第263話 アマテラス・システムを防衛せよ!



 エウロパ宙域、アル・カンデ・ソシャール。

 そこへと至る空虚なる深淵が今、地獄の門より躍り出た破壊の権化の使者で埋め尽くされる。


 さらに後方では、権化の尖兵たるカオス・フレームを続々排出する航宙母艦群の機影。

 それが数にして数百隻に上る状況は、絶望以外の何物でもなかった。


「防衛線、後退します! 我が部隊の戦術A・Fアームド・フレーム損耗率が、30パーセントを突破しました! これ以上は現在の戦線維持……できません!」


「くっ……! まだ10分と経ってはいないぞ! 有人機動兵装は、アル・カンデ防衛線の最奥へ展開! 敵が未知数だ……人的被害を最小限に止め、ソシャールのコアであるアマテラス・システム起動を支援しろ!」


「りょ、了解しました! 有人機動兵装隊は後方へ……アル・カンデ・ソシャール防衛を最優先として下さい!」


 加えて、その状況で航宙母艦前に突出する無人自立機動艦隊が、さらに事態を悪化させていた。


 移送手段としての艦船は数あれど、楽園防衛軍CTOには圧倒的に武装艦隊戦力が不足する。

 まさに――災害防衛に特化した木星圏防衛戦力と、大規模抗争戦闘に特化した戦力との違いがまざまざと見せ付けられる形であった。


 その中にあって、沈黙を続ける楽園最深部アマテラス・システム

 やがて、今も管理者巫女水奈迦が舞い続けるそこを中心に、ソシャールと言う超巨大建造物が沈黙を破る変化を見せる事となった。


 シャン……シャンと鳴る鈴の音を響かせて、すでに祝詞のりとうたい尽くした管理者巫女は、無言のまま舞いを続ける。

 ひたいへ滲む雫が弾け、周囲を埋め尽くす機械光がそこへ虹色の輝きを映し出す。


 その舞いが激しさを増すのに呼応した巨大なる楽園が、今まであった様相を変貌させた。

 膨大な宇宙線、太陽光を受けエネルギーを生成する複数のミラーリングが所々で分割され、数十万人が居住する区画を覆う様に幾重ものシェルター壁が展開された。

 さらに目を引いたのが、資源プラント……資源抽出の行われていた小型小惑星規模の岩石が、複数に分断され内部があらわとなって行く。


 すると中央に、巨大な集光装置と思しき物を無数に取り囲む檻の様な巨大施設が姿を現し、程なくそれさえも分割され集光部が剥き出しとなった。


天城あまぎ指令! たった今、アマテラス・システムの正常稼働を確認しました! しかしこれは……こんな物は――」


「落ち着くんだ、驚くのも無理はない! これこそがこの、アル・カンデに秘められた禁忌中の禁忌……ΩオメガΑアルファ――そしてキャリバーンと共にここへ秘匿されていた、皇王国最大にして最古の技術の全容だ!」


 楽園防衛軍のブリッジクルーが驚愕する事に、剥き出しとなった集光部が光を減退させるや、上半身だけそそり出る形の人型を取る構造物がモニターへ映し出されていたのだ。


 神々しき姿は、地球は西洋に代表する女神とは異なる、紛う事なきアジア圏は日本国の誇る神話上の女神の容姿を成す。


 固有名称が表す通り、日本神話が三貴神の一柱〈アマテラスオオミカミ〉を形取っていた。


天城あまぎ指令、天戸開きの儀はなりおした。せやけどここから、施設全体を完全起動させるためにも、ウチはここを離れる訳には行きまへんよってな。』


「みなまで言わずとも心得ております! どうか貴女は、この楽園管理者としての真のお務めを果たして下さい! それを守護する事こそが、我ら楽園防衛軍CTO の使命です!」


 ようやく解禁となる通信越しで語る管理者巫女は、ひたいと言わず至る所へ雫を輝かせていた。

 それはシステムを起動するために、一切休む事なく舞い続けた証であり、そこからの覚醒の楽園アル・カンデに於けるさらなる運用続行を意味していた。


 言うなればその身……、最大の畏敬の念を持ちて軍部指令天城が通信を返す。

 力なき民を守るは我らであると――



 例え無限に、無慈悲なまでの、圧倒的暴力を叩き付けられようと屈しはしない覚悟の元に。



》》》》



 戦局にして圧倒的な有利を誇る漆黒革命師団ザガー・カルツ

 しかしその戦いは、


 覚醒の楽園アマツ・アル・カンデより繰り出された無人の機動兵装など、木の葉を散らす様に進む大師団。

 根本的な武装云々を置き去りにする、絶望的なまでの数の有利がその窮地を導いていた。


 今も楽園中枢アマテラス・システムで舞い続ける管理者巫女水奈迦

 横目で、無数のモニター群へと映る避難中のソシャール民を見やり、歯噛みする。

 そのたびに、弾ける身体へ一層の力が込められていった。


「(ウチの胸に過ぎった胸騒ぎ……杞憂にすめば思うてました。けれどこんな……こんなにも民へ絶望を刻む業の荒波が押し寄せるやなんて……。けど――)」


 彼女の舞の激しさが増すにつれ、覚醒の楽園アマツ・アル・カンデを包む光帯こうたいがさらなる輝きを撒き、彼女が抱く慈愛を糧に形成された羽衣が楽園を包んでいった。


「やらせはしまへん……絶対に! ここはクオンとカツシ……そしてクロノセイバーが帰り着く場所! この大宇宙と言う海原へ、宿命の旅路に出た者の故郷を守るのがウチの役目おす! 三神守護宗家がヤサカニ家、八尺瓊 水奈迦やさかに みなか……推して参りますえっ!!」


 覚悟宿す巫女が咆哮を上げる。

 それに呼応する覚醒の楽園アマツ・アル・カンデが、広域に渡る光翼と思しき事象を出現させた。

 さらにはその光翼が幾重の護りの防壁となり、楽園へと降り注ぐ十字砲火を歪曲させる。


 これこそが、楽園を管理する八尺瓊 水奈迦やさかに みなかの真骨頂。

 神話の女神が纏う衣で、あまねく民草を守護する事が彼女の背負った使命であったのだ。


「くくっ……見事! 神代の力、正しき事に使えるその器……神々の力の一端を継ぐ者に相応しきかな!」


 無数に降り注ぐ十字砲火に混じり、楽園覚醒へ反応したのは漆黒よりの束縛を受けず、己の真理のままに動く仏門の化身不動

 極楽浄土に相対する無限地獄から躍り出たかの、不動明王の化身が赤き金剛の巨人鎧楼 炎魔と共に次元跳躍サーフィングにて舞い飛んでいた。


 普段からは想像も出来ない饒舌ぶりは、管理者巫女が真に神代の力を継ぎし一族である事への賛美がまぶされ、しかしそれを試すのが仏門の化身たる定めとの意思がそうさせていた。


「だが超えられるか!?仏門の裁きの鉄槌を! これより放つは、! 受けよ……極・炎拳、不動金剛煉獄撃ふどうこんごうれんごくげき!」


 その仏門の化身たる男の本体である、赤炎金剛巨人鎧楼 炎魔の腕部が灼熱の業火に包まれるや、恒星さえも貫く速度で撃ち放たれた。

 目標はあくまで、神代の力を顕現させた管理者巫女そのもの。

 即ち、


 周囲の十字砲火に敵味方の無人機さえも、構うことなく貫くそれが宇宙の深淵へ舞う、あらゆる微粒子を消滅させながら光となった。


 戦闘艦の艦砲射撃も置き去りにする破壊の一撃が、仏門の憤怒そのものとなりて楽園を脅かす。

 が――


 その近隣宙域を歪める一つの局所重力変異が、事態を変えて行く事となる。


水奈迦みなかをやらせはしないっ! ウェアドール・フレイア フリーディア……輪舞ロンドっ!!」


『イエス、マスター! フリーディア、機関出力最大で行きます!』


 局所重力変異は正しく、高次空間跳躍クロノ・サーフィングの証。

 この覚醒の楽園アル・カンデの危機へ真っ先に到着したのは、かつてΩオメガに選ばれ、漆黒の謀略によって命を落としかけた者。

 そしていつしか、救われたその身を皇王国調律騎士クラウンナイツの位まで高めた騎士――


 カツシ・ミドー将軍と、その従者であるフォーテュニア・ケルヴンティンであった。


「因果の導き、来ると察していた! ならばまず、お主の相手からだ……人の業を背負う騎士よっ!」


 赤熱金剛巨人鎧楼 炎魔の一撃が、女神の翳した神代の護りたる大型楕円形イージスシールドで、辛くも楽園から逸らされる。


 相打つ銀嶺の化身と仏門の化身。

 そう……この宙域に於ける真の戦いはであった。


 因果を背負う救世の志士達と、その因果に翻弄され地獄を垣間見た革命志士達の激突。

 太陽系を揺るがす真の大戦の始まりは、女神と金剛巨人の散らす霊光が開戦の合図。


 後の世へ悲劇として伝わる、〈ヒュビネット戦役〉と称されるそれが――



 木星圏は衛星エウロパ宙域にて、火蓋を切る事となった。

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