第259話 死を振り下ろす者、命宿さぬ大師団を携えて



 太陽系全土に激震が走る。

 それはかの太陽の帝国に準える、ムーラ・カナ皇王国本国にまでも届いていた。


 そこは天王星衛星軌道上大連結ソシャール群、〈タカマガハラ〉と称される一大国家施設。

 中央にそびえる神々しくも和を思わせる、引き算の美が厳かな一室で憂う老婆がいた。


「委細承知しました。そうですか……火星圏が超巨大小惑星災害下に。しかしかの救世の部隊、クロノセイバーがそれを見事防衛して見せたと。」


『そうですねぇ。大婆おおばば様にもお見せしたかった所だよ。なにせ現場にいた自分も、現実を疑ったからねぇ。しかしそれは即ち――』


「その通りですよ?グラジオス。その事実は言わば、再びこの太陽系へ禁忌の兵装が溢れる凶兆。だからこそ我ら……ムーラ・カナ皇王国も本腰を入れて動かねばならぬ時期が来たと言う訳です。」


『千年の沈黙が破られる、ねぇ……。遂に元老院も動くと……何とも嘆かわしい時代に居合わせたものですよ。時に――』


 憂う老婆は身の丈こそ小さな子どもの様な体躯であるが、質素ながらも身に纏う衣には高貴さが滲み出る。

 彼女自身も口にした、皇王国は政治中枢本局とも言える、元老院を纏めし存在――


 ニカルニカ・アマツ・アマテラス最長老その人である。


 通信先で親しくも憂う今を嘆くは調律騎士の一欠である、グラジオス・ローグ・ウーラニア准将……それこそ大婆おおばばと呼称する最長老の女性と近親者の如きやり取りに終止していた。


 その会話で戯けた准将グラジオスが本題へと切り込み、それこそを聞き逃すまいと、小さな最長老ニカルニカが聞く体勢へと移って行く。


『あの漆黒の嘲笑と称されるエイワス・ヒュビネット……恐らく彼が動くと見ているねぇ。しかも次にこそ、?と踏んでいる次第さ。』


「……そうですか。その事実……紅真こうま皇子殿下とは共有しているのですか?」


『皇子はいずれ気付く事でしょう。なにせ天王星社会始まって以来の破天荒ぶりで、あの不穏の元老院神官にさえも楯突いた事件で――大婆おおばば様も出し抜かんとする、目にものを見せた武勇は記憶に新しい所。』


『自分もこれまで、あれほど国家の代表を賜るに相応しい器を、存じた覚えがありませんからねぇ。』


 漆黒の動きと、それに感付くも時間の問題である破天荒皇子紅真の話題。

 が、皇子の話題に関しては、まるで我が子を見守る親御の様な語りで口角を上げる二人。

 遠く火星圏と天王星圏と言う、想像を絶する距離を繋ぐ禁忌の高次元量子クロノサーフィング通信は、太陽系の未来さえも見据えた協議最中であった。


 一通りのやり取りを終えた、戯けた准将の敬礼と共に切断された通信。

 そこから、深き深淵を映す偽りの空を見やった小さな最長老が、独りごちるとハタハタと歩を進めて行く。


「エイワス・ヒュビネット……十年前の事件で宇宙そらから地球へ、そしてまた宇宙そらへと戻った悲しき因果に翻弄されし若人わこうど――」


「この因果はあまりにも……あまりにも酷と言うものでしょう。。」


 憂いに暮れる小さな最長老が、漏らすはあの漆黒の嘲笑ヒュビネットの名。

 女傑ラヴェニカ・セイラーンの死を痛く悲しむ彼女は、その最後の愛弟子として地球で保護された、まだ聖者であった頃の漆黒を戯けた准将に護衛させた。


 ムーラ・カナ皇王国の栄華と安寧は、火星圏の民も含めたものである。

 その立役者とされた、女傑の最後を悔やむ想いを乗せて、小さな体躯で痛く、いと痛く悲しんでいた。


 が――



 高位なる者の思惑は無残にも、堕ちた聖者が行使する革命大戦によって霞と消えて行く事となる。



》》》》



 そこは小惑星アステロイド帯宙域でも、中央評議会は愚か火星圏政府の目さえも掻い潜った地帯。

 数多の小惑星に混じり見える、無数の機影が宙域一帯を埋め尽くしていた。


『そちらの要望通り、航宙母艦を初めとしたフレーム搭載艦に護衛巡航艦……そこへ搭載する各種機動兵装をR・Pリアル・プログレッシブタイプからS・Pスーパー・プログレッシブタイプまで選りすぐった。決戦兵器であるスター・ディバイターは、艦載し運用する方向だ。これで文句はあるまい?』


「ああ、上出来だ。あとはこの大師団を順次、エウロパ宙域へ向けクロノ・サーフィングさせて行く。手順はこちらで組んでいるから、それに従え。どの道、これだけの大部隊を一度に次元跳躍させられるほど、火星圏文明は高尚ではない。口惜しい事にな。」


 その先頭へ陣取るは禁忌の怪鳥 フレスベルグ。

 だが、後方へ準備された機影数は常軌を逸する物である。


 悪意の女官フランツィースカを指揮官としたソシャール型殲滅兵装マーズ・ウォー・アポカリプスを中心に、数にして数万の艦隊及び機動兵装が待機する異様な光景。

 あたかも、太陽系の終焉を齎す地獄のフタが開いたかの戦慄を覚える光景である。


『よう、漆黒さんよ! 俺達はすぐには出られんないんだな! 今もウチの、跳ねっ返りを抑えるので精一杯なんだが!?』


『キーヒヒヒッッ! は・や・く! は・や・く! あたしを戦わせろーーーっ!!』


『少し黙れ、スーリー・スウォルキー。じき戦場だ、すぐに暴れさせてくれる。』


『エイワス・ヒュビネット……私は是非ともあの赤い型付きを――いや。相手させて貰う。』


 そこへ飛ぶは漆黒革命隊ザガー・カルツ切っての戦力である傭兵隊の通信。

 さらに彼らの搭乗する機体も、それぞれが最終決戦に向けた戦術兵装を纏って気炎を撒いていた。


 隊長ニード・ヴェックは、指揮官機である砲戦騎クリューガー・Sを高速機動形態寄りのシステムへ移行させ、さらに広域殲滅砲撃武装を加えた重装砲撃戦仕様。

 跳ねっ返りが板につく発狂娘 スーリー・スウォルキーは、機体へ八本備えた近接用のソードビット・エッジと、中射程多連装ヴァリアブル・カノン二丁へありったけの弾倉を巻く強襲突撃仕様。


 加えて、復讐の念が邪魔者へと逸れ始めたユウハ・サキミヤは、円形超振動ブレードを追加した復讐の女神 カーリー決戦仕様に。

 そこへどういう訳か、彼女を支援する様な心変わりを経た兵器狂いのカスゥール・エイヴィーが、カーリー追加兵装側コックピットへの搭乗の元、長射程連装カノンとビームビット・エッジのサブコントロールを買って出ていた。


『ハッハー! 悪いが、赤い勇者は俺様が頂くぜ!? デスブリンガーが疼いて仕方ねぇ……これ以上お預けは、俺様もいろいろ限界なんでな!』


宇宙そらに住まう人類……試練。由々しきかな。』


 傭兵に混じり響く神代の戦力である二柱。

 宇宙の深淵をうそぶく狂気の拳 マサカー・ボーエッグと、神仏の化生にして悪鬼俗物を焼滅せしめる者、不動。


 禁忌の化身たるシグマフレーム デスブリンガーと、鎧楼 炎魔がいろう えんまがさらに禍々しい衣を纏いてそこへ存在していた。


『フレスベルグはいつでも。指示があれば次元跳躍に移ります。』


 言うに及ばず、禁忌の怪鳥フレスベルグの総監を任された電脳姫 ユミークル・ファゾアットは、すでに最後の戦いへ赴く決意で双眸をギラつかせていた。

 怪鳥とてただ先の傷を修繕したにとどまらない、速射性・拡散能力を持たせた対向重粒子渦淵反応砲ボクスター・ヴォルテクサーを、さらに増設した蛇竜ニーズヘッグを介する事で重粒子蛇竜遊星反響位相砲撃ニーズヘッグ・ハイペリオン・ヴォルテクサーへと昇華させていた。


 禁忌の怪鳥フレスベルグを頂く数万に上る大師団。

 その前方へ、古の禁忌が生む無数の高次空間位相転移ゲートが、次々と発現して行く。


『ヒュビネット隊長……指示を。ラヴェニカはあなたのお傍を離れません。』


 太陽系の終焉を思わす光景を恍惚とした表情で見やる狂気の狩人 ラヴェニカ・セイラーンは、復讐の女神エリュニスへ長射程対艦砲を複数門備える、かつてのスーパーハーミットへ先祖返りしたかの装備でただ愛しき部隊長を想う。


 全ては思い描いた光景。

 かつて革命を旗揚げした時から、その時を迎えるために己の全精力を懸けて来た。

 漆黒の嘲笑はただそれだけを思考へと描き、自らの得物であるΓガンマフレーム デスクロウズを――


 背部から脚部にかけて覆う大型戦術武装に身を包み、静かに大師団先頭へと躍り出た。


 全開でも己の身体を蝕む機体出力を、さらに上昇させるための四対の大型スラスターユニットは、明らかに蒼き霊機B・S・Rを意識したもの。

 救いの艦隊クロノセイバーが火星圏の紛争へと飛び込んで来た際、その紛争の元凶である者達が手折られる中、それさえも囮として禁忌の程度を見極めていた。


 戦いの天才。

 漆黒の謀略者。

 しかしそれを生み出したのは、皮肉にもあの英雄少佐クオンが越えて来た、弛まぬ研鑽の道そのものであったのだ。


「準備は出来た様だな。では……これよりザガー・カルツ大師団は、目標を木星圏はアル・カンデ擁するエウロパ宙域へと定め出撃する。クロノサーフィング……指定した艦隊から順次サーフ・インを開始しろ!」


 黒き深淵が、絶望の大波携え襲い来る。



 宇宙人そらびと社会は遂に、抗えぬ大戦へ飲み込まれて行く事となる。

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