第279話 凶鳥貫く聖なる剣



 激戦、激闘、苛烈を極める戦いは旗艦同士の戦いにも及ぶ。

 すでに漆黒ヒュビネットが指示した通りに構成員のほぼ全てを吐き出した禁忌の凶鳥フレスベルグは、もはや捨てる物なしとさらなる攻撃を繰り出していた。


 だが、艦内でたった一人……孤独へと回帰した電脳姫ユミークルの呟きだけが虚しく空を切る。


「地球の引き籠もったあの暮らしの中、己を認めさせたいと思って宇宙そらへと出て……そして気付けばまた孤独、か。私の人生とは、一体なんだったんだろう。」


 巨大質量同士の激突が、宙域へ無数の閃光をはしらせる中、電脳姫は己の生み出したヴァーチャル・C Tuberコズミックチューバーを見つめてただ事務的な戦いを繰り広げていた。


 すでに心が昔に回帰した様な彼女は、思考の中に残る微かな記憶さえも、懐かしさのあまり反復してしまう。


「現実世界、そしてネット社会でさえ誰の目にも止まらなかった私。その慣れの果てに始めたVTuberのマネごと……ああ――」

「いたな、一人だけ。私のVである、ユミークル姫へ熱心だった少女。中学生だか高校生だか知らないが、。確か、ニックネームは〈 〉だったか?」


 眼前の閃光にさえも、さしたる危機感を覚えなくなった彼女は、記憶に蘇った熱心なファンを思い出して微笑する。

 もはやその過去に、戻る事さえできぬ今を憂いながら。


「……久しぶりに、少しだけましな過去を思い出させてくれたナナルに感謝して……付けなければならないな。この戦いの決着を。」


 そうして戻る双眸には、迷いなど存在していなかった。

 漆黒革命師団ザガー・カルツの、電脳姫が電脳姫たる本領を見せるために。


「これで最後だ、クロノセイバー。この宇宙そらを私の死に場所にする。最後まで……死に際まで付き合ってもらうぞ、聖剣 キャリバーンっ!!」


 背水の陣と共に、咆哮を上げた電脳姫。

 同時に狂気の舞姫マーダー・プリンセスが呼応した。


 すでに彼女以外が無人となった禁忌の怪鳥フレスベルグの、あらゆる区画が強制変容を遂げ、隠し持っていた邪竜の閃撃ニーズヘッグが残らず吐き出された。

 邪竜の二重輪形と、超高エネルギー収束陣を新たに纏う凶鳥が、機関最大出力を無制限に引き上げ――



 さながら死のオーラ纏う恐るべき凶鳥の姿で、禁忌の聖剣キャリバーンへと突撃を敢行したのだ。



「敵旗艦がさらにニーズヘッグを射出! これは……艦を取り巻く防衛シールド強化と、ヴォルテクサーの射出ゲインを大幅に上昇させるためのものと!」


「ここに来て出し惜しみなしか! なら先程、あの艦から射出された脱出艇からは、ほぼ全てのクルーが脱出したと見ていいだろう!」


 眼前の怪鳥の、さらなる変貌を目撃した旗艦指令月読は直感した。

 ほぼ全てのクルーが白旗上げて降伏した今、……否――


「各員、覚悟はいいか! これよりは、かつて家族であった者との一騎打ち! 彼女と…… 、最後の戦いだっ! 戦場で相いれぬならば、それは撃ち合う定めしか導かれない!」


 敢えて旗艦指令は口にする。

 それはこの血で血を洗う戦場にて、超えて行かねばならぬ定めであるから。

 それでも……何より彼女へ様々な思いを抱くクルーには、それにより心の行方を迷わせてほしくないとの願いを込めて。


「敵はザガー・カルツ師団の旗艦! 凶鳥 フレスベルグ! 敵は……我らの元家族であるユミークル・ファゾアット……! 全艦、突撃ーーーーーっっ!!!」


 虚しく響いた大号令は、元家族と銃を突きつけ合い戦場のやり取りをせよとの居た堪れない宣言。

 それでも――



 禁忌の聖剣キャリバーン宇宙人そらびと世界の安寧のために、その引き金を引いた。



》》》》



 漆黒革命師団ザガー・カルツが占拠した宙域でも、最大級の激突が繰り広げられる。

 艦隊戦のほとんどが、遠距離からの艦砲射撃による撃ち合いを取る中、その二つの巨大質量はあたかも近接で殴り合う様な距離で接敵する。

 否――


 文字通りに、艦体が接触する勢いでの激突を繰り広げていた。


「……て、敵艦との近接干渉でミストルフィールドの出力……73パーセントまで低下します! このまま干渉が続けば、ナノミスト発生元であるナノマシン群減少による、シールド展開不備へおちいるものと!」


「どのみち、これを凌がねば後はない! 切り札のための出力を残し、フィールド維持へ機関エネルギーを回せ!」


「りょ、了解しました! 最終攻撃以外のエネルギーを、ミストルフィールド維持へ回します!」


 旗艦指令月読の対応は、禁忌の怪鳥フレスベルグが展開する邪竜の閃撃ニーズヘッグが今までを上回る襲撃と察し、そのビーム砲群の集中砲火を喰らわぬようにするため。

 全方位から襲うビーム砲の嵐を避けるため、敢えて敵艦との距離を詰め、接触もいとわぬ距離で戦う事により集中砲火を回避していた。


 まさに旗艦指令の、歴戦の勘が生んだ即興戦術であった。


「その歴戦の戦い方がしゃくに障るんだよ、月読 慶陽つくよみ けいよう! 忌々しい……疎ましい! 私の本懐成就の邪魔をするなっ!!」


 その戦術を、指揮能力を――

 長く同じ家族の中と言う空間で見て来た電脳姫ユミークルは、いきどおりをあらわとする。

 彼女が組織内で秘密裏に、己の作戦を成す際にはそれこそが弊害となっていたから。


 彼女からした人生でも類を見ない程の存在が、卓越した能力を発揮するのを目の当たりにして来たのだから。


「ならばもう終わりだ、終わりにしてやる! ニーズヘッグ広域展開、ヴォルテクサーへありったけのエネルギーをぶち込め! 拡散放射の速度を上げる……ついて来い、マーダープリンセスっ!」


『イエス、マスターユミークル。ボクスター・ヴォルテクサー出力を最大へ。照射後の集点までの速度、30パーセント上昇。敵艦回避率減少へ貢献可能。』


 そんな指揮能力を見せつけられた電脳姫は、もはや止まる事などない。

 彼女に於ける人生は、すでに怪鳥と共にある今しかない。

 だから彼女にとって、捨てるものなど何も存在していなかった。


「これで最後だ、キャリバーン! 我がフレスベルグの一撃を、その身でしかと味わっていけぇーーー!!!」


 宙域へ、電脳姫の悲しい咆哮が木霊する。

 大翼を対抗重粒子過淵反応砲ボクスター・ヴォルテクサー発射体制のまま固定し、さらに邪竜の閃撃ニーズヘッグで完全に聖剣を包囲した禁忌の怪鳥フレスベルグ

 死にもの狂いの突撃で、刺し違える覚悟の狂気が気炎をはしらせた。


「フレスベルグ……来ます!!」


「捨て身か……笑止! ミストル・フィールドを前方へ高密度展開! ザンバー形成と同時に、デュアル・クインテシオンバスターを――」


! ハイデンベルグ少佐、操舵を任せた!」


「イエス、サー! ザンバー形成の後、バスターをブースターに変換しバレルロール突撃を敢行します!」


 しかしその狂気すら読み切った旗艦指令が、正気を疑う指示を飛ばし、それに準ずる諜報部少佐ロイックも復唱と共に操縦桿を握り締めた。


 禁忌の怪鳥フレスベルグが、邪竜の閃撃ニーズヘッグを撃ち放つよりも早く、旗艦の対艦収束砲バスターを後方へ撒くブースターへと変換し――


 防御を捨てて、艦前方へ生み出した巨大な半物質化ザンバーを敵旗艦へと叩き込む、常軌を逸する艦隊格闘戦術である。


「沈めぇーーーーーーーーっっ!!」


「今だ、バスター後方発射! デュアル・クインテシオン・ブースター点火……同時に……ぶち抜けーーーーーっっ!!」


 飛ぶ無数の閃撃が、加速した巨大質量を捉えられない。

 数多の艦隊を無力化させる事叶う対艦収束砲を、艦を加速させるブースターと変えた禁忌の聖剣キャリバーンが、禁忌の怪鳥フレスベルグ艦体をすり抜ける様にバレルロール。

 そのまま上下逆さまとなった位置から、僅かに敵へ艦体を向けた旗艦の、艦首ザンバーが突如高速回転を開始する。


 赤き霊機ライジングサン・ブレイズスターが巨大小惑星を貫いたドリルの如きそれが、敵旗艦中心へ向けて牙を剥いた。


 刹那の激突。

 艦隊戦ではありえるはずのない、近接打撃が禁忌の怪鳥フレスベルグへ深々と突き刺さる。


「……ふざ、けるな……。なんだその、めちゃくちゃな戦い方は……。こんなにも、私が……あっさりと――」


 その勝敗はあまりにも明確であった。

 艦体を真っ二つに引き裂かれた手負いの怪鳥は、入れ違う聖剣を尻目に爆轟に包まれる。


 電脳姫が悲しき最後の言葉を言い終える事なく。

 が――


 その時、電脳姫も意図しないシステムが作動していた。

 彼女が旗艦の総監を担うため、機体ごと固定されていた上半身のみの電脳兵装マーダー・アームがシェルター代わりとなり、旗艦完全爆散を免れる様に射出されていた。


 すでに意識を飛ばす電脳姫に悟られる事なく、組み込まれたシステムのコードは〈・セイバーモード〉――



 今は星霊姫ドールとなったブリュンヒルデの、慈愛に溢れた置土産であったのだ。

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