第247話 集う力、明かされる危機



 火星圏の戦況へ一陣の風が吹き荒れる。

 火星政府宇宙軍をまとめる総大将が名乗りを上げ、前線へ躍り出て雌雄を決さんとした現実は、やがて機運となり遍くあまね火星圏宙域へと浸透して行く。



――ラグランジュ1 トロヤ群――


「くそっ……本隊からの援軍はどうなってやがる!? 俺達は捨て駒にでもされたのか!」


『どうやらそうじゃねぇ……内の総大将の方でよからぬ動きがあったらしい! ロッテンハイム准将からの通信だ! それに見ろ……、雁首揃えてやって来やがった!』


 反政府レジスタンスへ合流した新生サソリ隊アンタレス・ニードルの勢いは凄まじく、すでに劣勢を極めていたレジスタンスは息を吹き返していた。

 ラグランジュ1トロヤ群を制圧したかの先走りを見せた宇宙軍は、瞬く間にその連合勢力によって押し返される。


 宇宙人そらびと社会に於いて、機動兵装戦闘を主流とする宙域での兵装搭載艦艇の存在は驚異であり、その代表格でもある航宙空母 信濃しなのを有した新生サソリ隊アンタレス・ニードルは天敵と言える程の存在と化していた。


 さらに戦況を一変させるものが視界に映り込むや、火星政府宇宙軍の兵士はその面持ちへ戦慄さえ刻む事となる。


『リーダー! 敵の政府軍が後退を初めています! 一体――』


「あら、分からない? 私達の背後をよく見てみなさい。これが私達の戦いの成果……支配へ声を上げ続けて呼び寄せた、千載一遇の機運とでも言うのかしらね。」


 同時にその異変は、現サソリ隊リーダーであるアサシンシスターヨンにも伝わり、彼女もそれを導いたのは自分達の功績と胸を張る。


 モニター越しに宙域へと現れた一団を見やりながら。


『こちらアステロイド帯宙域は中央評議会所属、支援戦術艦隊〈スペース・ユニオン・ディフェンダーS・U・D〉。私は現在その艦隊指揮を任されるスターチン・ハイマン……監査役として評議会よりルサルカ・ドル・ビアンテ大佐に同行頂く部隊である。詳細データをお送りしたので、ご確認頂きたい。』


「評議会支援戦術艦隊に、スターチン・ハイマン臨時特務少佐……っ! 了承しました。そちらの素性はデータで確認……しかし今は戦闘最中故、詳細の問い詰めはしない事とします。」


『ご配慮痛み入る……。これよりS・U・Dはアンタレスニードル及び火星反政府レジスタンスの支援に移る! 各艦機動兵装発艦の後、全艦進軍! 無法なる行いで戦火を播く奴らを、この宙域から叩き出せ!』


 そして一望の後送られる名乗りと、名乗った当人が如何な存在であるかを確認したアサシンシスター。

 一瞬目に飛び込んだ素性に眉根を寄せたが、、事をぼやかす様に返答した。


 直後、サソリ隊後方から長距離砲撃支援を行っていたサソリの砲撃手ユーテリスが、桃色の疾風シュツルム・ヴィントを寄せて来た。


『ヨン……あちらのスターチン・ハイマンと言うのは間違いなく、元ザガー・カルツ所属よ? あたしが言うんだから間違いはないわ。』


「そう、ね。そして、そこから抜け……力無き民のために立ち上がった事も。ユーがいるから、私もその意思を信じる事は出来るわ。」


 寄せるや通信を飛ばすサソリの砲撃手。

 語られるは、一団をまとめる男性が元同僚である事実と、今自分と同じく力無き者のために己を懸けたている言う現実。

 そこには、同じ部隊へ所属していた時点での、銀初の老齢スターチンが宿す心意気を察していた様な意味合いが含められた。


 アサシンシスターとしても、自分達が救い出した恩人である叩き上げ議長ハーネスンよりの使者であり、家族たるサソリの砲撃手が推す相手ならと理解の首肯を贈る。


 そこからの戦況は怒涛の一言。

 支援戦術艦隊S・U・Dの援護を受けた新生サソリ隊アンタレス・ニードルにレジスタンスは、まさに水を得た魚の如く火星政府宇宙軍を押し返す。


 戦況変化に伴い、後方支援から前線での戦闘に切り替えたサソリの砲撃手とユルフワ星霊姫ブリュンヒルデは、桃色の疾風シュツルム・ヴィント星霊姫の翼シュツルム・ブースターを駆り切り込んで行く。


『話には聞いておりました! ユーテリス・フォリジンとブリュンヒルデ・クゥオルファー……この様な形で共闘出来るのを光栄に思います!』


「あんた確か、クジャレー!? 全く、あんたもあの彼に着いて来たのね。まあ細かい事は抜きにしましょう! お互いこれから、力無き者のために戦う同志なんだからね!」


『はい〜〜。リューデも〜〜素敵なお仲間が増えて〜〜喜ばしい限りです〜〜。』


 評議会から与えられた戦術機体で、サソリ隊の援護と現れた覚醒の気鋭クジャレーは、元同じ部隊所属にして、かつてと違う立場で集った同志へ感慨をあらわとする。


 次々弱者を守護せし同志が宙域へと押し寄せる。



 悲しき戦火が包む世界へ安寧を取り戻すために。



》》》》



 火星圏宙域の至る所へと集う、戦火を否定する安寧の志士たち。

 押し寄せる力は、国家も人種も、そして敵味方さえも超えて戦火の根幹たる火星圏政府軍を追い立てる。


 すでに各戦闘宙域に於ける政府宇宙軍の優勢など吹き飛び、戦線後退は愚か撤退に移らざるをえない事態。


 加えて……最も激しい宇宙軍本隊を置く宙域に於いては、総大将であるミネルヴァ・マーシャル・グランディッタ将軍が内紛も辞さぬ動きを見せていた。

 その状況を見越した様に眉根を歪める、別部隊本陣を率いた准将であるロッテンハイム・バラウ・バラキシムが舌打ちと共に、旗艦航宙空母内のモニターを睨め付けていた。


「こうなる事は分かっていただろうに! 地上の政府軍で人手が足りぬからと、星王国の残党などを大将に付けるから、勝てる戦いも勝てなくなるのだ! 地上上がりの米に露の者は役に立たず――」


「おまけに火星圏の穏健派議員らは、あの得体の知れぬボンホース派の操り人形と化していると言うではないか! その手足であるザガー・カルツは、露軍の使えぬ女官めを拉致するために我が軍の移送隊を襲う……この混迷極まる状況を、誰か説明出来る者はおらんのか!」


 錯綜する情報と、敵味方から吹き出る想定外で、窮鼠の准将ロッテンハイムは焦燥していた。


 全宙域の戦線後退が通信で飛ぶ中、漆黒革命部隊ザガー・カルツの上役とされるクロント・ボンホース議長が火星圏評議会へ例の通信越しで現れるや、今までの独断先行から一転した協力要請を各議員へ飛ばした。


 その行動を不穏に感じた火星評議会であったが、もはや火星圏宇宙軍の敗戦が濃厚と察するや、今までのボンホース派閥の蛮行を無かったかの様に協力要請を受け入れていた。


 それは実質、火星圏評議会側と地上連合政府の連携が断絶したに等しかった。


 やがて事実は宇宙軍へと伝わり、彼らが火星圏宙域で武を振りかざす大義名分さえも失ってしまったのだ。


「准将閣下、如何致しましょう!? このまま戦線を張ったとて、レジスタンス側に着いたあのアンタレスニードルが、中央評議会の支援を受けているのです! 何れ我が軍は、瓦解するのも時間の問題かと!」


「……おのれ口惜しや。どこまでもケチが着いて回る。すでに戦線を維持するだけの体力は、我ら宇宙軍にはない。後ろ盾が分裂した様な状況で、一体何を大義名分に戦えと言うのだ。……撤退だ。全軍へ撤退命令を出せ――」


「この宙域だけではない、戦線を張る全ての宙域へだ。」


 部下の言葉へ、堅く閉じた双眸で口を開く窮鼠の准将。

 総大将さえもが、敵方に寝返る素振りを見せた事実は、彼の戦争屋としてのプライドさせへし折らせた。


 その時より数分と立たぬうちに、火星圏宇宙軍が攻撃を停止し後退して行く。

 あらゆる宙域で戦い続けた者達は、訪れた状況へ歓喜さえ浮かべていた。


 だが――

 そんな戦火を払った宙域へ、メッセージを伝達するため放たれた、一機の非武装ドローン兵装が舞い飛んだ。

 言わずと知れた、それを放った人物はあの漆黒の嘲笑ヒュビネットである。


「……相変わらずあの不動とやらは、忙しないこったな。俺との戦いの最中に、思い出した様に撤退しやがって。これじゃ俺の腕試しもないって奴だろう。」


 足止めと訪れた仏法の化身との戦いに挑んでいた護りの天狼アーガスであったが、紅蓮の巨躯不動による再びのボイコットには嘆息も辞さない。

 しかし、戦闘中断を確認した調律騎士カツシの判断の元、破天荒皇子紅真一行は戦況確認のためと、救いの艦隊クロノセイバーとの合流を急いでいた。


 そんな一行が道すがら発見したのが、漆黒の放ったメッセンジャードローン兵装である。


『これは? 殿下……たった今拿捕したドローン兵装――どうやら非武装ではありますが。なにやらメッセージを内蔵した物と思われます。』


「何じゃ、この戦火飛び交う場所で妙じゃの。どれ、差出人は…………じゃと?」


『『……っ!?』』


 すぐさまそのドローン兵装に、破天荒皇子の目が通る事となり――

 メッセージの送り主が漆黒の嘲笑である事実で、一行が騒然となった。


 訪れた事態がさらなる悪化を見せる様に、今まで皇族高速艇内で眠りコケていた眠れる護衛ワンビアが、言葉を放つ事となる。


「……殿下。私へシバが、強制的に覚醒を促した模様。それをこのワンビアも的確と判断。そのメッセージは恐らく、この後に訪れる人類でも稀にみる危機を記していると推察……。」


「ワンビア……!? お主がそれほどの血相で覚醒したとあれば……カツシ!」


『はっ……! すぐにメッセージの解析を開始します!フォーテュニア、頼むよ!』


『はいであります! 久しぶりに、フォーテュニアの出番です!』


 眠れる護衛の啓示は、人類社会へ危機が訪れる際の予言相当。

 それを何より知り得る破天荒皇子の鶴の一声が飛び、調律騎士の指示の下、運命の白銀姫フォーテュニアが即座に動く。


 訪れる危機が人類存亡に関わるならば、速やかにそれを知る事こそが彼らの大局的な役目であるが故に。

 そして事実は、現実として語られる事となる。


 この時より始まる、


「……マスターカツシ、メッセージ解読が完了しました。しかし……しかしこれは――」


『落ち着くんだ、フォーテュニア。一体何が記されていたんだい?』


 努めて優しく接する調律騎士へ、最初にメッセージを目にしてしまった運命の白銀姫が、絶望と恐怖を心に抱き……告げる。


「このメッセージは、恐らく事実としてここに記されたものなのです。そしてその内容は、ここ火星圏宙域から遥かな距離……ですが速度からして数日内には迫ると思しき驚異が存在すると――」


「私達星霊姫ドールでも、…………!」


『……な、んっ……!?』



 太陽系史上稀に見る、恐るべき大災害を呼ぶ……天の裁きの襲来を。

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