第266話 渦巻く戦火、手折られる想い



 木星圏は水の衛星エウロパ宙域へ救いの雄帰還――

 そんな、本来であれば祝福を以って迎えられるはずの今は、そこにはなかった。


 十字砲火は、覚醒の楽園アル・カンデに追従する避難により無人となった大小数多くのソシャールコロニー群を粉々に打ち砕き、ジリジリ後退する楽園防衛軍CTOの戦線は限界ラインへ達しようとしていた。


 いかな無人自立兵装であったとて、穿ったそばから量産されると言う状況は、守りの志士達の心を手折らせるには十分であった。


「軍本部より報告! 我らの防衛線はすでに限界ラインに近付きつつあり、瓦解も時間の問題かと!」


「帰還した両霊装機セロ・フレームはどうなっている?」


「はっ……! 戦線を維持できているのは、まさに現在BSRスピリットR、ライジングサンの名を賜る霊装機隊あってのものであり……しかしそれを活かせぬまま戦況悪化が進行していると……!」


「……分かった、下がり給え。」


 楽園防衛軍CTOの軍部施設で、事を見守るは優男の総大将フキアヘズ

 彼もただそこで、高みの見物を決め込んでいる訳ではなかった。

 最悪にして最終の手段……退――その決断を任されるのが彼の立場。


 それは即ち故郷を捨て去り、木星圏全体で一億に登る民を宇宙放浪へ送り出す決断である。


 周辺の近隣小ソシャールは、覚醒の楽園アル・カンデが持つ軍事・経済力が支えであり、さらには木星の衛星であるイオ、エウロパ、ガニメデの軌道共鳴からの被害を最小に保つため――

 楽園の巨大質量を重力安定のいしずえとしているのだ。


 楽園は見かけ質量と大きく異なる超巨大質量を有するが、そこへ禁忌の技術内包が関与する。

 楽園それと各ソシャール群は、惑星と衛星の重力関係を構築する事で、人類の一大生存拠点を形成していた。


 配下が歯噛みし退室する姿を、悔やむ様に見送る総大将。

 決断の時が訪れる瞬間を憂いながら深々とシートに座す。


 


「すでに我が防衛軍勢力の6割強が消失だと? あのクロノセイバーを以ってしても、この様な事態を回避するなど無理だ。敵勢力が無尽蔵に戦地で建造されるなど、もはや悪夢以外の何ものでもない。ならば――」


「ならば民の安全を最優先とし、このアル・カンデソシャールを破棄するもやむ無し……か。なんという事だ……避難とは、民に生活の全てを捨てさせると同義なのだぞ?」


 寄せた眉根で民へ決断を迫る現実に歯噛みする。

 民の約束された安息を守るべき立場の者が、民へ故郷を捨てろと言い放たねばならないのだ。


 万民の信頼を裏切る宣言を放つが己である事実こそが、彼の憂いの本質であると言えた。


 永遠とも思える時間、思考を巡らせ――

 致命的な事態を回避するため、総大将は遂に決断の通信回線を開いた。


「関係各所へ通達だ。これはすでに時間の問題となっているゆえ心して聞け。手遅れとなる前に、この宙域へ住まう全ての民を、別惑星ソシャール群へと移送する準備を整えておけ。これは厳命である――」


「この戦火がアル・カンデを業火で包む前に、我らの愛すべき民全てを国外退去させる。そう……。」


 民の嘆きが、あたかも耳へ届いている様な面持ちの総大将は、戦火がそこまで迫るからこそ苦渋の決断を下した。


 奇しくもその通信が響くか否かで、火星圏より禁忌の聖剣キャリバーンが到着を見る事となったのだが、度重なる増援で敵勢力一色となった水の衛星エウロパ宙域は、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。



 もはや救世艦隊クロノセイバーがどうこう足掻いた所で、くつがえす事も出来ない現実がそこへ溢れていた。



》》》》



 敵味方入り乱れる戦場へ、新たな高次元跳躍クロノ・サーフィング脱出の歪みが現れる。

 それは追って跳躍した禁忌の聖剣キャリバーンを中心とした救世艦隊クロノセイバー

 だが彼らも、想像を絶する故郷の惨状を目の当たりにし、言葉を失っていた。


 住み慣れた故郷であり、太陽系に於ける文化交流中心地とうたわれた宇宙そらの都が今、数え切れぬ敵勢力の十字砲火に晒されていたからだ。


「サーフィング成功を安堵する暇もない……これほどの状況とは! すぐにアル・カンデの防衛軍本部及び、先行したサイガ少佐ら霊装機セロ・フレーム隊とのコンタクトを! 状況把握が最優先……時間は限られているぞ!」


「りょ、了解です! こちらキャリバーン……CTO本部応答願います! 並びにサイガ少佐、現在の戦況報告を――」


 されど状況が最悪とは言え、すでに覚悟を決めて水の衛星エウロパ宙域へと舞い戻る救いの志士達は、なさねばならぬ任務を熟して行く。


 程なく状況を確認した禁忌の旗艦キャリバーンが、その姿をいにしえの禁忌足らしめる様相へ変貌させた。


「無人機動兵装に加えた、自立航行機動艦隊ならば遠慮はいらん! 我らはこのいにしえの破滅齎す武力を託された身……であるからこそ、その使い道を正しく見極め振るうのみだ! 機関最大、ΩオメガΑアルファフォース及びセイバーグロウ発艦後主力兵装展開――」


「デュアル・クインテシオンバスターで、アル・カンデへ向かう一団を一掃する! ターゲッティングシステムを自動制御へ……クィンティア・エネルギー充填開始!」


「クィンティア・エネルギー充填開始します! 両舷対艦兵装突出、砲身固定! 出力係数安定……いつでも行けます!」


 ブリッジに詰めるクルーの視線は、絶望は見えど諦めの心は宿していない。

 旗艦指令月読の号令が飛ぶや、ブリッジの花達に加えた、諜報部少佐ロイック少年な少女勇也も奮起した。


 全てを監視する役目を負う監督官令嬢リヴも、指令とアイコンタクトを交わすや、人類の行く末願い宙域の危機を睨め付けた。

 そして――


「よし……デュアル・クインテシオンバスター……ぇーーーーーっっ!!!」


 宙域の戦況を確認して程なく、禁忌の聖剣キャリバーン両舷へ迫り出した一対の対艦高収束砲塔の火が吹き、周辺のあらゆる微粒子との対消滅反応が宇宙そらまばゆく照らしながらはしり抜ける。

 あの超巨大小惑星コメット=エクサ破壊を生んだいにしえの破壊の力が、はしる宙域全ての無人機動兵装を巻き込み、爆轟で次元さえも切り裂いた。


 それが人類に向け放たれたならば、想像を絶する人的被害を齎すであろう力を、彼らは命を守るために振るったのだ。


 さらには、旗艦より躍り出た両支援部隊と武装救命艦隊セイバーグロウが、各々の目指す戦場目掛けて散る。


「いいか! 我らは旗艦に取り付く無人機動兵装を、片っ端から殲滅する! 指令よりの指示だ……無人機如き、我らの相手にもならんと言う事を教えてやれ!」


『『イエス、サー!!』』


「クリフ大尉も気合入ってるわね! なら私達はセイバーグロウに着いて、あの武術部員達と理事長さんを助ける道を作るわよ!」


『『OK、隊長! 行ってやるわ!』』


 ΩオメガΑアルファフォースの雄が各隊長の鼓舞で猛る気炎を纏う。

 それを耳にした、武装救命艦隊セイバーグロウ代表を賜る特務大尉クリシャが吠えた。


「これは新たに編成された艦隊含めた私達の、人災に対する初陣だ! この手にする武装は、人命を守るためにある! その事を忘れないように……私に続けっ!」


『『『『イエス、マム!!』』』』


『こちらは任された! ウォーロック特務大尉……思うようにやれ!』


『ヴェールヌイ、デカブリスト両艦も心得ております! 我ら露国の兵は、この生命を受入れてくれたあなた方の祖国防衛のため尽力します! 指示を!!』


 まさにその戦いは、武装救命艦隊セイバーグロウ全てが揃う今こそが初陣であり、特務大尉の駆る白き戦女神マーリスと救急救命機体を中心とし、猛将の駆るいかづち改を旗艦に頂くひびきあかつきが武装を備え続く。


 加えてさらなる二隻、いかづち改と同型艦にして、ヴェールヌイ、デカブリストの名を頂く艦を指揮するは、あの悪意の女官フランツィースカからの離脱を図った者達。

 地上人の誇りを胸に、


 画して木星圏を震撼させる大戦の場へ、救世艦隊クロノセイバーの志士らが揃う事となる。

 だが――


 未だに増え続ける敵勢力の中に、漆黒ヒュビネット率いる凶鳥フレスベルグは姿を見せていない。

 禁忌の聖剣キャリバーンが到着を見た現在も、盤上の駒を眺める様に全てを見渡していた。



 破滅の時を静かに待ち詫びる様に――

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