第249話 滅亡へのカウントダウン



 宇宙軍との抗争に一つの区切りを付け、そこよりさらなる火星地上政府へのさらなる停戦交渉を行うべく集結を始めていたオレ達。

 だが、その希望への一歩を台無しにする様な事態が訪れる。


 奇しくもそれは天空より降り来る業――

 オレ達宇宙人そらびと社会の最も身近に齎される宇宙災害コズミックハザードだった。


 けれどその見舞う災害の危険度は、もはや今まで経験して来た規模を遥かに凌駕し……


 詰まる所の、


 詳細を詰めるべく、緊急招集されたキャリバーンとクロノセイバー艦隊各代表。

 加えて……何をおいてもと事の伝達に訪れた紅真こうま皇子殿下とカツシが、隣り合う様にキャリバーン内の大ミーティングホールへと詰めていた。


「先に忠告しておくが、これはあのエイワス・ヒュビネットから齎された情報ぞ。じゃが、そこに記された事実は嘘偽りない真実と心得よ。あ奴の考えは兎も角、これが偽情報かどうかなどと、議論する猶予はどこにも残されてはおらん。」


 そして告げられる事実に動揺を隠せない一堂。

 無理もない……今の今まで、そのヒュビネット率いる部隊との死闘を繰り広げていたんだ。


 例え殿下のお言葉であろうと、すぐに信じるのは無理な話とも言えた。


 それでもお言葉に混ぜられた、議論の猶予などないと言う点で、強引に真実を受け入れようとする各員の面持ちが見て取れた。


「殿下より指示があり、私……星霊姫ドールはフォーテュニア・ケルヴンテインの方で、対象となる小惑星データから弾き出される被害をこちらにまとめております。おりますが――」


「みな覚悟は出来ております。フォーテュニア……続けて下さいなのです。」


「詳細説明が必須。フォーテュニア……続ける。」


 その大ミーティングホールへ、恐らくは歴史上でも稀に見る星霊姫ドールの揃い踏みとなる、監督官のリヴ嬢に、現在殿下お付のワンビアが顔を出す。

 さらにはカツシに従うフォーテュニアと、観測者に関わる錚々そうそうたる面々が、みな一様に憂いを乗せた視線でやり取りを行っていた。


「はい……では。先程殿下も申されました通り、ヒュビネットが齎した無人ドローン機にあったデータによると、火星圏への衝突コースを取る小惑星は間違いなく巨大です。全長が最大で200kmに達し、含有される隕鉄、岩石、ガス、その他の成分を含めても過去最大――いえ、。」


「そしてそれが火星本星へ衝突した場合の被害ですが、その……現在の速度のまま衝突する前提とし――生み出されるエネルギーが間違いなく。」


 憂うフォーテュニアの視線が、落ちると同時に告げられる宣告。

 訪れる事態で、集う皆が言葉を刈り取られて呆然とした。

 今まで数多の宇宙人そらびとの民を救済して来たオレ達でさえ、あまりに現実離れした事実で思考が上手く働かない。


 火星本星が壊滅と言葉を濁したが、

 あの地球の恐竜時代を、永く続く地獄に変えたと聞く小惑星でも全長は10km程度。

 けれど生み出されるクレーターは、衝突寸前の速度にもよるが、通常対象の二十倍もの規模となり――

 衝突した地点のあらゆる生命が蒸発し、巻き上がる粉塵は成層圏に達し……さらに襲う熱波は音速を超える速度で星を駆け巡る。


 そこから衝突による影響で、地上が灼熱地獄からの極寒地獄となった事で、かの恐竜時代が終焉を迎えたとされる。


 地球の半分の直径である火星へ、地球に落ちた個体の二十倍の規模を持つ小惑星衝突が生む結果――



 それは火星と言う星が、跡形もなく砕け散ると言う悲劇以外のなにものでもなかった。



》》》》



 急遽キャリバーンへ集められた俺達へ告げられたのは、絶望のどん底へ叩き落される様な宣言だった。


 ずっと学園生活でのぬるい部活な日常が嘘の様な、

 その事実を聞いた瞬間から、思考が停止して動こうとしてくれない。


 最初は自惚れたままでのΑアルファへの搭乗。

 そこから現実を突き付けられての、研鑽の日々。

 アーガスって言うライバルとの決闘から、俺は今までの自分からの大きな変貌を遂げる成長を感じていた。


 そしてイクス・トリムが木星超重力圏へ落下するのを防いだ救済作戦。

 ソシャールと、大切な家族であるローナさんを失って守り抜いた避難民達。


 加えてあの、核熱弾頭の弾雨からその背に背負った力なき者達を守り抜いて――

 全てをこれから救って行くと心に誓ってからの……火星圏滅亡の危機。


 俺が成してきたのは一体なんだったんだろうと、そんな悲壮感が状況を理解せんとする思考の妨げとなっていた。


「時にフォーテュニア嬢……その巨大小惑星が火星衝突コースにあるとして、それを回避出来る手立てはあるとお考えですか?」


 重過ぎる空気を無理やり変えんとする月読つくよみ指令も、見たこ事もないほどに眉根が歪み、自分が余りに無意味な質問を発した感さえ浮かべていた。


「通常これほどの規模の小惑星を、単純に破砕する行為は。火星衝突限界ラインから逸らすにしても、元々有する太陽公転速度に近いそれへ向け、一体どれだけ加速運動を加えればよいかなど想像もつきません。」


 観測者と言う者は、何でも自在に出来る存在じゃない。

 むしろ力があるからこそ、出来ることには限りがある。

 俺へと干渉して来た、あのリリスならそう言うだろう。


 その彼女からの、啓示を伝える立場な星霊姫ドール達が言葉を失っている。

 それだけでも……訪れた事態がどれほど危機的であるか、想像するのは容易だった。


 けど――

 なぜだろう。


 それを聞いた俺は、絶望してもおかしくないはずなのに心が昂ぶっている。

 回避不可能な現実がある事を良しとしない自分がいた。


 きっと生きていれば、そんな事はゴマンと存在するんだろう。

 だけどその巨大小惑星衝突の危機に対し……


 何もしていないのに諦めると言う今が、俺は許せなかったんだ。


 握る拳に心が集まる。

 その拳は誰のために振るって来たのかと。

 次第に熱く熱を帯びた俺の脳裏へ「諦めるな……」と、


 誰もが沈み、言いようのない絶望へ包まれる中、心へ爆熱する闘志が燃え上がったのを感じた直後――


 、大ミーティングホールへと響き渡ったんだ。


「では我ら霊装機隊は直ちに、その巨大小惑星衝突に対する対応を洗い出しにかかりたいと思います。各協力者方もその方向で。事態が一刻を争うならば、対応は可能な限り早める方が得策かと。」


「……クオン、フォーテュニア嬢の話は聞いていただろう。それでも君は――」


「オレ、ではなくオレ達が成すべき事です。違いますか?指令。」


 重く沈んだ空気を切り裂いたのは

 大ミーティングホールを包み始めた絶望の闇を、蒼き嵐が吹き払う。


 そこにいたのは、紛れもないだった。


「なら俺達に出来る事をすぐやるっす! ここで手をこまねいている場合じゃない……そうっすよね?クオンさん。」


「その通りだいつき。我らはクロノセイバー……。そして今こそその禁忌を、人類滅亡でなない人類救済のために用いる時。救うぞ?オレ達皆で。力なき民の未来と安寧を!」


「了解っす!」


 蒼き英雄が絶望に負けじと咆哮を上げたんだ。

 ならば、応えない訳にはいかないじゃないか。


 英雄に感化された様な応答を見せた俺の視界で、さらに二つの魂も激しく燃え上がる。

 首肯しあったジーナさんと綾奈あやなさんが、次々と決意を宣言して行く。


「私はΩオメガに……ブルーライトニングにたずさわれたからこそ、今の自分がいます。その力なくして巨大小惑星の驚異を払えないと言うなら、やるしかありません!」


「奇しくも私とジーナちゃんは、。だからこそ、火星にそれ以上の驚異が襲うと言うなら黙ってなんていられませんね。」


 すでに激しく燃え上がる四つの魂が――

 オープンチャンネルによって、全てを静聴していた艦内全域へと浸透して行く。


『あのあの! いつきはん達みたいにはいけへんけど、ウチらも出来る事があれば協力します!』


月読つくよみ指令……すぐにこちらブリッジでも、あらゆる可能性を洗い出すためデータ観測を開始します!』


『こっちも任せて下さいよ、指令!』


『皆が頑張ると言うのに、ボクだけ頑張らない訳には行きません。指令……指示を。』


 ブリッジの花より――

 振られた哀しみから立ち直った翔子ちゃんが。

 トレーシーさんにテューリーさんに加え、勇也ちゃんが。


『うぉぉっ!なんか燃えて来たっす! このまま火星の人々が滅んでしまうなんてありえない! 俺もやるっすよっ!!』


『気概は買うが、程々に気張れよ?旗条きじょう准尉。指令……我らも対応に備えます。』


 ブリッジ男性陣から――

 熱い熱気が昂ぶるディスケスが。

 さらに珍しく熱さをたぎらせる、ハイデンベルグ少佐が。


『必要な機材はいつでも準備させるぜぃ! 整備スタッフも、おちおち休んでなんていられねぇぜ! 指示を請うっ!』


『生活科は引き続き、負傷者方への補佐に当たります! 作戦の足かせにならぬ様、状態が安定した方から随時、外部医療部門への搬送も……清掃スタッフでもやれる事はあります!お任せ下さい!』


『皆さん、簡易ですがお食事の用意は出来てます! 腹が減ってはなんとやら……お腹にたらふく詰め込んで、任務で最大の成果が出せるようサポートしますので!』


 整備チームに、生活科――

 マケディ軍曹や、ナスティさんや、ペティアさんが。


 部隊のあらゆる場所で戦うあらゆるメンバーが、命を救うための戦いの宣言を解き放つ。


 そう――

 これこそが俺達、クロノセイバーと言う部隊なんだ。

 不可能であろうが、望みがなかろうが……俺達が担うのは力なき民の未来の行く末。

 それを、何もしないまま諦めて傍観する様な腑抜けた者は、この救世の部隊にはいない。


 万一の希望であろうとそこへ全てを懸けて挑み、絶対的に絶望しかない状況でも、前を向いてひた走る。

 そうしなければ、力なき者の安寧招来なんて夢のまた夢なんだ。


 やがて包んでいた絶望が払拭されたクロノセイバーは――



 人類史上稀に見る、超巨大小惑星に対する災害防衛作戦を、急遽開始する事となった。

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