第272話 仁義を翳して恩義に報いよ、救いの意思を宿す志士達



 圧倒的な数の漆黒革命師団ザガー・カルツの猛攻で、一時は絶体絶命かと思われた戦況は、CTO本部要する覚醒の楽園アル・カンデへとつぶさに伝達されていた。


 すでに、楽園ソシャール周辺へと湧いていた数千に及ぶ無人機群が、義勇軍として訪れた同志達により押し返される状況。


 その光景を目の当たりにした優男の総大将フキアヘズは、未だ戦火が止まずとも、その胸へ熱きものをこみ上げさせていた。


「よいか天城あまぎ、この映像を現在退避中である民達へと、あらゆる通信手段を用いて余す事なく配信せよ。これが……これこそが我ら宇宙人そらびとの民が求めて来た、人類のあるべき姿である――」


「ここに集いし者達は、いずれも数多の勢力に属し、敵対し……我らと血で血を洗う泥沼の闘争へ突入してもおかしくはなかった存在だ。」


 楽園司令室へ赴いた総大将は、戦況変化により民の一時退避でまかなえると判断し、眼前の光景を見守る方針へと転換していた。

 それを聞く本部指令も、同じ光景を双眸へ焼き付けながら聞き入る。


「それがどうだ……皆が敵対するはずの我らとの共闘を宣言し、民達の盾となり、人類に対する脅威へ一丸となって立ち向かっている。分かるか――」


「この信じ難く、しかしあるべき今を導いたのはあの救世艦隊……。この太陽系を駆け巡り、あらゆる場所で数え切れぬ民の命を、社会を、そして文化を救い続けて来た我らの家族……神代の力をたまわったクロノセイバーなのだ。」


「ええ、私も僥倖ぎょうこう以外に言葉が浮かびません。誰が彼らの行いで、この様な光景が招来されると想像できましょう。ですが我らの眼前で、それが事実として映り込んでおります。」


 司令室のデータ上で、絶望的であった勢力図が次々に、自軍と義勇軍の防衛線巻き返しで覆されて行く。

 楽園のトップが感慨深さにふける中――


 楽園へ最低限の防御を展開した舞姫が、大量の輝きをほとばしらせながら床へとへたり込んでいた。


「……はぁ、はぁ……。もう……楽園防御の出力は一定でよろしゅおすな。ふふっ……この状況を導いたんは、正しくカツシとクオンの力。ああ、違いますな――」


「二人に関わる、部隊の大切な家族達のおかげおす。ほんまに感謝しかあらへん。せやけどまだや……まだ漆黒は、宿。最後のひと押しがないと、あの大師団からの防衛はなりまへんえ?」


 大きく肩で息をしながら独りごちる守りの舞姫水奈加は、ほとんど使い切った体力を癒やすため、広大な楽園最深部の空間で一人、力なく座して事を見守っていた。


 木星圏は水の衛星エウロパ宙域に於いて、もはやあらゆる壁は取り払われた。

 性別の壁も、言葉の壁も、国境も種族も健常者か身障者か否かさえも問題にさえならない。

 そこにいる全ての者が、同じ生命として襲い来る驚異へ立ち向かう。


 蒼き地球の大地に於いて、本来全ての生命の本質を指すと言われたガイア理論を体現する光景が、今この宙域を包んでいるのだ。


 されど未だ戦況は拮抗へと押し戻した状況。

 ここからが――


 

 共闘を示した者達の、真価の見せ所となるのだ。



》》》》



 覚醒の楽園アル・カンデに最も近しい宙域にて。

 何より弱者が戦火に晒されるのを憂う勢力が舞う。


 旗艦へ叩き上げ議長ハーネスン勢力の機動兵装空母である信濃しなのを置き、二機の機動兵装を先頭とした部隊……新生アンタレス・ニードルが怒涛の防御戦を展開する。


「ヨン! あたしが狙撃した個体を中心に、片っ端からたたっ斬りな!」


『いいわね! 狙撃支援……任せるわよ、ユー! リューデちゃんはデイチェと周囲の敵を強襲! アル・カンデから奴らを追い払いましょう!』


『はい〜〜。ユーテリスとヨンで〜〜片っ端から叩いちゃって下さい〜〜。相手が命無き不逞なるともがらなら〜〜ニーズヘッグも、全力で奮発しちゃいますよ〜〜。』


『デイチェも了解。二人が先陣を切ると、頼もしい事この上ない。』


 口角を上げ、無人機など物の数ではないと立ち回る機影。

 一機は高機動航行による可変強襲突撃を可能とする、ユーテリスの駆るシュトゥルムヴィント・BCSベシースングのランチャー・ファウスト。

 もう一機は双刀をかざす、かの日本国が誇る戦国武将の如き出で立ちの鎧武者、虎徹 月光こてつ げっこうである。


 新生サソリ隊アンタレス・ニードルのツートップ復活により、かつての戦力を取り戻す彼らは現在、叩き上げ議長ハーネスン公認の国家支援勢力である。


「各隊、お嬢らの攻撃に続け! この戦線へ穴を開けられれば、他の正規軍突撃が容易になる! 楽園の守るべき民へ、これ以上の狼藉を許してはならんぞっ!!」


『『『アイ、サー!!』』』


 その後方で航宙母艦信濃に搭乗し、部隊の指揮を取るはヨン・サの叔父であるソウマ・鏑井かぶらい・アレグリア。

 リーダーを愛娘の如きアサシンシスターヨンへ譲り、バックアップとしてそこに立つ。


 頼もしき勢力の支援受け、その後方へ陣取り機を伺うは中央評議会が参集を募った連合防衛軍……その取りまとめへ名乗りを上げた銀髪の老齢スターチンである。


 旗艦に頂く機動兵装搭載型 強襲空母〈ゴッドハーケン〉を中心とした、数隻の防衛迎撃艦〈トマホーク〉と新世代軍用機体であるシグムントⅡシリーズを擁する、支援戦術艦隊S・U・Dが戦列をなしていた。


「アンタレスニードルが戦端を切り開く! 我らはその開けた敵戦線を強行突破し、後方に陣取る自立航行防衛艦隊へ肉薄するぞ! 敵兵力は、減らせど増える無限増殖の繰り返しだが――」


「あの忌まわしき古の巨大要塞へ一矢報いれば、そこで形勢逆転もなる! 各員、奮闘せよ!」


 部隊主力が無人機動兵装群と打ち合う中、銀髪の老齢は咆哮を上げる。

 漆黒より離反した彼らを、何の制限もなしに受け入れた救世艦隊クロノセイバーにより、ありったけの人情と労りを受けた恩義を今こそ返す時と息巻いていた。


 自分達を救い上げた英雄部隊が愛する民と、その故郷を何としても死守するために。


『ではこちらを我らに任せ、あなたはあなたの義を果たすため飛んで下さい! ルサルカ大佐からの許可も取り付けている所……さあ!』


「いいのか!? 俺は今だ、監視を受ける身分だぞ!?」


『それは我らも同じです! が、彼らに心と命を救われたのも同じ……そうではありませんか、メンフィス特務大尉!』


「……すまない、感謝する! もう俺は、この宇宙そらに住まう者達を罵倒する事などできないな! 君等は同じ人類……あの蒼き地球を故郷とする誇りある同胞だっ! 我が祖国である新米国の誇りにかけて、俺は君達を決して裏切らないと約束しよう!」


 支援戦術艦隊が突撃を見る一方で交わされる、かつて救世艦隊クロノセイバーと敵対関係にあったクジャレーとメンフィスとのやり取り。

 それは、誤った道を正さんとする地球上がりの男を、こころよく送り出すため宇宙そらに生きる男が進言したモノ。


 そこにはもはや、地球の人類と宇宙そらの人類とのいさかいなど微塵も感じさせない絆が宿っていた。


 覚醒の気鋭クジャレーが駆る、新型雷霆機シグムントⅡ サンダーレイジが重機関砲の弾幕をばら撒き、それをきっかけとし新米国の雄メンフィスが駆る同型機 サンダーアローが、長射程ロングライフルで別方向の戦線へ道を生む。

 新型雷霆機シグムントの生む陽電子の高集束砲火が穿つ先には、赤き霊機ライジングサンの支援へ向かった男の娘大尉アシュリーΑアルファフォースが――


 つまりは、彼の贖罪のきっかけとなった者の所へ、馳せ参じるための一撃である。


 口角を上げ首肯を交わしあう二人の救われた男達。

 さらに――


 支援戦術艦隊S・U・Dに続けとばかりに、火星圏の誇る雄らが紅蓮のストラフレームを先頭に突撃を敢行する。


「我らの母星を脅かす戦禍で、この木星圏の平和まで脅かした現実は誠に遺憾である! よって、王国再建を掲げしこのミネルヴァ・マーシャル・グランディッタは火星圏を代表し、諸悪の根源である火星文明の遺産を打ち倒す事を誓う!」


「宙域へと集いし武力を授かる火星民マーシャリアズよ! その胸に、かの救世艦隊への大恩抱くそなたらはすでに同志……目指す物は同じである! 弓引き敵対した者も、その視線を眼前の驚異へ引き絞れ! 我らは誇りある、新生マルス星王国の民である! 我に……続けーーーーーーっっ!!」


『『『『『おおーーーーーーっっ!!』』』』』


 まさに水を得た魚である火星圏の猛将、ミネルヴァ・マーシャル・グランディッタ将軍が、宇宙そらを震撼させる咆哮で同胞へと呼びかける。

 無論集う者達の中には、互いに血で血を洗う様に撃ち合った者もいた。

 だがそんな惨劇さえも幼子の遊戯に思わせる、火星圏最大の危機を救世艦隊クロノセイバーにより救済され今に至る。

 火星文明滅亡すら目前であった彼らは、その伝説的な英雄隊の活躍で、民のあらゆる生活が守り抜かれたのだ。


 故に……そこにいがみ合う者の姿など皆無。

 一丸となるべき理由と未来を、その目に焼き付けたのだから。


「いやはや、壮観だねぇ。大婆おおばば様にも、直にこの戦場を見せてあげたいものだ。もちろん戦禍など望むべきではないのだけどねぇ。」


『ふふ……あなたがそこで、宇宙人そらびとと地上人の絆を確かめたのならそれで充分です。あなたは、今も天王星圏で動く事叶わぬ私の目であり耳です――』


『なれば、あなた……皇王国調律騎士クラウンナイツ グラジオス・ロデル・ウーラニアス准将へ勅命を与えます。木星圏は愚か、太陽系の安寧さえも左右する戦い〈ヒュビネット戦役〉の行く末を、どうか最後まで見届けて下さいませ。』


「……大役だねぇ。イエス・マム……我、グラジオス・ロデル・ウーラニアスはこれより、ヒュビネット戦役の全てを届けるため戦禍へと飛びます。」


 無尽蔵に出現する無人機動兵装と大艦隊を前に、涼し気な顔でそれらを片っ端から撃ち散らして行くは、Ηエータフレーム ウーラニア・バサースト……皇王国調律騎士クラウンナイツにして准将 グラジオスの駆る型付き兵装である。


 その彼でさえ、おどけた表情に歓喜を滲ませる事態到来に、遥か天王星圏で居を構える皇王国最長老 ニカル・ニカと交わす通信の声を弾ませた。


 そんな彼へ返す皇王国最高位の嫋やかな大婆ニカル・ニカ

 あたかもそこに女神が降臨したかの笑みを湛えた彼女より、重大にして切なる願いが託される事となる。


 世界を司る神が、人のうつし世の安寧を願う様に。

 否――



 それは

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