第260話 開かれる地獄の扉



 宇宙人の楽園アル・カンデでは今後に向けた軍備増強が行われ、現存する防衛軍兵装が次第に楽園宙域を頻繁に行き交う様になる。


 だが軍備増強と言う形を取るも、あの救世艦隊クロノセイバー最強の型付きに位置する禁忌の機体や、そこへ並ばんとする支援部隊機の様なとんだ兵器群は皆無と言えた。


 それは元来宇宙人の楽園アル・カンデが、他国家との争いに主眼を於いた機動兵装建造を禁じて来た結果であり、奇しくも後手が続く軍備増強ではそれが関の山であった。


 そして……それを補う形での、


『しかし水奈迦みなか様……軍備増強に着手している現状で、あまの岩戸開放に踏み切るはいささか時期尚早ではと。』


「あなた方の防衛力や、そのために発揮される統率を疑うつもりはあらしまへん。けれどあのフレスベルグを初めとした禁忌が、当たり前の様に太陽系を跋扈ばっこする今……念には念を入れた準備に越した事はありまへんよって。」


『分かりました。しかし、あなた様の御身体になにかあれば、このソシャールも立ち行かなくなりますゆえ。そこは努々ゆめゆめお忘れなき様、お務めを果たして下さい。』


 楽園最深部となる開かずの扉〈あまの岩戸〉――

 巨大なホールとも神殿とも取れる祭事壇上で、天女と見紛う女性が僅かな照明の中、通信にてやり取りを行う。

 

 楽園の管理者である八尺瓊 水奈迦やさかに みなかは、ソシャール管理と同時にその禁忌を発動させるための鍵にして巫女である。

 その開放が叶うのは、地球地上は日本国の血統……さかのぼればかの太陽の帝国ラ・ムーの末裔である条件と、国家が信仰する八百万やおよろずの神々の力の一端を宿している事が必須とされる。


 即ち、日本国の誇る三神守護宗家と繋がりを持ち、宇宙そら側の守護宗家としての定めを負う彼女こそが唯一無二の鍵であった。


 開かずの扉天の岩戸開放を担う神、アメノウズメの力を代々受け継ぐ彼女は、これより扉開放のための祭事に取り掛かるためにそこにいるのだ。


 案ずるはC・T・Oの現指令官である天城 飃豪あまぎ ひょうごう

 決意の楽園管理者へ、せめてもの心配りを贈り通信を切断する。


 最低でも岩戸開放がならなければ、

 あるが故の労りであった。


 例えそこで異変が起きたとて、その開放の儀は止める事ができないのだ。


 全てが遮断された神殿祭事場は、あたか宇宙そらの深淵を現すかの様に不気味な静寂に包まれる。

 そこへ――


 凛とした鈴の音と、僅かに布が擦れる様な音が小さく響き渡った。


「人の地照らすかむ隠れしおん扉〜〜、うつし世へ百鬼無象現れたりや〜〜、その御力賜りたく願う民草の声背負いして〜〜――」


 シャンッ……と、時折響く音に混じり紡がれる祝詞のりとは天女の舞いと合わさり、神秘的な光景を生み出した。

 さらに舞が激しさを増すと、管理者巫女水奈迦の衣が光帯こうたいを幾重にも煌めかせ、それと同調する様に神殿全体が淡き光に包まれて行く。


 そんな神秘を体現する儀式が行われる最中――

 軍により進められる軍備増強の合間へ差し込まれる、別案件が発生していた。


「〔はい、お手数をおかけしました。では私達、紅円寺こうえんじ学園武術部一行の社会科見学の旨……よろしくお伝え下さい。〕」


 宇宙人の楽園アル・カンデから少し距離を置く、軍部管轄の職業訓練施設を有する小ソシャールへ、学園理事長を始めとした一行が到着を見ていた。


「うおっ!? あれ、最新鋭のA・Fアームド・フレームじゃん! どっかへ吹っ飛んでるぜ!?」


「すごいっ……ちゃんとした軍部の職業訓練施設って、こんなになってたんだ。」


 シャトルから降り立つや、訓練ソシャール内ではしゃぎ回るお騒がせ武術部員達。

 引率は当然暁の理事長 咲弥さくやであった。


 巡り巡る因果は絡み合い、苛烈なるうねりを伴い木星圏を包んで行く。

 未来のためにと奮起する者達と、未来を夢見る子供達が一同に介するこの宙域へ――



 、誰も想像だにしていなかったのだ。



》》》》



「状況を説明しろ! 何があった!」


 楽園防衛軍施設のオペレーション・ルームの扉を開け放つ軍部指令飃豪の一声は、これより訪れる宇宙人そらびと社会史上最悪の事態を予感させた。

 彼の視界に飛び込むモニター群――そのいずれにも映り込む機影は、突如としてその宙域100000の距離へと姿を現していた。


「それが……超広域スキャン実施時間に、この様な映像が! しかしこんなのはありえません! それらが現れた宙域は、! それが突如、この様な機影群が姿を現したと……!」


「……そんなバカな事があるか! 何も無い宙域に、突如謎の機影が大量に出現するなど……待て――」


 血相を変え嫌な汗に濡れるデータ観測員へ、投げる怒号も何かに感付いた様に、タッチキーを叩く軍部指令。

 それにより計測された数値で、指令は愕然とする事となった。


「これ……は、高次空間を介した次元跳躍……!? 周辺宙域に無数の局所的高重力変異……まさかこれは、禁忌の超技術、高次空間跳躍クロノ・サーフィング航行っ!」


 双眸を見開く軍部指令の言葉で、オペレーターみなが戦慄した。

 その禁忌の技術は、古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーでも最も重き制約を科せられた神代の御力。

 通常宇宙人そらびと社会でも安易にそれを乱用出来ぬ様、観測者からの使者である星霊姫ドール管理の元、厳重に封印のなされる物である。


 だが眼前へまき起こる事態は、そんな技術体系の秩序ある運用と言う概念を吹き飛ばす、歴史上最悪と言っても過言ではない出来事であった。


 オペレーション・ルームへ映し出されるは大艦隊に加えた機動兵装の大軍。

 それが次々次元跳躍を経て、水の衛星エウロパ宙域へ忍び寄る。


 同時にそれらがすでに、機関を含めた火砲へ火を入れ攻撃体勢に移行しており、問答無用の砲撃が始まるのは時間の問題となっていた。


「こちらも高次元跳躍クロノ・サーフィング通信を! 奴らがどこの勢力か確認を――」


 怒号はそのまま、軍部指令が指示を飛ばすか否か。

 そこへ申し合わせたかの様に響くは、部隊の誰もが忘れる事のできない……しかし想像だにしない通信であった。


『かつては世話になったな、楽園防衛軍の諸君。しかし今回は以前の様にはいかんぞ? こちらも火星に眠る、劣化版ではあるがロスト・エイジ・テクノロジーの産物を持参した所だ。ああ……――』


『しかし生憎あいにくと、次元跳躍も劣化コピーゆえ一度に送り込めるのはこの程度。せいぜい奮闘する事だ。』


「……まさ、か!? ヒュビネット……エイワス・ヒュビネットか!! この様な事をして、一体何の得がある! 答えろっ!!」


 映像は高次元跳躍クロノ・サーフィング通信によるもの。

 そして映し出されたのは、かの救世部隊クロノセイバーお披露目会へ水を差し、楽園へ少なからず被害を齎した男。

 この時代、宇宙人そらびと社会を震撼させる漆黒の嘲笑、エイワス・ヒュビネットである。


 されど彼の声は通信越しで届くも、肝心の旗艦となる禁忌の怪鳥フレスベルグの見えぬ状況。

 軍部指令も訪れへ不審を抱きつつ、速やかなる防衛行動の指示を飛ばした。


 ともすればこの危機は、


「……返答はなしか! ならばこちらも動かざるを得まい! 関係セクションへ通達……これよりC・T・O楽園防衛軍本部は、敵をエイワス・ヒュビネット率いる部隊、サガー・カルツと認識して対処に当たる!」


「出せる防衛部隊のありったけを出撃させろ! アル・カンデ全宙域へも戦時非常事態宣言を! なんとしても、我らの楽園を守り抜けっ!!」


「りょ、了解です! 関係セクションへ通達、開始します!!」


 楽園防衛軍の真価が問われる驚愕。

 遂に牙を剥いた漆黒の策謀。

 しかしその牙は、未だ全貌を見せた訳ではなかった。


 これより控えるは、宇宙人の楽園アル・カンデに住まう誰もへと絶望を叩きつける地獄。

 数万に及ぶ大師団が控えたその状況下――



 未だ救世艦隊クロノセイバーは、火星圏での災害防衛事後処理に追われている最中であったのだ。

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