第267話 ヒュビネット戦役
木星圏の戦火は留まる所を知らなかった。
――ヒュビネット戦役――
太陽系に於ける大戦でも、神話の時代に起きたとされるハルマゲドンやラグナロクにも匹敵する、同胞へ牙を向いた一握りの者とそれを守らんとする救世の志士達の激突。
歴史を震撼させた絶望がその日、木星圏を包み込んだのだ。
そこでピエロ役に選ばれたのは、当人の意識はすでに魂が負の浸蝕で塗り潰された地球上がり。
新しき世に、己の都合で戦乱を呼び起こした国家元首の息のかかった軍人、フランツィースカ・ボリスヴナだ。
そうして地上から
それこそを利用した者が、漆黒の嘲笑 エイワス・ヒュビネットと言う堕ちた聖者なのである。
だがあまりにも……あまりにも大きな数的不利は、さしもの古の禁忌と言われる
「指令、敵の自立護衛艦からの艦砲射撃多数……来ます!」
「ミストルフィールドを全方位展開!
『ですが
「分かっている! いかな禁忌の船と言えど、アレを食らって足を止められればただの的……ならば最初から的としてこの戦場をかき回すのみだ!」
『……了解しました! 機動兵装の相手は我らにお任せを! エリートと
「どーーーけぇぇーーーっっ!」
『ハッハーーーッ! ならば力ずくでどかして見せな、炎陽の勇者! それがお前の選んだ因果の試練だ!』
別宙域では、
「クリシャ!
『了解です、アシュリー大尉! セイバーグロウ……正念場だ! 全機、全力で任務を全うせよ!』
それでも戦況は揺るがない。
揺るぎようがなかった。
もはや凌ぎ切れる戦力は救いの志士達のみ……防衛軍の総戦力は瓦解寸前であったのだ。
「……ダメです! 我が軍の損耗率が70パーセントを突破……アル・カンデのダメージも深刻化しています!」
「だめなのか、我らでは。すでに総大将閣下が、このアル・カンデ宙域の民への星間避難を宣言している……。我らでは、故郷の一つさえも守れないのか!」
「アル・カンデを……破棄……――」
勝ち目のない戦い。
それは、楽園を守護し続けてきた
それでも――
それでも蒼き禁忌と赤き禁忌は、決して折れぬ心で立ち向かう。
英雄と称えられた故に。
勇者と称えられた故に。
決して絶望的な状況でも諦めぬ意思は、やがて一つの結果を齎す事となる。
死の淵に瀕した命が、どん底からの大逆転を演じる様に。
》》》》
いったいどれほどの敵勢力を屠っただろう。
けれど次々増え続ける敵兵装を前に、オレ達は焦燥していた。
『クオンさん、このままでは埒が明きません! こんな敵数を前にしたら、あの次々戦力を増産する超巨大要塞に到達する事さえも――』
「諦めるなジーナ! ここでオレ達が屈せば、民へどれほどの被害が出るか想像が付かない! 例えアル・カンデを捨てる事になっても、この宙域にいる全ての民を守る事がクロノセイバーの使命だっ!」
それは自身への鼓舞でもあった。
視界を占拠する敵の総数は、モニターで確認するまでもなく膨大で、もはや射撃のロックなどしなくとも乱れ撃つだけで敵を穿てる様な惨状だ。
同時に、どこへ飛ぼうと機体がロックされワーニング音が鳴り響く戦場は、恐らくこの
すでに確認できる味方の陣営は、クロノセイバーに属する者達がほとんどで、かつて木星圏守護の
これが悪夢と言わずしてなんと言うんだ。
宙域を埋め尽くす敵勢力。
次々屠られる味方陣営。
今残る仲間達の心も、折れる寸前だろうと思考に過ぎらせながら、
それでも徐々に迫る敵の包囲の中。
追い打ちをかける事態が訪れた。
高次元跳躍に伴う局所重力異変の
それが高次
『く、クオンさん……このエウロパ宙域へさらなる局所重力異変が!? これ以上どんな敵勢力がここへ……――』
同じく広域レーダースキャンで事態を察したジーナが、明るかった笑顔を絶望に染め声を上げた。
「……待て……これは!?」
さらなる敵の追撃があるとすれば、ザガー・カルツのフレスベルグ以外には考えられないだろう。
しかしあの艦が、すでにこの宙域のどこかで潜んでいる可能性も鑑みれば、局所重力異変の反応数からしても明らかに異なると容易に想像できた。
耐え凌いで来た心を
けれど直後響いた声で、事態の全てがひっくり返るのを確信したんだ。
『待たせたの、我が愛すべき民達よ! 連れて来たぞ……お主らがこれまで成し遂げて来た、命を繋ぐ行いへの因果応報をな!』
それは心の底から力を湧き上がらせる声。
魂さえも奮起させる、聞き慣れた特徴的な語りは、皇王国が誇る皇子殿下の不敵なる咆哮だった。
「皇子殿下っ!」
通信はこの宙域で戦い続けた者全てへ送られたのだろう。
モニターでジーナに
そう――オレ達が感じとったのは、皇子殿下の気配だけではない、その背後へと引き連れられた想像を絶する数の援軍達が齎す気配だったんだ。
『こちら、中央評議会からの出向部隊である
『お待たせしたわね、サイガ少佐! あたし達もこのアル・カンデを救うため馳せ参じたわ! 新生アンタレス・ニードル……ここに推参!』
「元ザガー・カルツの……それにユーテリス・フォリジン!? 君達は――」
目を疑った。
彼らは仮にも敵対し武器を交えた者。
それがこんな場所へ、次元跳躍を使ってまで訪れたのだ。
さらに驚愕はそれに留まらなかった。
『
『ああ、少し部隊を離れ申し訳ないねぇ。私も皇子殿下の命により、有志をかき集めていた所だよ。その代わりと言ってはなんだけど、火星圏を救った君達と言う英雄へ、恩返ししたいと声を上げるあらゆる勢力を参集させて来たからねぇ。』
「アーガス・ファーマー……君もここへ!? そしてグラジオス准将……そちらの方々全員が!?」
殿下勢力となったあのアーガスが、破門されていたと聞く故郷より、彼の師である拳聖含めたダイモスの誇る若集の駆る機体と共に馳せ参じていた。
次いでいつの間にかクロノセイバーから離れていた准将は、火星圏で募った有志を連合部隊として纏め、この宙域まで運んでくれていた。
その最後方。
光学映像でもはっきり分かる、紅蓮の機体 ストラ・フレーム ズォルツ・シュベルトを中心に展開するは、火星圏で敵対した宇宙軍。
が、率いるのがあの将軍閣下である事が重要な意味を持っていた。
『クロノセイバー、よくぞ耐え抜いた! 火星圏に住まう民代表として、このミネルヴァ・マーシャル・グランディッタ率いる宇宙軍……いや――』
『マルス星王国再建を誓う新生マルス宇宙騎士団が、火星を救いし大恩ある者達への助太刀に参った! 今度は、我らが貴君らを救う番ぞ!!』
「ミネルヴァ閣下……オレ達の故郷のために……!」
集いしは、クロノセイバーが全てを賭して救い続けた数多の命の光。
それが恩返しとばかりに、膨れ上がる敵増援にも匹敵する総数で、次元跳躍の元このエウロパ宙域へと飛んでいたんだ。
全てはここからと言わんばかりに。
用いられた次元跳躍技術は、ヒュビネットも手にした火星圏のロスト・エイジ・テクノロジーと推測するも、目にした光景は希望の兆し以外のなにものでもない。
モニター視界で見やる
後にヒュビネット戦役と呼ばれる宇宙大戦の中、オレ達は自ら積み重ねて来た行動の結果によって――
ついに反撃のチャンスを呼び込む事となった。
『ではここに集いし諸君、この
『『『『『おおーーーーーーーーーっっっ!!』』』』』
高らかに
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます