第248話 火星滅亡の引き金



 かつて蒼き星地球では、神格存在バシャールによる監視下で、後の霊長類へと繋がる数多の古代生命が闊歩かっぽする時代が存在した。


 しかし、その時代へ終焉を呼び込んだ驚異は、大宇宙の彼方より訪れ、地球の大地へ永きに渡り闇に閉ざされた地獄を生んだと言われる。


 ――巨大小惑星の衝突――

 地球の大地を焼き焦がしたそれは、直径にして10kmに及ぶとされ、その規模の小惑星でも20倍に及ぶクレーターを大地へ刻むと言われる。


 だがそれが齎す被害は想像を絶していた。

 衝突のエネルギーは、人類が生み出した悪魔の兵器である核を軽々凌駕する莫大なエネルギーとなり、衝突と同時に大地を深く広大にえぐり取った。

 直撃を受けた場所は、大地を残し全て蒸発。

 さらには瞬間的に生み出される破壊の熱波は、一瞬で地球を数周舐め回し、地上のあらゆる生命へ地獄の業火を行き届かせたとも。


 そこへ止めを入れる様に巻き上がる粉塵は成層圏を軽々覆い尽くし、その後に訪れた悪魔の時代……衝突の冬が、生き残った生命の存続する権利さえもことごとく奪い去ったのだ。


 そうして……霊長類以前に地上を支配していた、恐竜と呼ばれた種の殆どが、小惑星の衝突によって大量に絶滅したと記録される滅亡の時代。



 それが今、火星に住まう宇宙人そらびと社会頭上へ、大宇宙より来る業となり忍び寄っていた。



》》》》



 火星圏宙域へと版図を広げんとしていた、火星政府宇宙軍だったが――


 我がクロノセイバーと、協力関係にある各組織の支援を受け、巻き返しを図っていた反政府レジスタンスにより大半の宙域からの撤退を余儀なくされていた。


 実質オレ達部隊は、ザガー・カルツの介入阻止に徹した形だったが、奴らの盛大に疑問を抱く事となる。


月読つくよみ指令、こちらはヒュビネットのデスクロウズ含めた部隊の撤退を確認。すでにフレスベルグも、戦闘宙域から離脱したと思われます。」


『ああ、こちらでも確認している。クオンにジーナ……ブルーライトニング・スピリットRも好調で何より……だが――』


『気にかかる点がある様だな、君も。それに付いては、戦闘終了を見た時点で各員参集の後話し合う事としよう。』


「……了解です。では戦闘警戒レベルを下げ、宙域の戦況確認後帰還します。」


 そんなオレの思考は、指令にも筒抜けだったらしい。

 言わずと知れた、ヒュビネット率いるザガー・カルツの行動如何がそこに関係しているのだが、未だに奴の行動原理が不鮮明である今は、一つ一つ問題を処理する他はない。


 モニター端で視線を送るジーナも、その不気味な違和感を感じ取っているのは確かの様で、すでに頼もしい事に現在までに確認された情報から導き出せる答え洗い出しにかかっていた。


 宙域全体を見回すだけでも、多くの負傷者が搭乗する各種機動兵装に艦船が曳航され、そこへ片っ端から手を差し伸べるセイバーグロウは武装救助艦隊としての戦果を見せ付けていた。


『クオン、こちら綾奈あやな。先程、マサカー・ボーエッグのデスブリンガーと称される機体撤退を確認したわ。いつき君もあの機体と充分渡り合えた……一先ずあの敵は今後も、私達がライジングサンで引き付けるのが妥当ね。』


「そうか。いつきもよくやった。あのマサカーは確実に、人ならざる気配持つ驚異だ。それを相手によく立ち回った。もう君は、立派なセロの騎士と言っても過言ではないだろう。」


『だめっすよ、クオンさん。そんな褒めたら俺、またポカやらかして痛い目を見るっす。』


『こういう時は、素直にありがとうございますでいいんじゃない?いつき君。ですよね?クオンさん。』


 あのザガー・カルツを相手取り、充分過ぎる対応を見せた我が霊装の騎士たる家族達。

 いつき綾奈あやな、ジーナがかわるがわる言葉を交わす今に、感慨深さを感じてしまう。


 オレ達クロノセイバーは、組織としての一歩さえ踏み出せぬ手探りの時代から、ようやくここまで歩んで来たのだと。


 思考へ抱く想いはそこまでとし、モニター反応で確認出来る集結中の仲間を見やり、状況終了を見たと旗艦への帰路を取るオレ達。

 だったのだが――



 そこへ慌てて馳せ参じたかの破天荒で知られる皇子殿下より、



》》》》



 火星政府宇宙軍が全て撤退したのを確認した救いの艦隊クロノセイバーは、宙域で出た負傷者らの救助任務へと移行する。

 当然その時点で、白旗投降を提示した敵軍の負傷者も余すことなく救助する方向とし、その旨を敵方総指揮官である紅蓮の将軍ミネルヴァへと通信で伝える事とした。


「グランディッタ将軍閣下。閣下の心意気で、我らも火星圏政府内情報の再度の洗い直しが必要と感じた所。その閣下へとご報告させて頂きます。投降の意思を見せた兵は全て、国際法に基づく人道的扱いに最大限配慮する点――」


「さらには、こちらで確保した火星軍の負傷者は全て、戦争被災患者として治療・保護へ尽力する事を誓います。」


『何という配慮か……。この様な戦場で、戦禍の原因となった我らの兵へ向けた人道的配慮との言葉。それだけでも、この私が政府に抗えぬ不甲斐なさを痛感させられる。誠に申し訳がない。そして……感謝する、クロノセイバー部隊総指揮官 月読 慶陽つくよみ けいよう大佐殿。本当に、感謝する……。』


 旗艦指令月読がその通信に踏み切った理由とし、厳しい交戦の最中に鉄仮面の部隊長クリュッフェルに任せた敵方大将とのやり取りから、ただの敵を扱う体では本質を見誤るとの判断から来る物。

 誰もが想定していなかった、

 さらには、その総大将が殿退――


 それほどまでに潔い姿を見せ付けられた旗艦指令も、全身全霊を以って応える他はないとの決断であった。


 当然その人道的且つ紳士たる対応に、自分の今までを思い返した紅蓮の将軍は感極まる事となる。

 彼女はかつて守り続けた星王国を守れず、それどころか王国を滅ぼした敵方の大将として、新たな戦禍を撒き散らす道化ピエロと成り果てていた。


 それが己に従う軍人や、その家族を慮った結果だとしても……自身で看過出来る両分などとうに凌駕していたのだ。


 禁忌の聖剣キャリバーン内全域へモニター越しに響き渡る、悲しき敵総大将の嗚咽はそれを耳にした者達へ改めて、

 互いの正義のすれ違いであれ、一部権力者の欲望暴走の果てであれ――


 そこに安寧を齎す希望など、欠片も存在していないのだと。


 画して、救いの艦隊クロノセイバーに身を預ける自軍兵らの安否を確認した紅蓮の総大将は、総大将不在の軍では何かと不都合もあると機体へ火を入れ離脱を図らんとした。


 したのだが……そこへ飛ぶ一本の通信が、彼女の心を大きく揺さぶる事態となる。


『あいや待たれよ、火星宇宙軍大将よ! ワシはムーラ・カナ皇王国は第一皇子、新帝 紅真あらみかど こうまじゃ! 貴官はそのままで良い……これよりワシから送る通信の真実如何を彼ら――』


『クロノセイバーと共有の元照査し、自軍へと持ち帰り対応せよ! これは一大事であり、厳命である!』


「なっ……皇王国の皇子殿下がこの様な所に……!? 皇子を語る偽物ではあるまいな!」


『それは無いと私……皇子お付である親衛隊にして、クラウンナイツであるカツシ・ミドーが断言します。この情報の真意を見誤れば恐らく……付け加えさせて頂きましょう。』


 遠方宙域より舞い飛ぶは、皇族御用達の高速艇。

 気炎を後塵に馳せ参じたのは、宇宙人そらびと社会最大の規模を持つ太陽系国家群〈ムーラ・カナ皇王国〉を代表する破天荒皇子紅真

 突如響く声に真意さえ疑ってかかる紅蓮の大将へ、紛れもない事実である証拠を調律騎士カツシがその身で証明する。


 火星圏にも、皇王国本国貴族が直属調律騎士ナイツを従える事実は知れ渡っている故、騎士それの名が語られた時点で将軍でさえも言葉を失ってしまう。


 さらには、彼らとすでに火星圏宙域内で接触している者、救いの艦隊クロノセイバーへ協力する戯けた准将グラジオラスが反応した。


 宿重き口ぶりで。


『大局監視がお役目たる皇子が、この救いの志士集いし宙域へ何に置いても馳せ参じる……。何か、危機的事態到来の予兆を見た様だね〜〜?殿下。』


「うむ。心して聞け。宇宙軍大将たるグランディッタ将軍も、そのままで詳細情報を収集の後、速やかに本国へ戻り対応せよ。火星圏政府も、こればかりは他人事ですまされんからの。」


 すでに調律騎士たる二人が破天荒皇子にかしこまる異常事態で、通信を耳にする者みなが静まり返る。


 彼らがただの戦況監視で、そこにいる訳ではない事を知っている故に。

 太陽系社会を大局的に見据え、その未来を安寧へ向かう様に調律することこそが、彼らの使命であるが故に。


 そして破天荒皇子が、トレードマークの扇子さえも固く握り閉めて言葉を放つ。

 この太陽系に於ける宇宙人そらびと社会……その中でも、火星圏宙域に住まう民へ迫る危機の全容を。


「これは真意を問う時間などない案件じゃ。今この火星へ、終末を齎さんとする天の業が迫っておる。到達距離は数日を擁する場所であるが……時間的な最終防衛ラインで言うなら数時間後の位置じゃ。恐らくは――」


……。あの地球でさえも、それほどのモノが衝突した記録など残されてはおらん。。」


 破天荒と言われた皇子の、得も言われぬ剣幕が事実を耳にした者全てへと刻まれて行く。

 なぜならば――



 人類がどうこうして回避出来るレベルを完全に凌駕した、……。

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