第256話 恒星纏いしドリルは天の業を貫いて



 火星圏の力無き民へと降り注ぐ天よりの業が、今まさに俺達の眼前にあるその時。

 俺が追いかけていたデカイ背中から、人類史上最大の作戦となる防衛ミッション開始の合図が飛んだ。


 それを皮切りに、ライジングサンとBSRスピリットRが共に禁忌の機関へと火を入れ、直後蒼き力が満ちるや想像を絶する加速が俺の体を襲った。


 人間の体はあの地球と言う惑星から脱出する際の、宇宙速度と言うものですら耐えるのが至難だとされるのに、そんな速度を遥かに上回るモノが一瞬にして俺の体を押し潰さんとした。


 恐らく人類でも前人未踏の速度領域である、亜光速に迫るそれは確かに、クオンさんが事前に発した禁忌の力からなる対加速G相殺システム無しには耐えるは不可能。

 そして――


 それほどの速度が、巨大なる目標を打ち砕くために必須であるのは言わずもがなだった。


「打ち砕けーーーーーーーっっ!!」


 まさに刹那の間で迫る超巨大小惑星は、すでに眼前一面を占拠する宇宙の壁の如し。

 しかしその最も破砕に適した場所を穿たねば、俺の突撃は無駄に終わってしまう。

 けど……それはデータ観測は元より、クオンさんから贈られた言葉によって、簡単に探し出す事が叶うのを理解している。


 何のことはない――俺達には、


 データ観測だけでは図りきれぬ、エネルギーが凝縮、且つ今も鳴動し化学反応を起こしている点を、宇宙高次元の膜ブレーン・スペース状態で瞬時に把握する。

 それも小さな反応ではない、


 激しく回転するロータリーエンジンが生む、ドリルをただその一点へ。

 そこに到達するまでの、強固な鉄壁をぶち抜く事こそ、ライジングサンに与えられた最大にして重要な任務。


 それを成すため宇宙そらを睨め付け、幾重にも折り重なる膜宇宙の層を見極める。

 直後眼前で、高次元だからこそ視える膨大なエネルギー質量から来る、重力変異を感知した。


 俺がこの作戦で到達するべき、終着にして最大目標だ。


 いくつもの思考が一瞬の時を僅かに遅延させる錯覚を覚えた時、ライジングサンがあり得ない程の衝突エネルギーをバラ撒いた。

 回転するドリルと、巨大すぎる壁が衝突したエネルギー。

 破砕の可能性を最大限に引き上げるピンポイントへの激突だ。


 だがここから……ここからが正念場だ。


「砕け、Αアルファフレーム! 巨大な敵を打ち倒せライジングサン! 指定されたガス融合地点まで、一気にぶち抜けーーーーーーーーーーーっっ!!」


 全ての対策は成して来た。

 今この瞬間は、まず俺が任務を全うしなければこれまでの戦いが水疱に帰してしまう。


 それを感じ取る赤く巨大なる相棒が、宇宙そらを震わす咆哮を上げた。

 ああ、届いてるよ……お前の歓喜の想いが。

 古の禁忌と恐れられたお前がこれより、数多の生命を救う事ができるんだからな。


 なら行こう、俺と一緒に。

 俺とお前で……綾奈あやなさんも加えて、新たな神話を作るための踏み出そう。


 光学モニターを埋め尽くす、無数の粉塵とガスの乱舞を突き抜けて、俺達は指定された地点へ怒涛の勢いで突き抜けた。

 さあ俺がやるべき事はここまでだ。

 これより後は、俺が憧がれた再起の英雄の出番。



 ドリルへ全てを乗せた俺は、そこから英雄へと救いのバトンを手渡したんだ。



》》》》



 思えば無謀もはなはだしい作戦。

 しかしそれ以外にないと、オレは決断した。

 けれどそこへ、臆する事なく賛同した家族達には、もう頭も上がらない所。


 だからこそこの防衛作戦……失敗は許されなかったんだ。


『スピリットR全体のエネルギー励起率が、300パーセントを越えました! これ以上は流石に……クオンさん!』


「了解だジーナ! 綾奈あやな、ライジングサンは!?」


『ライジングサンはなんとか……けど、ドリルブレイカーはすでに炉心が焼き切れる寸前よ! 目標地点まで――』


『とど、いたっすっ!! クオンさん、今っすよ!!』


 確かに無謀な作戦だったが、それを成す事が出来たのは他でもない、皆がいたから。

 そしてジーナにいつき綾奈あやながここに揃っていたから。


 共に宇宙そらと重なる使命へと至っていたからこその、作戦決行だった。


 飛ぶ声で、ジーナの決意といつきの闘志……そして綾奈あやなの信念が宇宙そらを通してオレの心へと満たされて行く。

 ならばここで、オレが動かずして何とする。


 、オレとブルーライトニング・スピリットRの出番じゃないか。


「よくぞこの巨大な相手へ立ち向かったな、いつき! 指令……デュアル・クインテシオン・バスタースタンバイを! BSRスピリットRの全砲門斉射と同時に、艦砲射撃でこのデカブツを完全破砕しますっ!」


『……了解した!』


 いつきへは最高の称賛を以って応え、指令へミッション最後のトドメを振る。

 すでに目標地点では、小惑星内部ガスの融合励起が起き始めているが……


 この程度の力では、よくて巨大な岩礁として飛散し、被害拡大さえも危惧される。

 目標はあくまで危険宙域飛散でも被害を最小に出来る、Cクラス以下の災害レベルへ落とす事が必須条件。


 その思考を理解したのか、BSRスピリットRがすでに過剰なエネルギー放出をしている中で、さらに出力を増加させた。


「そうか……お前がこれ以上の力を望むためには、搭乗者の高次元レベルでの共鳴が必要なんだな! 構わない、やってくれ! オレ達……オレとジーナとお前はΩオメガが示唆する言葉の通り、この恐るべき絶望を終わらせてやろう!!」


 かつてΩオメガに憧れて、けれど叶わぬ夢と知った頃から全てを遠ざけ塞ぎ込んだ。

 そんな過去は、豪快に笑い飛ばして明日へと進もう。


 オレは今、多くの命を救う旅路の最初の一歩を踏み出したのだから。


 自然に上がる口角を自覚しながら、BSRスピリットRからの魂同調を承諾するや、震える宇宙そらがこの体を支配する。

 同時に無数に別れた膜宇宙ブレーン・スペースの層が、激しく揺らめきながら包み込む。

 直後、ロータリーエンジンで生み出された統一場粒子クインテシオンが高次元圧縮、機体全ての砲撃武装へと行き渡った。


 Ωオメガが今こそ撃てと、声を上げる様に。


「行くぞスピリットR! ブルーショック・フルバースト……ファイアーーーーーーーーっっ!!」


 蒼き閃光は、赤き重力の助けを得ながら四方を囲む岩壁とガスの壁へと叩き付けられる。



 その後の全てを、禁忌の船と言われた剣の旗艦に託して。



》》》》



 赤と蒼の突撃が、200kmに達する超巨大小惑星へと突き刺さる。

 しかしその巨大な目標からすれば、小石が衝突した程度の規模でしかなかった


 だが……それが亜高速に届く速度の激突となれば話は別であった。


 データ上の、回転衝角ドリル・ブレイカー激突の齎すエネルギーを凌駕する亜光速領域からの激突は、超巨大目標にさえ速度の遅延を生んだ。

 通常重力が存在しない宇宙空間に於いては、一度加速運動の加わった物体は抵抗が加わらない限り、速度を減退させる事はあり得ない。

 外的要因……周囲にそれらを引き付ける超重力元などが存在しない限り、最初に加わったエネルギー分の速度だけ加速し続ける。


 それが速度減退を観る程に、亜光速まで加速した赤と蒼の激突は凄まじいものであった。


「ライジングサン及びBSRスピリットR、コメット=エクサへの激突を確認! 同時にドリル・ブレイカーによる穿孔削岩へ入ります!」


「焦るな! 目標点到達まで油断は出来ないぞ!」


 禁忌の聖剣キャリバーンで状況を見守るブリッジクルー。

 そして最後を飾る少年な少女軍曹勇也は、固唾を呑んで光学モニターを睨め付けていた。

 そこへ――


『……BSRスピリットRの全砲門斉射と同時に、艦砲射撃でこのデカブツを完全破砕しますっ!』


「……了解した! 片梨かたなし軍曹……バスターの引き金を任せる!」


「……っ!? は、はい!」


 英雄少佐クオンの言葉へ、復唱を返す旗艦指令月読

 すぐにその視線が軍曹へと飛んだ。


 巨大な目標を目にし、しかしそこへ仲間がまだ突撃している状況で、ターゲットスコープを上昇させた軍曹が息を飲む。

 己が引く引き金で、事の是非が決まってしまうから。

 

 それを察した諜報部少佐ロイックが、備えられたトリガー上で震える小さな手へ、大きなそれを重ねた。


「私も共にいる。心を落ち着けるんだ。」


「……ハイデンベルグ少佐。ありがとうございます。」


 研ぎ澄まされる覚悟。

 巨大なる相手に挑むは、蒼と赤の機士だけではないと、ブリッジの心も一つとなった。


 刹那、超巨大小惑星にある無数の微小な隙間から、激しい閃光が漏れ出し、内部に存在する大量のガスが平行励起を開始した。

 それを視界に入れた旗艦指令より……作戦を締め括る最後の指示が下さる事となる。


「目標内部の堆積ガス励起を確認! ならばそれを、さらに巨大なち破砕力へと増加させる! デュアル・クインテシオン・バスター……発射!」


「バスター……発射します!!」


 旗艦指令の大号令と少年な少女軍曹の咆哮が上がるや、旗艦双翼に迫り出した巨大砲塔へ最大出力の統一場粒子クインテシオンが流れ込む。

 満を持したその膨大なエネルギーが、放たれるのを待ち侘びた様に旗艦周辺宙域を眩く照らし出した。

 刹那、周囲のあらゆる元素と対消滅し宇宙をはしるエネルギーの双条が、雷光の如く巨大なる目標へと突き刺さる。


 程なく……BSRスピリットRの放つ最大出力一斉射と、さらなるエネルギー並行励起を生み出す事に成功した旗艦の対艦砲撃クインテシオン・バスターの閃条が、みるみる対象の強固な壁へ亀裂を刻んで行った。



 ほどなく……宙域にいた誰もが、巨大なる天の業が爆散して行く瞬間を目撃する事となったのだ。

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