第282話 炎陽と双炎と、天狼が翳す始まりの拳



 あらゆる宙域での戦いが佳境へと突き進む。

 その中にあって、今だ超絶なる激闘を繰り返す者達がいた。


 宇宙そらの深淵をうたう存在相手に、機体がボロボロになりながらも決して折れる事なき二体の巨人。


 一つは赤き炎陽の如き爆炎を纏い、幾度も深淵よりの使者へ接敵を繰り返すライジングサン ブレイズスター。

 もう一つは、その炎陽と入れ替わる様に同じ目標へと拳を叩き込む、灼銅と黄の輝きに肩口へ刻まれるシルバーウルフが雄々しい臥叡 狼餓がえい ろうが


「アーガス、絶対に折れるな! 俺達が倒れれば、人類の明日が消えてしまう!」


『上等ってやつだろ! 倒れてたまるか……お前がそこで戦いを続ける限り、無様に敗北なんてしてられねぇ!』


 そして鼓舞し合う通信。

 かつては敵対し、しかし正々堂々真正面からの一騎打ちにて拳の誓いを刻んだ両雄。

 紅円寺 斎こうえんじ いつきとアーガス・ファーマーが、眼前の深淵が齎す圧倒的なプレッシャーと戦い続けていた。


 正しく宇宙そらの深淵 ブラックホールを体現するは、マサカー・ボーエッグの駆るデスブリンガー・アビス……否――

 彼自身であるその体躯は、両雄への攻撃を加えていた。


 ハナから数倍あった体躯はすでに、さらなる膨張を続ける勢いで巨大化していたのだ。


『ああそうだ、そうでなくちゃならねぇ! 恒星たるテメェらは超技術からなる、大いなる武力を振るう権利を与えられた者だ! だからこそ、俺様の前にたちはだかれる! だが足りねぇ――』


『俺様を……このデスブリンガー・アビスを穿つためには、それだけじゃ足りねぇ! 見せてみろ……この宇宙そらに存在する事が叶うだけの、霊長類が持つ無限の可能性をよぉ!!』


 もはや巨大小惑星の衝突規模まで勢い増す鉤爪の一撃は、二体の巨人を持ってしても避けきれず、かすめただけで量子レベルの振動衝撃が機体防御を削り取る。

 いにしえに準える禁忌の機体が、分子分解されてもおかしくはない超常の一撃である。


 それを赤き霊機ライジングサン・ブレイズスター赤銅の守護神臥叡 狼餓さばき切る。

 例え避れずとも、致命打をもらってなるものかと衝撃をいなし、そこから数倍の体躯となる浸蝕の深淵へと拳撃を、蹴撃を、そして重力子グラビトンの衝撃刃を叩き付けた。


 が――

 やがて二体の艦艇をも貫く攻撃すら、浸蝕の深淵へ深いダメージを負わせる事が困難となり、無限とも思える時間続く激突がパイロットらの体力を奪っていった。


「(これじゃ埒が開かない! 攻撃の全てが、ブラックホールに飲み込まれる恒星の残滓の如く力を失ってる! やつぱりこいつは、紛れもないブラックホールなんだ!)」


 そんな不利へと傾きつつある戦況の中、炎陽の勇者は強靭な精神力で耐え続ける。

 かの英雄少佐クオンに育て上げられ、果ては大艦隊の猛攻から、力なき民をたった一人で守りきった一騎当千の器は伊達ではなかった。


 眼前で猛威を振るう宇宙そらの真理を睨め付け、己に足りぬものを徹底的に洗い出す勇者。

 しかしそれは、何も難しく考える事ではなかったのだ。


「(こいつに打ち勝つために足りない物……分かってるさ! あの大艦隊を守ろうとした時、ライジングサンが教えてくれた! このいにしえの禁忌は――)」


「(それは即ち、! この宙域で……今まさに因果に抗おうとしている宇宙人そらびと全ての意思を!)」


 言うは簡単で、そしてそれを行使するが最も困難な結果を導き出した炎陽の勇者は、モニター越しに双炎の大尉綾奈を見やる。

 そこには言葉にするまでもなく、彼の成さんとする事を理解する女性の姿が写り込んでいた。


 アイコンタクトと共に咆哮を上げる。

 この戦場で、共に戦うもう一つの拳へ協力を要請するために。


「アーガス、このままジリ貧な状況を打開する! 三分……時間を作ってくれ!」


『こんな化け物相手に三分だと!? 面白れぇ……やってやるぜ! いつきはその隙に、奴を超える手段を整えるか! 上等、この俺にその三分を耐える機会をくれたお前の、面目を保ってやるってやつだ!』



 そして二つの拳が、巨大なる宇宙そらの真理を相手に最後の賭けに挑む事となる。



》》》》



 人間はその人生の中で、あらゆる物質全てを飲み込むブラックホールを目撃する事なんてないだろう。

 けど俺は、その時確かに感じていた。

 意識領域とか言う概念を超え、もはや眼前で猛威を振るうそれは、目視できるブラックホール以外のなにものでもない。


 俺達がいにしえの超技術宿す巨人の攻撃をいくら叩き付けようと、そのほとんどを取り込み、エネルギーへと変換して膨張する姿をブラックホールと呼ばずしてなんて言うんだ。


『しっかり手筈を整えろよ、いつき! マサカー、刹那の間だけこの俺と勝負ってやつだ!!』


『カカッ! その解へ辿り着いたか、勇者! だが口だけでは俺様には勝てねぇぜ! アーガス・ファーマー……せいぜい無駄骨にならねぇように挑んで来い!』


 俺の声が響くや、臥叡 狼餓がえい ろうがが気炎を纏う。

 かつて俺と拳の誓いを立てた戦狼 アーガスが、頼もしすぎるほどに輝いて見える。

 それを盾に、俺は思考へ描いた力を生み出さなければならない。


「行きます、綾奈あやなさん! ライジングサン・ブレイズスター……お前が託された名を今こそ体現するぞ! 人の歴史へと産み落とされ、始める者として再臨したいにしえの禁忌の力――」


「それを持ち、この宙域で戦う勇気ある戦士達全ての想いを束ねて、宇宙そらの深淵を超えて行く!!」


 あの大艦隊の猛攻から全てを守りきれたのは、俺だけの力じゃないのは分かってる。

 その背に背負った数知れない命が、俺とライジングサンへ力を与えてくれていたんだ。

 いや……そうじゃない。


 それを束ねて明日への道を切り開く事こそが、この赤き巨人が神格存在バシャールから託された定め。

 クオンさんだけが接触できた、神格の君であるリリスって女性が、自分の前に現れたからこそ確信が持てる。

 だいそれた事は言えないけれど、この赤き巨人は人類史に於けるメサイアとでも言うんだろう。


 詰まる所、


 確かとなった事実を心へ刻み、宇宙そらと一つとなる力を開放する。

 これはクオンさんから直々に教わった手段……俺達の様なフォース・レイアーに覚醒した者にのみ与えられる、高次元意識上に於ける無制限霊量子共振の力だ。


«宇宙そらは我なりっ!!»


 無意識下で放つものではない、自らの意思で宇宙そらと繋がるための霊言フォノンワードを放つと、俺の意識が膜宇宙ブレーン・スペースのその先……超高次元集合的無意識の大海へと繋がる。

 そこにあるのは、今まさに戦い続ける戦士達の勇猛なる意思と、避難の中も必死に耐え凌ぐ避難民の懸命なる命の叫び。


 そうだ……Αアルファフレームと呼ばれた巨人が束ねる力。

 もうそれを思考するまでもない――

 ライジングサンがそれを教えてくれている。


 ならばここからだ……ここからこそ、人類が宇宙そらの深淵へと抗う最初の一歩。

 さあ始めよう、望むべき未来への戦いを。

 そこへ踏み出す最初の一手を俺が……俺達が繰り出すんだ。


『ブレイズスターのシステム同調、超高次元意識領域との連結を確認! グリーリス稼働率400パーセント……! 凄い……これがこの、Αアルファフレームベースとなる機体の真価――』


いつき君、宙域で戦う勇士達と、救うべき民の生きる意思がここに集っているわ! ブレイズスター 霊量子共振機構、ハイレイト・オリハルコン・フィクサー……集合無意識領域と同期! 今よっ!!』


 凛として、それでいて頼もしい綾奈あやなさんの声が聴覚を揺さぶって来る。

 それを合図とし、ライジングサンのダブルチェイン・リアクションシステムを無制限展開。

 最終決戦用にあつらえた、エターナルチェイン・スピリットリアクションモードを起動させた。


「これが俺達の……運命に抗う者全ての、熾烈なる命の叫びだーーーーーーーーっっ!」


«コオオオオオオオオーーーーーーーーーッッ!!!»


 自身の中で魂が爆ぜたのを感じた俺は、マサカーとデスブリンガー・アビスへ対抗する様に咆哮を上げた。

 それに共鳴したライジングサンも同じく咆哮を上げるや、機体の腕部脚部に胸部から頭部へと、金色こんじきの閃光がはしり抜けた。

 それはただの閃光ではない……機体を構成する人工オリハルコン装甲が、霊的高次共振を起こしたものなのは明白だった。


 神代の高次霊金属 オリハルコン――

  人工オリハルコンが今この時、高次霊量子ハイレイト・イスタールを受信できる高次鉱石物質へと昇華された。


 かつて聞き及んだ、


 全ての準備は整った。

 ギリギリの攻防で耐え凌いでいたアーガスと、綾奈あやなさん双方にアイコンタクトを送った俺は最後の最後――



 巨大なる深淵との決着のために、魂を極限まで高めて拳を握り込んだ。

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