第258話 陰る神隠しの都、アル・カンデ



 小惑星帯アステロイド宙域に引き続いた火星圏宙域を巻き込む大事件。

 それらが、多くの救世の志を翳す者達の力で解決されて行く中。


 宇宙人の楽園アル・カンデは数多の事件後の事後処理より、ようやくの開放を見ていた。


 楽園防衛を任される軍部では、立て続けに引き起こされる歴史的事件を教訓とし、軍備の大幅な増強計画を立ち上げ、今後を鑑み楽園深部にある禁忌の一端を開放する方向で事が進められていた。


「――ではここまでが、我がC・T・O防衛軍本部に於ける防衛体制の再編計画になります。続いて、アル・カンデのソシャール本体についてですが――」


「承知しておりますえ。有事にはすぐに、アル・カンデ中枢にある封印区画……〈天の岩戸〉開放も視野に入れたソシャール型防衛機構の発動を、ウチの方でも検討しとります。」


 楽園中でも要人のみ参集の叶う施設にて。

 防衛軍総本部を率いる優男の総大将フキアヘズと、楽園管理者水奈迦が面を突きつけ合い今後を協議する。


 しつらえた重厚なソファーへ浅く座す総大将は、深い配慮に努めながら、楽園を管理する役目を負う女性へと言葉を続けた。


水奈迦みなか様……天の岩戸を開放すれば、このソシャールの持つ暗雲も立ち込めましょう。それでも、開放なさるおつもりですか?」


「総大将閣下が危惧するのはごもっともおす。されど此度の事件は、すでに人智を凌駕した因果の齎す試練と、ウチは捉えとります。それを蔑ろにし、人類の些末な思考で事を推し量るべきではないと――」


「それこそ判断を謝れば、宿。お分かりおすか?」


「……致し方ありますまい。さすれば我らC・T・O防衛軍本陣も、本腰を入れた軍備増強を行わねばなりませんね。」


 案ずる優男の総大将を他所に、すでに事へ当たらんとする覚悟の楽園管理者は、普段の高貴なる巫女服とも水干すいかんとも取れる衣装から着替えた状態で座していた。

 その姿は舞い降りた天女か、やや露出の増えた衣に端々へ機械の光帯こうたいを煌めかせる、崇高なる儀式に向かわんとする雰囲気。

 さらには、衣に合わせて下ろした黒の艷やかな御髪は足まで届く、言うなれば


 双眸へ宿す覚悟も相まって、彼女の……三神守護宗家はヤサカニ家筆頭たる八尺瓊 水奈迦やさかに みなかの姿が神々しく輝いていた。


「そちらはお任せしますよって。何分岩戸を開く際の神事では、。アマテラス・システムの正規運用のためには、〈〉は必須おすからな。」


 そして神々しき管理者より語られるは、踊り続ける祭り事の下り。

 そもそもアマテラスと言う名は、地球は日本国に於ける神話上の主神に位置する存在である。


 三貴神であるアマテラスオオミカミ、ツクヨミノミコト、スサノオノミコトはあまりにも有名で、天の岩戸はそのアマテラスがある出来事により塞ぎ込んだ場所である。

 それこそが――


 宇宙人そらびとの楽園と名高き、ソシャールコロニー・アル・カンデに秘められた極秘中の極秘。

 、神代の禁忌が封じられているのだ。


 詳細の後詰めを終えた、神々しき舞姫は立ち上がり一礼する。

 厳かさと、凛々しさが輝きとなって優男の総大将さえも魅了していた。


 程なく、岩戸隠れした主神を再び現世へ呼び戻すため舞を買って出た、神話の女神アメノウズメを彷彿させる面持ちで、要人謁見区画を後にする管理者。


「では頼みます、水奈迦みなか様。」


 神々しき舞姫を見送った総大将も、真摯なる敬礼を送るやきびすを返す。



 己が口にした、防衛軍軍備増強を素早く進めるために、その足を司令本部へと向けた。



》》》》



 楽園行政府に、それを守護する防衛軍での動きが活発化する中。

 守られる側の市民では小さくも、大きな一歩を踏み出さんとする動きが見え始めていた。


 そこはあの、祭典の地イクス・トリムの木星超重力圏落下 阻止作戦に於いて、キーとなった子供達が通う高等学園。


 紅円寺こうえんじ学園の一角での出来事である。


「〔なるほど……以上が、あなた達の希望する専科先と言う事ですね? ふむふむ。〕」


 学園理事長室で車椅子に備わるイントネーション・ペダリングを駆使し、ボイスロイド音声を響かせるのは、かの勇者の母である理事長。

 暁 咲弥あかつき さくやその人である。


「〔まずはケンヤ・アルバート君……これは軍部に関わる整備工、と言う事で問題ありませんね?〕」


「はいっす。俺って、いつきみたいな取り柄は何もなくて。けど、あのクロノセイバーで働く整備の人を見てたら、俺でもできる事があるんじゃないかって。」


 理事長先生咲弥の言葉へ、珍しいほどに真面目な顔を覗かせるムードメーカーのケンヤ・アルバート。


「〔結構……。次に浅川あさかわ ゆずさんは……艦船従事の通信手と。これはやはり、アシュリー大尉の影響かしら?〕」


「あの……はい。私達も参加する事となった災害防衛作戦の時、アシュリーさんに教わりながら通信を熟したのが、どこかしっくり来るものがあったので。それに、通信手って言う職業でも誰かの助けになれるんだなって思ったら……そんな理由ですみません。」


「〔何を謝るの? そこにちゃんと意味を見出せるのは、あなたが社会でしっかり経験を積んで来た証。それは胸を張って良い事です。〕」


 災害防衛成功以来、泣き虫と揶揄された姿が嘘の様に、凛と前を向く姿勢の眩しい浅川 ゆず。

 その成長を、光の映らぬ双眸で見据える理事長先生がそこにいた。


 さらに彼女の視線が残る女子へと向けられる。

 武術部でも、やる気がない感が常であった片折 志奈かたおり しなだ。

 が――


 彼女まで、目覚ましい成長の片鱗が産声を上げていたのだ。


「〔続いて片折 志奈かたおり しなさんですが……ふふっ。本当にあなた方は、あの部隊と関わった事が良い方へと運んでいる様ですね。軍部、しくは関係する機関での医療従事見習い……ですか。素晴らしいです。〕」


「へへっ……そんな、照れますよ理事長先生。私だって、部活でちゃんと活動できてなかった所で、あんな大事件を体験したんです。けれど、いざ誰かのためにと動こうにも、自分でできる事が少な過ぎる現実を知っちゃって。だから――」


「あのシャーロット中尉やクリシャ少尉、あとローナさんにアレットさんにピチカちゃんみたいな……とは行かないか。でもでも、それに負けない医療従事者を目指すのもアリかなと思いました。」


 彼女は多くの避難民を前に、ケンヤ共々声を上げ、その身を粉にして避難支援に従事した。

 刻まれた経験が、彼女の想いを大きく後押ししての今である。


 そして――


「〔最後に、佐条 良太さじょう りょうた君ですが……これは本気ですか? 本気ならば、進む道はとてつもなく険しい物となりますよ?〕」


「はは……言われると思いました。けど、いつきがあんなに先に行っちまって。なんか自分だけ、置いてけぼりな気がしてたんす。だったら俺も、あいつみたいに目指してみようかと。ああ――」


「もちろん最初は、ソシャール修繕に関わるオペレートでも良いんですが。」


 最後に男気を見せるは、自称勇者のライバルである佐条 良太さじょう りょうた

 しかし彼が掲げた目標は、過酷なる道のりは言わずもがな……かの勇者にならう様に、機動兵装乗りの道を行く宣言を掲げたのだ。


 これも定めかと逡巡する学園理事長。

 されど、己が息子の戦いに感化された教え子の覚悟には、激しく心を動かされる事となる。


 そのまま微笑を浮かべた学園理事長は、ならば善は急げと言わんばかりの行動指針を打ち出したのだ。


「〔佐条さじょう君の覚悟は理解しました。と言う事で、皆さんの行く先がかの部隊に関わる場所であるのを鑑み、これより軍部からの承諾を取り付けた後――〕」


「〔各機関への推薦を兼ねた、ソシャール外部への社会科見学と洒落込む方向としましょうか。〕」


「「「「い、いきなりですか!?」」」」


 声を重ねた未来ある学生達を一瞥し、生きる事を諦めなかった強き女性は、意気揚々と車椅子を進めて行く。



 その行動がまさか、歴史上最悪の事態に巻き込まれる因果の道とは夢にも思わずに。

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