第255話 その目に捉えるは天よりの業



 人類史上初となる災害防衛作戦予定宙域まで、あと三時間の距離と迫る頃。


 後方火星圏から避難誘導が困難を極めるとの情報が飛び交い、状況によってはそれを成すために活動する勢力さえも巻き込む恐れさえ残る、極めて危機的な空気が部隊を包み初めていた。


 コメット=エクサと命名された超巨大小惑星の破砕がなったとて、避難中の宙域へ降り注げば万事休す。


 いかな救助に関わる艦艇が全速力で飛ばそうとも、公転速度以上の物体が四方から降り注げばひとたまりもないのだ。


「指令。現在の火星圏人民避難状況は、未だ60%前後と奮わず。もしこのまま行けば、危険宙域を通過する避難艦艇は間違いなく、破砕した小惑星の残骸による被害を被る状況です。その……そうなった際の火星圏に於けるの人的被害は、恐らく壊滅的な事態へ――」


「ミューダス軍曹。最悪の想定は原則だが、それに飲まれるな。作戦失敗は確かに、我ら宇宙人そらびとへ想像を絶する無慈悲な現実を叩き付けて来るだろう。だがそれに囚われる余り、作戦遂行能力へ多大な影響が出れば本末転倒。」


「何よりそれを成功させるために、命懸けで作戦に挑むパイロット達が報われない。いいな?」


「りょ……了解。以後は作戦に集中します。」


 無情にも弾き出される結果を報告する真面目系軍曹ミューダスであったが、旗艦指令月読の言葉で押し黙ってしまう。


 最悪想定は重要も、それに飲まれれば肝心な所で重大なミスを犯しかねない。

 さらにはそれを成す中核である、霊装機セロ」・フレームパイロットの覚悟までもが無駄となってしまう。


 旗艦を操るブリッジでさえも、一大作戦の重圧の中で戦っていたのだ。


 考えを改め、災害防衛上の各種データ洗い出しに戻る真面目系軍曹を尻目に、返す双眸が旗艦側の重要ポジションに位置する者へと向けられた。


「なお、今作戦に於けるデュアル・クインテシオン・バスターは。これは、作戦中の仲間へ向ける形の砲撃である事に加え、禁忌の超兵器運用上、必ず人の判断を介入させると言う制約から来るものだ。」


。即ち、禁忌の力を扱うためいにしえより課せられる制約……言い換えれば、。その引き金を君に……現在キャリバーン機動管制全般を担う、一任するものとする。」


「……っ!? ボクに、ですか?」


 指令から飛ぶ指示へ双眸を見開いた少年な少女軍曹勇也

 しかし彼女が、火器管制含めた機動管制全般を熟すブリッジオペレーターである時点で一番妥当な案である。

 が……軍曹が息を飲んだのは、こそが重要点であった。


 最後の最後と言えるタイミングでの、全てを決する行動。

 任命された少年な少女軍曹は、脂汗の中で火器管制システム群の表示されるモニターを見やった。


 と、その軍曹の背を後押しする声が、ブリッジ内でも彼女からほど近い、旗艦操舵位置に陣取る男からかけられる。


「案ずる事はない、片梨かたなし軍曹。この旗艦で、もっとも適任である君だからこそ任されたのだ。今までこの旗艦で成して来た努力……発揮する時だぞ?」


「ハイデ……フリーマンさん……。ボクは……――」


 禁忌の聖剣キャリバーンへとムチ入れる諜報部少佐ハイデンベルグ

 軍曹と想いを寄せ合うその男が、案ずるなと激を飛ばす。

 少年な少女軍曹も、その言葉だけで吹き出す脂汗が止まったのを感じていた。


 そして、永遠かとも思えた三時間の時が刹那に過ぎ去る頃――



 クロノセイバー旗艦 キャリバーンは、コメット=エクサ破砕作戦予定宙域への到着を見る事となった。



》》》》



 眼前のそれは、ソシャールでもまずないサイズを誇る超巨大小惑星。

 コメット=エクサと名付けられた、火星圏へ終焉を齎す宇宙そらより降り注いだ業。

 

 すでにその巨大さを感じ取る事が出来る距離へと、オレ達は馳せ参じていた。


『エクちゃんのシステムは良好。ツァイレード・ブースターシステムも、恒星艦航行用 亜光速運用調整を終え万全です。BSRスピリットRツァイレード、いつでも。』


「了解だ。こちらでもデータを把握した。そちらはどうだ?綾奈あやな。」


『ライジングサンも良好よ。グリーリスへのエネルギーバイパスと、機関 臨時並行励起反応制御システムはすでに準備。ああ後、指示通りにドリル・ブレイカーの損壊を察知した際、エネルギーバイパス含めた外部接続を強制パージ出来る様調整済みよ。』


「……確認した。残るは作戦の主役の心次第だが――」


『行けるっす、クオンさん! ライジングサンとの同調も良好っす!』


「良い返事だ。指令……BSRスピリットR及びライジングサン、そして各パイロットは準備完了です。」


 通信先で次々返される頼もしき仲間達の声。

 みなぎる覚悟は、オレの魂さえ研ぎ澄ませて行く。


 一世一代の大博打、後なんて無い一撃に全てを懸けるこの作戦……その準備は全て整った。


 その覚悟のまま、モニターの月読つくよみ指令へと視線を移す。

 この人類史上前代未聞の、歴史的な宇宙災害防衛任務コズミック・ハザード・セイブミッション開始の合図を待つために。


 指令の視線も同じく覚悟を宿して――

 時が満ちた。


「全艦へ通達! これよりクロノセイバーは、火星主星へと軌道を取り、文明の終焉を齎さんとする天の業へ……それに抗う人類の代表として、人類史上最大の災害防衛ミッションを開始する!」


「作戦はまさに一瞬! しかしその機を逃せば、我らの背にある数多の宇宙人そらびとの民達が、宇宙そらの藻屑と消え去る事となる! 心してかかれ! では――」


 巨大なる使者を睨め付けながら大号令が放たれた。

 オレ達が今までつちかって来た全てを懸けて挑む、災害防衛ミッション開始の合図が。


「セイブ・ミッション〈コメットバスター〉……開始せよ!!」


 ここにいる全ての者が、その咆哮を耳にした。

 それを合図に、BSRスピリットRが誇るロータリックリアクターへの全開のムチを入れる。

 うな偏芯回転機関ロータリーエンジン統一場クインティアを形成するための、強い相互作用グルーオン弱い相互作用ウィークボソン電磁力エレクトロ・マグネイトを高次並行励起レベルへと押し上げ、第四のエネルギーである重力子グラビトンとの同調を開始。


 すでに、100%以上の機関出力を叩き出せるそこから生み出された統一場粒子クインテシオンの本流が、BSRスピリットRツァイレードの全てのエネルギーバイパスへ循環された。


いつき、ライジングサンのグリーリスへ火を入れろ! それに合わせ、BSRスピリットRは速やかに亜光速航行へ移動する! その際、超高G相殺セーフティの起動を忘れるな! 怠れば、膨大な瞬間加速Gで体が押しつぶされるぞっ!」


『了解っす! セーフティーシステム起動完了!ライジングサン……イグニッション!!』


 BSRスピリットRツァイレードとドッキングし、ドリル・ブレイカーを構えた状態でコメット=エクサへ飛び込むいつき

 ライジングサンの機体は兎も角、搭乗者への負担は常軌を逸する。

 こんな速度で宇宙そらを航行するなど、宇宙人そらびと社会でも前人未到。

 オレ達はそこから来る、加速運動上異次元の超高Gをまともに受け止める事となるんだ。


 そうしなければ、コメット=エクサを砕くだけのエネルギーなどまかなう事など不可能であったから。


 恒星の如く爆熱したライジングサンと、眩い光を撒くBSRスピリットRツァイレードが赤と蒼の閃光に包まれる。

 刹那――


 体験した事のない速度で機体が押し出されたと思えば、瞬く間にワーニングの警告音が鳴り響き……しかしそれと同時に、いつきがライジングサンによって行動を開始していた。


 爆炎の螺旋を纏い回転する、クインテシオン・ドリル・ブレイカー。

 そこへさらに、統一場粒子クインテシオンの輝きである蒼の閃光が二重螺旋を形成し、光塵をバラ撒きながら破砕対象でるコメット=エクサへ狙い定められた。


『こちらの出力良好です! 行っちゃって下さい、いつき君っ!!』


『機体微調整は私に任せなさい! いつき君の今までをそのドリルへと乗せて……前へっっ!!』


「うおおおおおおおおおっっ! 重震天衝じゅうしんてんしょう スーパーフレア・ドリル・ブレイカー……ブチ抜けーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」


 オレ達がつちかった全てが、天を貫くドリルを救世の一撃へと昇華させ――



 200kmに及ぶ巨大なる驚異へと、決死の突撃を敢行したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る