第262話 騎士の誇り、カツシ…立つ
木星圏から遠く、火星圏は
大半の宙域に於ける避難指示が解除され、皇子指導の元あらゆる組織が手を取り合い、火星圏人民が再び元の生活を取り戻すための支援が進んで行く。
一時は絶望的な状況であった人民も、
しかしそんな中――
『殿下……
「カツシよ……妙だとは思わんか? ここまであのヒュビネットめが静観に徹するなど、逆に嵐の前の静けさとしか感じられんわ。」
『やはり察しておられましたか。すでにワンビアから、因果の齎す啓示が告げられた所……楽観視は禁物とボクも思います。』
が、時が経つにつれ膨れ上がる不安が、やがて護衛姫へ明確な啓示として舞い降りる事となる。
「ワシらもすぐに動ける様に体勢は整えておけ、カツシよ。最悪お主がフリーディアで飛び、何かしらが起きた際の状況打開の鍵と――どうした?ワンビ……ワンビア!?」
あらゆる事態に対応しよう……破天荒皇子の揺るがぬ先見の明が、油断無き心構えを導くその傍らで――
血の気が引いた様に、双眸を見開く護衛姫がそこにいた。
「
「脳裏へ何が降りた! ゆっくりでよい……包み隠さず申してみよ!」
護衛姫の戦慄した表情で、起きてはならぬ非常事態を感じ取る破天荒皇子は、それでも冷静さを失わぬ様小さな護衛へ返答を促した。
だが……続いた言葉には、あの大局を見据える器持つ皇子でさえも、声を荒げずにはいられなかった。
「
「漆黒の従えし部隊が火星に残る
「な……なんじゃとっ!? おのれあ奴……アル・カンデを直接狙いおったのか!」
『……っ! フォーテュニア、近隣宙域に於ける重力変異をすぐに計測!急ぐんだ!』
『イエス、マスター! 近隣宙域を中心に、緊急高次空間センシングによるスキャニングを開始します! 結果は……っ!』
事は火急。
一刻の猶予もなき状況。
そんな中で弾き出された宙域観測結果は、彼らにとっての最悪のシナリオとも言えるものであった。
『……火星圏、小惑星帯内縁に位置する砦宙域方面へ、無数の局所重力異常が! マスター……これは間違いなく、火星圏文明の古代遺産――ロスト・エイジ・テクノロジーの系譜に連なる、高次空間跳躍航法の反応ですっ!』
『……っ!!? エイワス……ヒュビネットっっ!!』
彼はかつて、
体躯の大半を機械によって生かされようと、それでも
唯一無二の友である
『カツシ、征け! 問答は無用じゃ! これよりお主の霊装の女神に於ける、
『御意。これより、フリーディアに科せられる
『はい、皇子殿下! こちらでも制約、無制限開放を確認! 三者最上位権限により、システムオールグリーン! 行きましょう、マスターカツシ!』
「殿下、ここはお任せします! ではフォーテュニア……このウェアドール・フレイア フリーディアへ禁忌の力を! クロノ・サーフィング開始!」
『クロノ・サーフィング開始、確認しました! 高次元連続帯計測、跳躍距離算出……目標――木星圏衛星 エウロパへ設定!』
故に彼は、禁忌の力纏いて
盟友との約束を守るために――
そして、愛しながらも永く待たせてしまった女性を護り抜くために。
》》》》
それは彼にしか出来ぬ事を成すためである。
皇子と
『これは皇子殿下、
「すまぬ、それは後にさせて頂く! 緊急事態……すぐにこのダイモスソシャールの、クロノ・サーフィング通信施設を開放するのじゃ!」
『……っ!? 殿下、一体何が……いえ、分かりました。すぐにそちらの高速艇へ、リンクをお繋ぎします。それでよろしいですね?』
「うむ、今は判断を謝れば全てが水泡に帰すところ! 感謝するぞ!」
舞い戻る様に訪れた破天荒皇子へ、モニター先で首を傾げる民族長であったが、その鬼気迫る表情で由々しき事態発生を予見し速やかな行動へと移る。
僅かばかりの謝意を送るも、その時間さえ惜しい皇子は高速艇コンソールを睨め付け、程なく開かれた古の技術が生むタイムラグが最小となる全方位通信を――
禁忌の技術であるクロノ・サーフィング通信を、あらゆる有力組織の有する施設へと接続した。
「この通信を聞きし全ての者に告げる! たった今、起きてはならぬ事態を我らが察した! これはお主ら火星圏の民からすれば、遠い宙域の、異国の問題とも取れるであろう! 」
「だが心して聞いて欲しい! 今木星圏はソシャール アル・カンデへ、未曾有の事態が迫っておる! なればこそ、今火星圏が誇りし勇敢なる翼持つ者へ告げる――」
その報は瞬く間に火星圏へと響き渡り、遍く救世の志士達の心へと叩き付けられた。
そして――
「それは本当ですか、皇子殿下! まさか、奴が……!」
『ワンビアが察した所じゃ、間違いではない! ならばお主らには、何を於いてもやらねばならぬ事がある! ワシはこちらでやる事もある故、お主らはすぐに向かえ……母なる故郷アル・カンデへっ!』
あまりの急な凶報到来により、艦内は上へ下への大騒ぎとなっていた。
そう……この時点で、高次元跳躍航行の出来ぬ旗艦は詰んだも同然だったのだ。
「まてよおい! アル・カンデが危険ってどういう事だよ!?」
「……ちょっと待って……それじゃ私達は、何のためにここまで……!」
「今アル・カンデが危機って……それもう間に合わないじゃん……!」
安堵の思いがひっくり返された様に、その凶報は艦内へと瞬く間に広がった。
刹那の間に、漆黒が放った史上最悪の猛毒が、木星圏から遠く離れた火星圏で偉業を成した救世の志士達へと襲いかかったのだ。
やがて包まれる絶望は、計り知れぬものであった。
例え旗艦が出力の限りを尽くそうとも、火星圏から木星圏までの道のりは軽く数週間を要する。
数十万天文単位に及ぶ航続距離……如何に禁忌の技術がすぐれていようと、元々太陽系内での通常航行を前提とした機関運用予定しかなされていないのが、今のキャリバーンと言う船であった。
だが――
その重い空気を切り裂く声が、ブリッジを通じて艦内へと響き渡る。
敢えて通信を艦内全域へと繋いだのは、今起きている仲間の絶望さえも鑑みたものであった。
『では指令、オレ達が
「クオン……君は、キャリバーンのシステムの真相を……!?」
一切の絶望を宿さぬ声は、蒼き英雄クオン・サイガ。
彼の機体には、承認さえ通ればいつでも運用可能な恒星間を跨ぎ飛ぶ事の叶う、古に準えるシステムが搭載済みと豪語する。
加えて、超巨大小惑星突撃の際施した、
この事態へ、最初に対応出来るだけの備えが万全であった。
そして驚くべき事に、彼は口にしていた。
禁忌の聖剣にも同様のシステムが存在している旨を。
そこへ反応した
「はい、この旗艦に於ける最終制限の中には、恒星間航行を可能とする技術〈クロノ・サーフィング・ドライブ・システム〉が存在しています。本来極めて厳しい制限を科せられ、通常使用などは不可能なのですが――」
「今取るべき行動は、その様な不毛な問答をやり取りする事ではなく、早急にシステム制限無制限解除の元かの地へと向かう事なのです!」
指令の視線へ応える監督官嬢は、双眸へ観測者に準える光を宿す。
今やるべき事を違わぬ様にとの、切なる想いを込めて。
それに押された旗艦指令は決意の咆哮を飛ばした。
何の事はない……英雄が遥か彼方の故郷の危機へ、すぐに発つと宣言しているのだ。
それを止める理由など、どこにも存在してはいないのだから。
「いいだろう、先行は任せた! クオン・サイガ……そして霊装の機体を駆るセロの騎士達よ! 守るぞ!?我らクロノセイバーの全力を以って!」
『了解! これより
英雄が己の抱く信念の元に、閃光となって故郷へ飛ぶ。
救世の志士達の戦いは、最後の大勝負へと――
歴史を揺るがす大戦の予感が、人類の頭上へ静かに忍び寄っていた。
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