最終章 ―蒼と赤の太陽系伝説―

討つべき人の業を超えて

第264話 激突!女神駆る騎士と憤怒の化身!



 木星圏は水の衛星エウロパ宙域――

 そこに広がる地獄は刻一刻と覚醒の楽園アマツ・アル・カンデを蝕んでいた。


 宙域へ次々送り出される無人艦隊と無人機動兵装の大軍は、楽園防衛軍側CTOの守りなど無かった様に蹂躙し、まさに一方的な戦況が導かれていた。


 それを辛うじて防ぐは楽園へと張り巡らされた、天津神が誇る三貴神……アマテラスオオミカミを体現する禁忌の防衛システムと、唯一火星圏から最速で駆け付けた霊装の女神フリーディアを駆りし調律騎士カツシの奮闘であった。


『ウェアドール、機関最大! ロンド・オブ・ワルキューレを照射します!』


「ボクがこの不動の駆る鎧楼 炎魔がいろう えんまを相手取る! フォーテュニアは独立超広域攻撃を使い、水奈迦みなかのいる楽園中枢を守護するんだ!」


『イエス、マスター!』


 女神との闘争に合わせ顕現された、赤炎金剛巨人鎧楼 炎魔業滅の錫杖ヴァジュラは、振り翳せば光輪状の刃纏いて周辺宙域を分断する。

 人の世の業を、無慈悲なまでに刈り取る閃光が銀嶺の女神フリーディアを襲う。


 対する女神の武装は、機体よりも長大なオクスタンランス。

 それもただのランスではない、刻まれる装飾は神代の文言であり、それらが霊力的な力場で膨大な破壊力を生む神撃霊槍。


 突けば大地を貫き、薙げば地上の悪鬼をことごとく撃滅する戦いの女神に相応しき神槍なのだ。


『女神駆る騎士……人の中から選ばれし、過ぎたる力振るう者! だがお主、その人生を同族によって奪われたはず! それが何故、武器を取る! 答えよ!』


「そんな事に、理由が必要だと言うならお答えしよう! ボクはもう、大切な友人を苦しめたくはない……そして彼から託された愛しき者を、失う訳にはいかない! それこそが答えだ!!」


 業滅の錫杖ヴァジュラ悪滅の神槍ゴッディス・オクスタンが幾重の火花を散らす。

 それは神代の戦いか、宙域へ飛ぶ無人機動兵装など眼中に入らぬ激戦が繰り広げられた。


 憤怒宿す仏門の化身と、慈愛宿す銀嶺の化身が覚醒の楽園アマツ・アル・カンデ宙域に於ける真の戦端を開いた。

 そんな中、離れた宙域で破壊呼ぶ使者MWAを操る悪意の女官フランツィースカは、すでに深淵に大半の心を飲まれつつ愉悦の表情を浮かべていた。


「まだヒュビネットはこちらに来ていないか……。だが待ちきれずに火蓋を切るなど、ブツモンの化身とやらもただ戦いに酔い痴れたいのだろう。ならば私も、さらなる勢力をこの宙域へと呼び込むとしよう。ヒュビネットからは、火星圏で準備した勢力は余す事なく展開しろと言われていいるからな。キヒヒヒッ!」


 破壊呼ぶ使者MWA内で狂気じみた笑みの中、欲望の赴くままに策を弄する悪意の女官であったが、すでに双眸の光は失われ不気味な気配を漂わせる存在へと移ろい行く。


 元々の雪原の様な素肌からは血の気さえも抜け落ち、


 その狂気浮かべた女官はモニターを睨め付ける。

 漆黒ヒュビネットから指示のあった、火星圏方面からの無人機動艦隊を何処いずこへ配そうかと思考する姿は、ゲーム板を前にはしゃぐわらべにも似た制御不能の悪意に満ち溢れていた。


 と、その女官の視線の先に映り込んだ機影。

 それは破壊呼ぶ使者MWAがいる宙域からも確認できるエウロパ戦場宙域へ、誤って迷い込んで八方塞がりとなった民間シャトル。


 そう――

 辛くも戦火を逃れるそれは、


「キヒヒヒッ! 何の因果がこんな所へ迷い込んで、飛んで火にいるなんとやら……ならばそれを利用してやるとしよう。カオス・フレーム数機と護衛艦二隻をこの宙域へ――」


「民間人を――いや? 宇宙人うちゅうじん宇宙人うちゅうじんか。私の勝手だな。さてこの盾を前に、奴らがどう動くか見ものだな。キヒヒッ……キァーーーッハハハハ!!」


 かつて地球は露国より宇宙そらへと上がった女官は、もはやそこにはいなかった。

 ドス黒い瘴気が宇宙そらに舞う粒子さえも禍々しく歪め、双眸が、思考が……そして姿に至るまでが徐々に変容を遂げて行く。


 いにしえより人間社会の深淵として恐れられ、かの暁の大国日本国に伝わる神話の戦士〈ヤマトタケル〉により討伐されし、



 〈オロチ〉と呼称され畏怖されて来た、この世界で最も恐るべき、霊的な面に於ける宇宙災害コズミック・ハザードがその姿を現したのだった。



》》》》



 損耗率が異常な速度で上昇し、瞬く間に防衛戦が崩される楽園防衛軍CTO

 それを支えていたのは、ひとえ覚醒した楽園アマツ・アル・カンデへと展開される神代の護りのみであった。


 最速で護りに駆け付けた銀嶺の女神フリーディアは、赤熱金剛巨人鎧楼 炎魔を相手取るので手一杯となり、しかし次々と溢れる敵増援はとどまる所を知らなかった。


「戦線、さらに後退! アマツ・アル・カンデも敵の攻撃を防ぎきれず、被弾が増えている模様!」


「予備も全て機体を回せ! A・Fアームド・フレームが役不足な事はこの際後回しだ! なんとしてもソシャールを――」


「し、指令! 超々距離監視衛星により緊急事態を確認! これは……民間のシャトルが、敵の機動兵装に拉致されています! 確か本日の午後より、あの理事長が引率する学園団体が、軍の施設へ社会科見学に訪れる予定が!」


「……なんて事だ! 宙域への避難警報が錯綜し、そこまで伝わっていなかったのか! くそっ……このままでは民間人の犠牲が!」


 悪化する事態に拍車をかける最悪の報せ。

 敵勢力本陣へと到達するどころか、防衛戦がじりじり後退する状況下での、民間人拉致の報せはすでに詰んだも同然。

 楽園防衛軍CTOにとっての、無様な負け戦から始まる楽園崩壊が現実味を帯び始めていた。


 一方――

 シャトルごと拉致された学園生徒達は、恐怖を耐え凌ぐ様に機内へと寄り集まっていた。

 例え自分達に何があろうと、身障者の身である学園理事長咲弥を守って見せるとの気概の中。


 ただその時を……赤き炎陽の巨人が助けに訪れる瞬間を信じて。


 事態は混迷を極め、漆黒大師団が次々宙域を制圧する楽園の地。

 そこへようやく、風を呼び込む事の叶う者達が到来した。


 水の衛星エウロパ宙域70000の距離へサーフアウトしたのは救世艦隊クロノセイバー……実に漆黒革命隊ザガー・カルツから遅れる事、30分ほどのタイムラグて到着を見る事となる。


 奇跡的なまでの到達時間……いにしえに禁忌が齎す恩恵がなければ、全ての勝敗は決していたも同然であった。


「サーフアウト確認! 座標軸計測中……出ました! エウロパ宙域より70000の距離です! 高次元跳躍……成功しました!」


「うむ、了解した! すぐに宙域の戦況を……っ!?」


 ぶっつけ本番で高次元跳躍航行を成功させた禁忌の聖剣キャリバーンであったが、故郷へ帰り着いたはずの旗艦指令月読の双眸をありえない光景が襲った。

 モニターと言わず、光学映像を所狭しと占拠するは機動兵装群。

 加えて、数多の自立航行機動艦隊が十字砲火をばら撒き進軍する悪夢。


 向けられる砲火の先の……目を疑う故郷の様相までをも目の当たりにしていた。


「し……指令!? これは……これほどとは!」


「なんやねんこれ……今まで見た事もない数の敵が……!」


「翔子ちゃん、それだけじゃないわ! 見てあれ……あれが私達の故郷の姿なの!?」


 ブリッジの花達が驚愕のまま口にした事に、想像を絶する大師団が進軍する様と、その十字砲火に晒される故郷が巨大な光翼を幾重も羽撃かせて、力なき民を守ると言う事態。


 思考が追いつかぬのは彼女達だけではなく、旗艦指令も同樣であった。


「……水奈迦みなか様は、あのアル・カンデ・ソシャールの禁忌を開放したのか!? いや、これほどの事態であれば確かに――」


 絶望の訪れへ動揺隠せぬ禁忌の聖剣キャリバーンクルー達。

 しかし直後響く通信は、彼らへさらなる絶望を叩き付けて来た。


『――リバーン!? キャリバーン応答願う! こちらCTO指令、天城あまぎだっ! 月読つくよみ、聞こえているか!』


天城あまぎ、状況を説明しろ! アル・カンデは無事なんだな! 水奈迦みなか様はアマテラス・システムを起動した様だが!」


『我らの防衛線はいつ瓦解してもおかしくはない! それよりも、重要な情報があるから心して聞け! あの敵方にいる、ソシャール型文明殲滅兵装からの尖兵により民間人達が拉致された!』


「なん……だと!?」


 絶望と混迷は宙域を因果の荒波へと巻き込んで行く。


『この宙域でたまたま、軍施設への社会科見学に訪れていた民間シャトル……!』


「……っ! ばかなっっ!!」



 その時より、救世艦隊クロノセイバーの長い一日が始まったのだ。

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