第276話 進み行く明日の行方



 多くの志士達を巻き込み、刻々と変化して行くヒュビネット戦役。

 その最初の引き金となった戦いが、多くの者の戦いをも越える時間続いていた。

 霊装の女神フリーディアが体躯の其処彼処へ傷を刻み、眼前で同じく傷を刻む鎧楼 炎魔がいろう えんまを睨め付ける。

 

 激しい攻防から一転した睨み合いが、すでに数分を数えるほどに膠着こうちゃくしていた。


「どうやら援護にと飛んだ有志達のお陰で、戦況が覆す事が叶ったみたいだね。ならばボク達も――」


『うむ、そろそろ頃合い。この太陽系の因果の行く末……そこへ光明のきざし、しかと見届けた。』


 この宙域でかち合う二体の機神……神代の力宿す巨人の戦いには、俗世で言う戦争としての意味合いから遥か遠い次元の真理が渦巻いていた。


 方や、神代の勢力に属し、生命の行く末を観る存在。

 方や、生命の代表とし、高位なる者の声を聞く事で歴史を調律する覚醒の霊長存在。


 彼らの戦いは、高次元の思想的な思惑が絡む物であったのだ。


「あなたが神格存在の代弁者であるなら、ボク達の戦いにも決着を望んでいるのだろう! ならばもはや問答の必要はない……フォーテュニア! フリーディアの霊魄超振動機関イスタール・エグゾレーターを全開へ! この不動明王の化身へ、我ら生命の可能性を叩き付ける!」


『イエス、マスター! フリーディア……私の声を聞き届けて! 霊魄超振動機関イスタール・エグゾレーター最大出力……いつでもいけます!』


『その覚悟や良し。我、仏門は強欲の悪鬼滅する者! 我はこの永劫の宇宙の果て……仏門浄土の守護者なり! 灼炎煉 不動しゃくえんれん ふどうが必滅の御手持ちて、人の子の因果を推し量りてそうろうっ!!』


 戦況急転を受けた調律騎士カツシが戦いの締めとなる覚悟を宿し、定めの令嬢姫フォーテュニアもそれを受け、霊装の女神フリーディアへ全開のムチを打つ。

 騎士の戦いは、眼前の高位なる存在に対し、その身を以って生命の可能性を指し示す以外の決着はない。


 それこそを待ち侘びた仏門の化身不動は、憤怒の表情へ僅かばかりの微笑を宿したかと思えば、業滅の錫杖ヴァジュラを大きく振り回しつつ、空いた片方の剛腕を撃ち出した。


「ムーラ・カナ皇王国はクラウンナイツ、カツシ・ミドーとフリーディア……輪舞ロンド!」


『参れ、人の子よ!!』


 霊装の女神フリーディア赤炎金剛巨人鎧楼 炎魔

 共に神代の技術の結晶たる力が、覚醒の楽園アル・カンデ宙域で爆光を撒きながら衝突する。


 戦いは、あらゆる宙域で巻き返されるどんでん返しの様相を呈し始めた。

 だが奇しくも、堕ちた聖者の待ち望んだ結末であった。


 蒼き霊機BSRと激しすぎる衝突を生む死を運ぶ狂気デスクロウズのコックピット内で、全ての宙域に於ける戦況を隈なく把握する漆黒の嘲笑ヒュビネットが、部隊内通信にて指令を飛ばす。

 それを受け取るは、死を運ぶ狂気デスクロウズへ付かず離れずで支援攻撃を成す狂気の狩人ラヴェニカである。


「反旗掲げた軍勢は全ての宙域で戦況を覆した。後はあのフランツィースカが、いにしえ何某なにがしを駆って暴れるのを如何にするか。それがこの戦いの、終幕を飾る事となる。いいかラヴェニカ――」


「お前は、フレスベルグの搭乗員全てを……いや?ユミークルを残して退艦に移行させろ。言いたい事は分かるな?」


『……っ!? 隊、長……隊長。私は……ラヴェニカは――』


 それは唐突ではなく分かっていた事。

 しかし狂気の狩人は、いざ指示を下された今を受け入れられずにいた。

 その狩人へ……部隊発足より全ての計画へと携わって来た少女へ、最後の指示が告げられる。


 彼らがまだ二人だけであった頃、宿


「これはお前に出す指示ではない……。分からないとでも思ったか? 宿……俺は言っているんだ。」


『隊長……ヒュビネット隊長! ラヴェニカはあなたを――』


 全てを見透かした漆黒は、彼女へ最後となる笑みを……それこそ――



 満身創痍の中、単身禁忌と呼び称された古の蒼オメガへと接敵した。



》》》》



 今も巨大な禁忌の艦同士が激突する宙域にて。


 禁忌の聖剣キャリバーンへ次々と、邪竜の閃撃ニーズヘッグを叩き付ける電脳姫ユミークルは焦燥していた。

 己が操艦するは眼前の禁忌と同等の存在……にも関わらず、いくら攻撃を放とうとも相手が折れぬと言う現実。


 かつて地球で一人、孤独に苛まれていた頃の様なドス黒い感情を抑えつつ、革命志士として接敵する女性がそこにいた。


「なぜだ、なぜ沈まない! お前達は寄せ集めの烏合の衆! 所詮人間なんて、群れていようと最後には裏切り、罵倒し、互いを傷つけ合うのがオチだろう!? なのに――」


 歯噛みする電脳姫は、かつて廃霊姫ロスト・ドールであったブリュンヒルデのいた動力制御室で、ただ悪態を撒き散らす。

 だが彼女とて理解していた――せざるを得なかった。


 彼女は救世の部隊と言われた者達の家族として、その強さの根幹を共有してしまっていたのだから。


 そんな落ちぬ敵艦へ苛立ちをあらわとする彼女の元へ、それを助長する通信が響き渡る事となり、自身も眉間に寄せたシワがいっそう歪むのを感じていた。


『ユミークル、隊長からの命令だ。現時点を以って、その艦に搭乗する全ての同志を退艦させて。反論の余地は――』


「これからって時に! お前如きが、私に命令など……っ!?」


 が、それもモニターへ映り込んだ同志の表情で一変する。

 白と黒の狂気を宿した薄ら笑いが常の狩人が、双眸へ溢れんばかりのしずくを湛えて、懇願する様な眼差しで通信を寄越して来たから。

 そして――


『隊長からは、お前……ユミークルを残して退艦との指示が来ている。私達皆への投降の旨も……私達皆へ……。』


「……そうか。お前……そんな感じはしてた。私だけは戦う事を許可してくれたんだな……我らの隊長殿は。分かった……だからそんな顔するな。?残る同志と。」


 全てを察した電脳姫は、もはや言い争う必要もないと言葉を緩めた。

 モニター先の少女が、何に対して涙しているのかを薄々感じ取っていたから。


 さらには、電脳姫を残しての退艦とは即ち、己が殿しんがりを務める大役を得たに等しかったのだから。


 もはや問答は不要とアイコンタクトを送り、狂気の狩人と電脳姫の通信が途絶。

 続けて、対艦戦闘中であるにも関わらず、電脳姫は艦内に残る全てのクルーへと通信を解き放った。


「総員に告ぐ。これより我が旗艦フレスベルグは、キャリバーンとの最終戦闘へと突入する。それまでに、貴君らは速やかに退艦準備の後、。これはヒュビネット隊長の意向である。繰り返す……これはヒュビネット隊長の意向である。」


 今生こんじょうの別れ……同志との決別の時。

 その覚悟乗せた通信は、艦内で電脳姫と共にあった者全てへ動揺を呼び――

 そんな皆を代表する様に、彼女の旗艦制御へ最後まで付き合った男性……実質残る同志の中でも最上官である整備チーフが言葉を残した。


『ユミークル嬢……それは誠に遺憾であり、残念であります。ですが、我らが与えられた大局的任務は。後世へと、。』


『短い間ですが、貴女と共に戦えて光栄でありました。ユミークル……いえ――宇津原うづはら シノ嬢、ご武運を。』


「……っ。今さらその名を蒸し返すな、バカが。けど……ありがとう。感謝してる、同じ目的を追ってくれた素晴らしき同志方よ。」


 贈られたのは同志としてのモノではない、彼女本来の名。

 捨てたはずの名が出た事で一瞬戸惑うも、今ならそれも悪くないと微笑を返す電脳姫がそこにいた。


 その時点では、誰も見てくれなかった過去を超越するほどに、彼女と共にあらんとする新たな家族がそこにいたのだから。


 程なく――

 受け入れ難い現実の中、決断を行き渡らせた同志がモニターの端々で敬礼を送り、双眸を閉じた電脳姫は最後の戦いへとおもむく。


 次々脱出艇が禁忌の怪鳥フレスベルグより発艦する中、遂には孤独の渦中へ舞い戻った電脳姫。

 されどその心持ちは、以前と全く異なっていた。


「……あの革命隊士へ志願した日から、それなりに時間も経ったな。そして結局独りへと帰結する……か。どうして、こうなったんだろうな。なあ、マーダープリンセス。」


『マスターユミークル、次の攻撃指示を。』


「はは……お前はそれだけ考えていればいいんだ、羨ましいよ。けど――」


 孤独に苛まれた女性は嘆息のまま独りごちる。

 その間もなお、邪竜の閃撃ニーズヘッグ禁忌の聖剣キャリバーンを穿つのは、発艦する脱出艇に被害が及ばない様にするためのもの。

 

 世界を憎み、漆黒の組織する革命志士へ名乗りを上げた彼女は奇しくも今、救世艦隊クロノセイバーと同じ行動を取っていた。


 家族の命を守り抜く、救世の志士達と同じ行動を。


「さあ、これが最後の戦いだ。私は自身の尻拭いをしなければならない。行くぞ、クロノセイバー! ユミークル・ファゾアットと、凶鳥フレスベルグがお前達を穿つっ!!」


 悲しき咆哮が宇宙そらへと響き渡り――



 電脳姫が、最後の道化ピエロを演じきるための翼を広げて舞い飛んだ。

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