第261話 破壊の権化、マーズ・ウォー・アポカリプス



 その日木星圏エウロパ宙域が、戦場の只中に放り込まれた。

 それもかつての小規模部隊による局所的なゲリラ戦などではない、史上稀に見る数の大艦隊に機動兵装が襲来する、さながら世界大戦とも言える戦場である。


「戦線をエウロパ最外縁軌道へ展開! どれほどの数であろうと、我らCTOがひるめばアル・カンデの未来は消滅する! なんとしてでも防衛戦を維持せよ!」


「了解! 各部隊の艦隊は、戦術A・Fアームド・フレーム部隊を展開し防衛戦を!」


 恐るべき数の敵を前に、決して臆する事なく指示を飛ばす軍部指令飃豪

 彼は遠く火星圏へ救世の志士と共に、国際救助の旗を掲げて進軍する友と……月読 慶陽つくよみ けいようとの契りを交わしている。

 友が遠き場所で命を救う役目担うならば、己はその帰るべき場所である楽園を必ず死守するとの契りである。


月読つくよみの帰る場所を、私は守る約束を交わした! ならば死してでもこの楽園を、傷つけさせる訳にはいかんっ!」


 友の誇りを守るために、彼もまた誇りを翳して奮起する。

 だが――


 そんな男達の絆さえも嘲笑う脅威が、遂にエウロパ宙域へと姿を現す事となる。


「指令、新たな次元跳躍反応を確認! ですがこれは……この質量は!?」


「落ち着くんだ! 詳細を報告せよ!」


「……はい! たった今観測された質量は、今まで感知した物でも最大と! それに……しかも、!」


「なん……だと!? そんなバカな……!!」


 恐るべき脅威は戦慄と言う衣をまといて現れた。

 その規模たるや、宇宙人の楽園アル・カンデにも匹敵する巨影に、所狭しと並べ立てられた対空殲滅迎撃兵装群と――

 さらには破壊の使者。


 遂にエウロパ宙域へと、破滅呼ぶ使者 マーズ・ウォー・アポカリプスMWAが到着を見た瞬間であった。


『お初にお目にかかる、この宇宙でぜいに溺れる宇宙人うちゅうじん共! 私は……いや?もはや地球の露国などどうでもいいな。! さあ、心してかかってくるがいい! キアーーッッハハハッ!!』


「破壊の女神……だと!? ふざけるのも大概にしろ! 貴様は一体何者だっ! あのヒュビネットと手を組むなど、正気の沙汰では――」


「局所重力異常、なおも増加中! 依然、敵部隊の次元跳躍反応が増え続けています!」


「くっ……! この様な無法者との問答など後回しだ! 戦線維持を継続……あの女官の言葉に惑わされるな!」


 破壊の使者MWA到来と同時に、モニターを占拠するは悪意の女官フランツィースカ

 しかしその双眸は、すでに人としての理性が完全に溶け落ちた様な漆黒に塗れ、さらに怪しく輝く眼光は深淵の闇を思わせる。


 まるで地球は三神守護宗家が相手取る、


 増加する脅威と、耐える楽園防衛軍CTO

 されどその数から来る勢いは、瞬く間に両者へ優劣の差を刻んで行く。


 そして……阿鼻叫喚の地獄絵図となったエウロパ宙域で、奇しくも因果の歯車が最悪の展開を引き寄せてしまっていた。


 漆黒が準備した大師団が襲来した時期は、木星圏宙域でも最も危惧すべき、三衛星の軌道共鳴で言う

 それは敵方からすれば絶好の強襲タイミングであり、普通の生活を成す民からしても同じ事が言えるのだ。


 狂える戦火と民の日常が交錯するタイミング――

 悪意の女官が展開する非道極まる謀略の魔の手に、導いてしまっていたのだ。


「ほほぅ……あの漆黒から提示された襲撃タイミングは、よほど幸運だったと見える! こんな所に、ちょうどいい民間の送迎シャトルが飛んでいるではないか!」


 女官が獲物を見つけたと怪しくほくそ笑む。

 その標的となったのは――



 悲しくも同日、暁 咲弥あかつき さくやが引率を務める武術部員搭乗の自立航行シャトルだったのだ。



》》》》



 暗転する安寧の世界。

 今まで災害防衛をなしながらも、その世界は平和を享受し、多くの異文化間交流の中――

 

 肌の色も、人種も、国境も……そして性別に身障の壁さえも越え、楽園の如き平和を構築していた。


 しかしその日突如として訪れた脅威は、先にあの漆黒が齎した局所的な争いの火種を起爆剤とし。絶望的なまでの戦火をそこへと運んで来た。


 さらにはその戦火の矛先が真っ先に目標としたのが、


「な……なんだよこれ!? もしかして、戦争!? うあっ……!」


「良ちゃん先輩、大丈……きゃぁ!?」


 悪意の女官フランツィースカが獲物としたそれは、瞬く間に大量簡易量産型 自立機動兵装〈カオス・フレーム〉の一団に囲まれる事となる。

 そこにはその日不運にも、社会科見学で宙域でも戦火の只中となった軍部施設へ向かう最中の、紅円寺学園一団が搭乗していたのだ。


「……っ、どうなってんだ――先生!? 理事長先生、大丈夫ですか!?」


「〔……っ、大丈夫……ですよ。心配しないで。〕」


「って、先生血が出てんじゃん! 大丈夫な訳ないよ!」


「ああ、えと……こういう場合はどうするんだっけ!?」


 突如として襲う危機。

 だが、当の武術部お騒がせ少年少女達は、先にソシャール民の史上稀に見る危機を経験した所。

 奇しくもその経験が生きる事となり、無人機襲撃の衝撃で車椅子ごと弾かれ傷を負った暁の理事長咲弥への、一時手当てを成すことが叶った。


 しかしそんな子供達の武勇をあざ笑う通信が、シャトルへ強制通信として叩き付けられる。


『ようこそ、クソの様な愉悦で身を焦がす宇宙人うちゅうじん共。お前達はいいなぁ……過ぎたるぜいの限りを味わう事ができて。今も地球は、鬱陶しい病魔が世界を苦しめる時代――』


『ならばお前達も同じ苦しみを味わって行け。なに……すぐに命を奪ったりはしないさ。十分にその身で恐怖と絶望に浸れるよう配慮してやるさ。クククッ!』


 一方的に言葉を放つ通信が、遅れて子供達へと恐怖を刻む。

 今までの様な傍観者の立ち位置ではない、戦火の渦中へと放り込まれた現実から来る恐怖を。


 だが――

 刻まれた恐怖はあれど、彼らは僅かの静寂の後首肯しあう。

 未だ傷を負う暁の理事長を庇いながら。


「ふざけんな、あの軍人……俺達のどこが贅沢で怠けてるんだ。あいつはこの木星圏に降り注ぐ、日常的な宇宙災害を知らないのか?」


「そうだぜ? おれら皆、いつ起こるとも知れない災害に備えるため、こんな学生の時代から災害防衛についての教育を受けてるんだ。怠けるとかありえないだろ!」


 男良太りょうたが奮い立ち、ムードメーカーのケンヤが啖呵を切る。


「災害に怯えてた人達が、どれだけ不安で恐ろしい時間を過ごしたか……私なら分かるよ? だってイクス・トリムが危険だった時、その人達にずっと寄り添ってたんだから。」


 やる気が満ち溢れる志奈しなが、見違える様な心情を明かす。

 そして――


「負けられないよ、皆。私達はあの、いつき先輩の友達なんだから。アル・カンデが世界に誇る、赤いスーパーロボットに乗った勇者が、私達をきっと導いてくれる!」


 最後に声を上げた少女……かの祭典の地イクス・トリム救済でかなめとなったゆずは、すでに弱虫泣き虫などと言う面影など吹き飛んでいた。


 悪意の女官の蔑みなど最初から通じない勢いの彼ら。

 そんな心意気は、暁の理事長にさえも伝搬されて行く。


「〔皆さん、この状況は極めて危険な事態と察しています。ですが、信じて待ちましょう……。我が最愛の息子 いつきと、力なき者のために宇宙そらを駆ける救世部隊、クロノセイバーの到着を。〕」


 理事長の言葉で強く視線を交わし合う子供達は、すでに社会へと足を踏み入れた大人の面持ちを覗かせていた。


 程なく、漆黒の準備した大師団が民間シャトルを拉致したとの情報が、防衛軍司令室へと鳴り響き、事態は混迷を極める事となる。


 救世艦隊クロノセイバーの手は遠く火星圏。



 未だ木星圏は、蔓延る絶望だけが勢い増してうねりを上げていた。

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