域で戦う全ての民の、みなぎる想いを受け取れっ!!」


 すでに異常なまでのエネルギー光の塊となる赤き霊機ライジングサン・ブレイズスター

 だが炎陽の勇者はここからと吠えた。


 そのまま機体に満ちる膨大な霊子力イスタール・クオンタムエネルギーの本流を、黄金に輝く光帯こうたい状に幾重にも撒き、今現在時間稼ぎで深淵の虚神デスブリンガー・アビスへ挑み続ける赤銅の守護神臥叡 狼餓までも巻き込んだ。

 同時に光帯に包まれる守護神の一撃が、十分な損傷を刻めなかった先の威力を大きく上回る打撃へと昇華される。


『……っかぁ! いいぜアーガス・ファーマー! 勇者の力で、テメェの攻撃威力が増してやがる! そうだ、もっと俺様を窮地に追い込んでみせろ!!』


「この力……ライジングサンから流れ込んで来てるってのか!? それに臥叡がえいまで機体が黄金に……とんでもねぇってやつだろっ!」


 驚愕は打ち合う双方へと及び、だがそれでも圧倒的な霊的且つ物理的な勢力図は変わらず。

 その勢力図を大きく塗り替える事になるのは――


いつき君、ダブルチェイン・リアクションシステムはいつでもいける! あとは君の鍛錬次第……見せて見なさい! 私へとすがり、学び取った研鑽の証をっ!』


「分かりました! ダブルチェイン・リアクションシステム、モードブレイズ……綾奈あやなさんのバトルモーションとリンク開始! アーガス……攻撃インパクトの瞬間を、古武術闘法主体の綾奈あやなさんへ合わせろ!!」


『へへっ……いいぜいつき! この戦場で最も場数を熟すらしい神倶羅 綾奈かぐら あやなを基準に、俺達の技量で生まれるインパクト値を無限大にまで高めるつもりか! まさに合体攻撃……やってやろうぜ!!』


 二体の巨人が、そして三つの魂が黄金色を纏いて咆哮を上げる。

 巨大なる虚神を穿つために、一つとなるために。


 そして始まりの戦いは佳境へ――



 赤き炎陽の巨人と赤銅の守護神が共に放つ、太陽系最強の格闘戦術が死中に活を見出す事となる。



》》》》



 膨張を続けるデスブリンガー・アビス。

 もう俺達の視界を壁の如く埋め尽くすそれは、宇宙そらの虚数次元が口を開けた地獄そのものだった。


 それを穿つための力が今、このライジングサン・ブレイズスターへ凝縮されて、生命の証を解き放つ瞬間を待ち詫びる。

 けれどこれを放つためには、ただ拳に乗せるのではだめだ。


 足りぬモノは理解してる。

 俺に綾奈あやなさん、そしてアーガスの魂がインパクトする瞬間を合わせなければならない。


『おおおおおおおおおっっ!!』


『はああああああああっっ!!』


 呼吸が弾け、二体の巨人が放つデスブリンガー・アビスへのインパクトが重なって行く。

 が――


「……まだ、だ! まだコンマ何秒のズレで、インパクトが弱い! 俺の拳と魂を、綾奈あやなさんへと重ねるんだ! なんのために彼女から、宗家式の暗殺術を学び取ったんだ!」


 言うまでもない事実。

 この中で、戦場に於ける場数が一番少ないのは

 綾奈あやなさんは言うに及ばず、アーガスはかつてザガー・カルツで革命をうたう戦いに身を委ね、方向は違えど戦場に身を置いていた。


 平和ボケのなかでのうのうと、


 窮地で、さらには極限の戦いで如実になるのは、俺と二人との明らかな経験の差。

 それを埋めずして、これより放つ最大最強・一撃必殺の奥義を奴へ叩き込む事なんて不可能だ。


『いいぜ、それだ! テメェら人類の生き足掻く力が、俺様を……くぉっ!? ……この、俺様を浸蝕して行きやがる! だがまだだ……その程度じゃブラックホールの持つ超重力の浸蝕を超えるこたぁできねぇぞ!』


 マサカーより叩き付けられる歓喜と嘲笑。

 それも人間が弱者へ吐くものなんて比べる事さえできない、大自然が人類へ向けて放つ純粋な憤怒にも似た啓示。

 正しく今の俺達は、牙を剥いた大自然へ歯向かうちっぽけな存在でしかないんだ。


「一人一人はちっぽけだ! だからこそ人類は、あらゆる壁を超えて手を携えなけりゃならない! それが……それこそがΑアルファフレーム、ライジングサンに与えられた使命なんだ! 超えろ自分を、追い付け綾奈あやなさんへ――」


「この拳を、技を……魂をっ! 彼女が、力無き者を救うため振るい続けた暗殺術の極地へ! 、俺の全てを昇華させろっっ!!」


 綾奈あやなさんの戦闘術へ、チェイン・リアクションシステムが俺を寸分違わずリンクさせて行く。

 繰り出されるその御業へ、俺の拳を、魂を重ねて。

 同時にアーガスとの呼吸を重ね、一撃一撃を極限の力へと――


『……ぬぅぐあああああっっーーー!!?』



 刹那……三つの魂を重ねた極限のインパクトが、初めて巨大なる虚神の防御を抜き突き刺さった。



》》》》



 その時宇宙そらが激しく爆ぜ、輝きを撒き散らした。

 三人の格闘家が、二体の巨人を持ちて放った黄金の一撃が、虚神となったデスブリンガー・アビスの守りの壁を叩き割った。

 だが、それでは終わらない……終わりを見るはずなどない。


 そこからこそが、


『行きます、綾奈あやなさん! 行くぞ、アーガス! 今こそ俺達人類の……この宙域で戦う全ての命を拳に乗せる時だっ!!』


 もはや言葉も必要ない三つの魂は、その膨大なエネルギー放つ一撃を合図とし、さらにあらゆる全てを重ね合う。

 防御を抜かれた狂気の拳マサカーさえも、訪れた刹那へ双眸を見開いた。


『……来るっ!!』


 待ち侘びた瞬間へ歓喜と興奮が爆熱する狂気の拳は、それでも譲らぬと息巻き深淵の虚神デスブリンガー・アビスへ莫大な力を凝縮させた。

 今の今まで、二体の巨人が放つ恒星の如き衝突をエネルギー変換していた機体が、今度はそれを解き放つ様に膨張を開始。


 深淵の虚神が二体の巨人の輝きと呼応する様に、体躯を大きく仰け反らせ、巨大な剛腕からのみなぎる超常のエネルギー放射へと移って行く。


「テメェら人類の飽くなき挑戦に免じて、これで最後の手打ちにしてやろう! 超えられるか、この宇宙そらが誇るエネルギー放射の本流を! ブラックホールが恒星を飲み込む際に放つ、!」


「来やがれ勇者、来やがれ戦狼! 人類のメサイヤたる真価を、この宇宙そらの真理へ刻んで行けっ!! ガンマレイド・グラビティバーストーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」


 ソシャールに匹敵する規模まで膨張する深淵の虚神デスブリンガー・アビス

 そこより周囲のあらゆる素粒子を飲み込む、暗黒のエネルギーが解き放たれる。

 超常にして膨大な力が、二体の巨人へ向け刹那の進撃をかけた。


 しかしその巨人達の……赤き霊機ライジングサン・ブレイズスター赤銅の守護神臥叡 狼餓は止まらない。

 虚神がブラックホールならば、彼らは


『俺達の全てをこの一撃へ! 綾奈あやなさんとアーガスと、紅円寺流 閃武闘術門下……紅円寺 斎こうえんじ いつき! 推して参るっっ!!』


『ライジングサン・ブレイズスターと臥叡 狼餓がえい ろうがの力を一点集中! 紅円寺流 真機極限・合体奥義……超重震恒星拳、イグナイテッド・ブレイカーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!』


 三人の格闘家が魂を重ね合い、二体の巨人が紛う事なき恒星へと昇華。

 さらにそれが一つの巨大な恒星へと融合するや、剛腕を一点へと集中して宇宙そらの深淵を駆ける。


 膜宇宙ブレーン・スペースを渡る力有する霊機の力で、同じく守護神もその位相の大地を足場に飛んでいたのだ。


 そして――

 宙域が膨大にして強烈、超常にして莫大なエネルギーの衝突で爆光の後……

 一つの凝縮された恒星と宇宙の深淵ブラックホールによる、時空を震撼させるほどの激突の光が全てを照らし出す。


 戦域で打ち散らされた、無人自立兵装の残骸がことごとくそのエネルギーに巻き込まれ、分子分解の後 素粒子の海へと回帰する事象はさながら超新星爆発の如し。


 激突、激震……それが二つの巨大質量の相打つ最後の光景となる。


 狂気の拳は目撃した、

 ソシャールに匹敵する巨躯の中心が貫通され、漏れ出たエネルギーが次々と対消滅反応と共にバラ撒かれ、あたかも巨大暗黒天体が赤外線を放ちながら消滅して行く様を。



 詰まる所の、勇者達の大勝利であった。

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