― 終局〜英雄と、勇者と、堕ちた聖者と〜 ―

第277話 ヒュプノ・マシナリー・プラトゥーン



 禁忌の聖剣キャリバーン禁忌の怪鳥フレスベルグが切り結ぶ。

 その宙域……それも聖剣の艦内で、激突をただ見守るしなかい存在が憂いへ沈む。


 だがその憂いの中にあって、微かな希望を目にし、ただ祈る様に事を見定めていた。


「アリス……見えるか?聞こえるか? わらわはこの宙域の戦いも、悲しき惨劇を追うやもと恐れておった。じゃが彼らは手を携え、その惨劇へ続く因果を振り切らんとしておる。」


 遥か数十天文単位の彼方へ想いを飛ばすは、精神界をつかさどる観測者。

 人類が叡智を得るきっかけを生んだ、リリス……リヴァハ・ロードレス・シャンティアーである。


 体躯は、星霊姫ドールにして技術監督官であるリヴ・ロシャだが、高次意識領域で神格の君彼女は憂いと賛美を漏らしていた。

 が、それに返す言葉が限りなく小さくなっているのを悟る神格の君は、別の憂いに駆られる事となる。


「……佳境であったか。そこで、お主は……もはやこの高次でのやり取りを行う事も叶わぬほどの神霊力減衰を。ならば急がねばならぬの……この宇宙人そらびとの戦いの集結を。」


 彼女は地球の神格存在アリスが、如何な状態かを知っている。

 それが、意識領域のやり取りも叶わぬレベルまで堕ち行く今、世界調律は急務である。

 されど彼女は、低次元存在の歴史に干渉する事もならず、ただ人類が選んだ道の行く先を見守るしか手段が存在しないのだ。


 それでも――


わらわは信じておる、再び立ち上がった蒼き英雄を。期待しておる……新たに舞い上がった赤き勇者を。その両雄が飛ぶこの戦いで、暗き暗雲が打ち払われる瞬間を、わらわは見届けねばならぬ。」


「アリス、こちらは我らの子らに任せるが良い。彼らは迷いなく、明日への道を切り開いてくれる。」


 すでに届く事がないと分かっていながらも、神格の君は双眸を閉じて歌を紡ぐ。

 後世が、無限の慈愛と安息に包まれた未来へ導かれる様に――


――――



 蒼き不死なる鳥は、闇を切り裂き……赤き拳の巨人は悪鬼を穿つ――


 待ち侘びた明日は、まだ霧の中――

 けれど闇を裂く光明はこの双眸へ――


 悲しみの歴史を過去へ……安息の時を我らへ――



 宇宙そらは今も見守っている――

 高位なる我は今も……見守っている――



――――



》》》》



 熾烈な戦線、各宙域の激突は一進一退を繰り返す。

 その中にあって、チラつく針の穴の様な突破口を探るエリート部隊Ωフォース紅蓮の将ミネルヴァは、単体でも狂気と言える発狂娘スーリーを相手取る。

 エリート擁する雷霆重火砲仕様シグムント・サーヴェでさえ手に余る女性の戦いには、さしもの彼らも舌を巻いていた。


『この機体、ただ闇雲に突撃してるかと思いきや、ことごとくこちらの戦術をかき回してきやすぜ隊長!』


『浮遊岩礁地帯でないと高を括れば、まさか機体の推進機構を2D寄りへとシフトした、高機動戦闘砲撃艇ハイ・マニューバ・ランチャーシップスタイルとは! その上、こちらの電子戦闘の影響さえも越えて来るなど――』


「確かに想定など遥か彼方へ吹き飛んだな! だが……残念な事に、そんなものは我が部隊にいれば幾度も経験済み! 奇想天外など、我が家族の雄らが幾度も見せ付けて来たのだからな!」


 集束重火線砲を撒きながら突撃する、高速戦闘艇からの人形変形強襲は、あの漆黒ヒュビネットが準備させた決戦機能。

 奇しくも発狂娘の素養を最大限に活かす事に成功し、小惑星隊の誇るエリートに加えた、紅蓮の将を翻弄するには十分過ぎる成果であった。

 が――

 かのエリートと呼ばれた彼らは、救世艦隊クロノセイバーと共にあった事で、あらゆる想定超えを経験した猛者である。


 眼前の敵砲戦騎クリューガーの奇想天外な攻撃パターンに見え隠れする隙を突く、形勢逆転の一手を狙いすましていた。


「(噂には聞いた事がある、火星圏政府の負の遺産……戦争屋を名乗る機関の虎の子。実際に目にすれば反吐が出るこれは、紛う事なきあの使――)」


「だが……相手が戦争屋の準備した、洗脳強化突撃騎兵ヒュプノ・マシナリー・プラトゥーンならば与し易い! 心も目的も存在しない強化兵では、守る者のために死力を尽くす軍人の足元にも及ばぬと教えてやろう!」


『策があるようだな、クリュッフェル殿! ではワレも、それに乗ろうではないか!』


 鉄仮面の部隊長クリュッフェルも顔をしかめるは、その口から飛び出た機関へのいきどおりこそが関係する。

 幼少の孤児を集め、戦場で戦うためだけの洗脳強化を施す、人類として下劣極まる愚行によりそれらは生み出された。



 発狂娘が「戦わなければ死ぬ」と漏らしたのはまさに、その洗脳強化を示唆していたのだ。



》》》》



『アタシに撃ち落とされろーーーっ!!』


「くっ……まるで、部隊編入時のムーンベルク大尉だな! だが、それならば与し易い!」


 エリートが手を焼くほどにデタラメでいながら、的確に相手の連携を崩す性能有す発狂娘スーリー砲戦騎クリューガーは、それこそ男の娘大尉アシュリーの駆る翡翠の雷電機ヒュレイカ・ジェイダイトの如き強さを見せ付ける。

 型付き兵装より大きく劣る、正規軍量産型から派生した特殊機を、限界までチューニングしたかの動きこそが特徴のそれ。


 しかしその点こそが、男の娘大尉と同じ部隊で凌ぎを削った、エリート隊長にとっての付け入る隙である。


 紅蓮の機体含めた四機を圧倒する発狂娘。

 が、女性が漏らした真実により、嫌な汗の中思考を迷わせる傭兵隊長ニードがそこにいた。


「(戦わなけりゃテメェが死ぬ……だと? ちくしょう……まさかこんな所で、。この小娘とは随分戦場で馴染んだ腐れ縁だが、ここに来てこれかよ。)」


「(確かにあの火星圏組織は、昔依頼で叩き潰した……。だがそれ以降の依頼で、被害者になったガキ共捜索は難航を極めて打ち切り。そんな、忘れてた過去を思い出させやがって……。)」


 傭兵隊長は、数々の依頼を金銭勘定だけでこなして来た流浪の強者つわもの

 ところがその中にあって、彼が酷く心を揺さぶられた依頼任務が存在した。


 火星圏政府の腐敗した闇――

 である。


 過去から今に戻された傭兵隊長は、今まで義務的に熟していた発狂娘への支援を本格的に遂行せんと、武装全ての制限を解除する。

 いつでもその武装全てを撃ち放てる準備……最悪それを捨て駒にしてでも、


 一つの狂気を挟んで二つの覚悟が激突する。

 やがてその瞬間は、エリート部隊渾身の連携攻撃の果てに訪れる事となる。


『隊長、俺らが全弾ぶち込みますぜぇ! そこへ突っ込んで下せぇ!』


『この際です……電子戦攻撃も無制限で叩き込みます! 隊長!』


『ならば、ワレのズォルツ・シュベルトを弾幕の盾にするがいい! 行かれよ、部隊長殿!』


「ああ、共に救世の旗を掲げし仲間達よ! 私に力を貸してくれ!」


『ハッハーッ! アタシの突撃を、かわしてみせろやーーーーーっっ!!』


 三位一体の連携を物ともしない発狂娘。

 その彼女を支援する傭兵隊長も、激突へ絡む様に割り込んだ。


 強化砲戦騎クリューガーの速射実体弾、集束砲、多弾装ミサイルポッドが火を吹く。

 対するエリート機も、文字通りの全弾発射と電子クラックの波状攻撃。

 それを発狂娘が回避、回避、回避してエリート隊長へ向け飛ぶ。


 最後の最後と、近接からのソードビームナックルを披露し、雷霆機シグムントのコックピットを狙いすまして繰り出した。


「……! これならば、ムーンベルク大尉の方が驚異ぞっ!!」


 ところが、その突撃すら右腕部を犠牲に寸でで回避したエリート隊長が吠えた。

 


 近接での激突。

 爆ぜる両機体。

 エリート隊長の雷霆機シグムントが片腕を飛ばされたのと同時に――


 強化砲戦騎クリューガーには無数の重機関砲の弾幕が、至近距離から装甲へと叩き込まれていた。


「これで、終わりだ! 持って行け、ザガー・カルツ撃破の最初の一撃をっ!」


 両機共に弾かれる中、いち早く立て直すエリート隊長が、彼でもほとんど使用しない近接戦闘用のビームブレードを振り抜いた。


 煌めく粒子の光刃が、敵機体へと襲い掛かり――


『こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ! させるかぁーーーっっ!!』


 そこへまさかの、傭兵隊長が飛び込む形で受け止めた。


 想定外な事態で、不殺の元光刃ブレードを抜いたエリート隊長も、ギリギリ威力を殺して飛び込む機体のコックピットと機関部を避け切り裂いた。

 衝撃と爆散の勢いで後方へ下がる傭兵隊長……さかのぼった過去、後退して行く。



 全ての武装をパージし、



「……っ。ここは……痛っ!? アタシは――」


「よう、お目覚めか発狂娘。深手だ……応急処置じゃすぐ傷も開きかねんから、そのまま寝てな。」


「ざっけんな……アタシは戦わねぇと死……っ!? おっさん、その手は――」


。そりゃ火星政府のクソカス共が、お前さんに刷り込んだ洗脳だ。ったく……ヒュビネットから依頼料は振り込まれちゃいるが、恐れいったぜ、クソ。」


 救世艦隊クロノセイバーのエリート達により、白旗で見逃された彼らは、捕虜だけは御免こうむると戦闘宙域から離脱していた。

 少し時間を置いたそこは、漆黒ヒュビネットが敗北した際撤退する算段の傭兵隊へあつらえた、医療設備完備の中立艦。


 備わる医療ベッドへ横たわっていた発狂娘が飛び起きるや苦痛で顔をしかめ、それを優しくなだめた傭兵隊長は、視線を彼女の驚愕した面持ちへと移した。


「エリートさんは、確実にお前よりも上手だったぜ。俺も、済んだんだからな。」


 すでに止血を終え、しかし二の腕より先を失う痛々しい傭兵隊長は、今までの気性がウソの様な雰囲気で会話を続けた。

 そして――


「この戦いは疑いの余地なく、。全てヒュビネットの思惑通りにな。なら俺達は依頼達成、このまま放浪に出るのも悪くねぇ。いや――」


「お前さんの古巣……まさか全てが残ってるとは思わねぇが、そいつをぶっ潰しにでも行くとするか。お前……。」


 事態が飲み込めぬ発狂娘と傭兵隊長は、命からがら尻尾を巻いて深淵へと消えて行く。



 されど戦場は、未だ数多の死闘を激しくばら撒いていた。

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