第246話 動き出す絶望
火星圏宙域が混迷に包まれる。
その状況を離れた宙域で見守る高貴なる存在が、憂い乗せ心情を吐露していた。
「まさかここで、あのヒュビネットめが介入して来るとは。だが奴は、決してその中核に切り込む様な真似はせん。目的は何じゃ?その行動原理は理解に苦しむのぅ。」
皇王国所有の高速艇内で語るは
トレードマークの扇子も今は閉じられ、歪んだ眉根でモニターに映し出された戦火の惨状を目にしていた。
だがしかし――
状況を遠目から静観する
それは直前に放たれた警告が示す異常であった。
『高みの見物……静観か? 高き頂きへ居座る人間よ。』
さらに警告音直後に響く通信には、破天荒皇子の顔がさらに歪む事となり、それへの対応とし
「確かザガー・カルツに協力している不動とか言ったね? 再びの訪問痛み入る所だけど……こちらに何か用でも?」
『知れた事。我、かの部隊とは形だけの協力ぞ。真意は
調律騎士の質問へ、要件のみを語る独特の言葉の羅列が届く。
遭遇は想定済みの調律騎士であったが、彼が負う責務はただ争いに感けるではない、破天荒皇子の見せる先見の明を基盤とした大局的な事象観測にこそある。
そこで無用に争いへ首を突っ込み、肝心な時に事を仕損じるを良しとしない立ち位置であった。
それでも敵がその気とあらば、皇子護衛でもある彼はその武器を取らねばならぬ所。
が――
そんな彼の心情を読み切った声が、力強く響く事となった。
『ミドー将軍さんよ。ここは俺に任せてみねぇか? 俺もこの
「……そうだね。ボクには今、新たな同志が増えていた。任せても構わないかな?アーガス。」
響いたのは言うに及ばず、すでに破天荒皇子の同志としての気概高ぶる、覚醒の戦狼 アーガス・ファーマーである。
共に戦った時間はまだ浅くとも、彼が如何な決意でそこにいるかを知る調律騎士も、同志へ羨望の眼差しと共に返答を送る。
そして――
「悪りぃな、神仏の化身とやらさんよ。ウチの将軍閣下は忙しい様だから、俺が変わりに戦ってやるよ。一瞬だったが、同じ部隊のよしみって奴だ……相手取っちゃくれねぇか?」
『笑止……と言いたい所。が、
「そうかい。んじゃ、行くぜ! 神仏の権化……不動明王とやらよっ!!」
『参れっ!』
程なく始まる、
かつて
かつての弱者を甚振るかの、荒んだ醜悪さは微塵も存在しない。
己よりも遥かに強い存在へと勝負を挑む姿は、正しく弱者の盾にならんとする
視線の遥か先に拳の誓いを立てた勇者を。
眼前には超えるべきいくつもの壁を。
孤高の戦狼が今、守護の天狼へと姿を変えた。
機体サイズを遥かに凌駕する神仏の権化へ、臆する事なく戦いを挑む守護闘神。
戦火が撒かれる宙域より離れたそこで、全く別の戦いが繰り広げられる。
「見事な心根じゃ、アーガスよ。どの道この者の目的は時間稼ぎ。いつもの如く、クロノセイバーへ我らの支援が及ばぬ様足止める、あの漆黒の策略よ。ならばかつて漆黒の手足の様に使われたお主が、それを
破天荒皇子の賛美を受けた天狼が神仏を相手取る。
その中にあって、皇王国の未来たる皇子はその先を見定めていた。
あらゆる巧妙な策を弄しながらも、決して戦火の中心へは踏み込まぬ――
漆黒が描く、不気味な策略が齎す陰りの未来を。
》》》》
壮絶な戦火を前にし、そこから生まれ出る負傷者の数も急増していた。
不殺の元、敵機体のコックピットや爆散の危険がある機関への直撃を避ける
が、存在が常軌を逸する機体以外の攻撃を受けた者には、少なからずの人的被害も発生していた。
それだけでも、小さな小競り合いなど置き去りにする、大規模部隊による戦闘の恐ろしさが宙域へと刻まれていた。
加えて、敵方の有人機パイロットの操縦は、あくまで敵対勢力殲滅を基本としている。
それに対するレジスタンス側では、確実に重軽傷者が生まれるは必然と言えた。
そこで――
「ベナルナ、ルッチェは私に続け! ザニア、シャクティアは後続の
『『『『イエス、マム!』』』』
ここに来て獅子奮迅を見せる
すでに覚醒を見た感のある特務大尉の、特秘とされた火星圏の誇るエリートパイロットの血統が、彼女の活躍を後押しする形となっていた。
「この動き……あの火星圏の名門、マーズ・ハルト家のものっ!? 救急救命機如きが……一体どこの――くぅっ!?」
当然、火星圏では知る人ぞ知る名門の卓越した操縦技術は、例えそれが切り貼りしたうろ覚えの物でも、伝え聞く武勇を刻まれた火星兵士からすれば驚異でしかなかった。
事前に特務大尉の秘匿された素性を調査済みである
かくして、見事にはまったその策略が、特務大尉の操縦技能を覚醒させるに至っていたのだ。
そうしてハイブリッドに鍛え上げられた名門の操縦技術は、隊長格の機体へさえ確実にダメージを与えて行く。
たかが救急救命機体と
『隊長、こちらルッチェ! 当機から2200の距離で、レジスタンス負傷者の機体を確認! バイタルはイエローを確認……救助に当たります!』
『こちらザニア! 敵の隊長格が、投降を提示して来ています! 拿捕しますか!?』
「ルッチェはそのまま救助に向かえ! 私が援護する! ザニアは投降の意思ある機体の、完全な無力化が確認出来るまで待て! 迂闊に飛び込まず、罠の恐れも考慮せよ!」
『『イエス、マム!』』
飛び交う通信は、紛う事無き武装機動兵装乗りのやり取り。
決して敵を侮らず、そして負傷者にさえ確実に手を差し伸べる姿は、救いの艦隊を支える機動兵装部隊そのものである。
妹の輝かしい活躍は、モニター越しで
「……不安が無いと言えば嘘になるだろう。だがな
『それでいい……シャーロット中尉。民の安寧のためとは言え、死地たる戦場へ武器を携え飛び込む家族を、案じぬ者など人ではない。その想いを背負っているからこそ、戦地へ赴く者は帰って来れる。貴官は、妹が無事に戻るための帰る場所となればいいのだ。』
後方の協力艦隊へ指示を出す雷の猛将も、
彼とて現在、胸中を吐露する姉中尉が誇る妹の、正式な傘下として動いている故に。
その身に宿る血統に従い、今を生きる
彼もまた、血統の大本となる先達の、起きるべくして起きた悲劇を胸に刻み越えて来た今を噛み締める。
が――
悲しき因果の
さらには抵抗するレジスタンス軍と、火星圏宇宙軍の戦況に起こる変化を、誰よりも理解し把握する男がモニター越しで口角を上げる。
機体上の行動限界時間も含めた、戦闘宙域の現状をあらかた確認した
「どこの状況も、大方俺の想定通りだ。一部計算狂いがあったとすれば、宇宙軍総大将が早々に奴らと接触を図った事だが……ならばこちらの計画を前倒しにするだけ。聞いているな、ラヴェニカ。」
『はい、隊長……私はいつも隊長のお側に。事は全て把握済みです。』
「いいだろう。ならば軽く、英雄とやらへ集中砲火の土産を置いて撤退する。フレスベルグに傭兵隊も含めた我が隊全ての兵を撤収だ。その後、あの捨て駒女官と合流の後、タイミングを図って飛ぶぞ?かの地へ。ああ――」
愛しさの常軌を逸する狩人も、その策の成功如何では隊長を失ってしまう現実を想像してか、心酔から来る情愛が猟奇的なまでに膨れ上がっていた。
そのやり取りの中、一つ重要点を思い出した漆黒が機体を舞う様に操りながら、一つのメッセージを内包した無人ドローンを宙域へと飛ばす。
それは何かしらの攻撃の意図があるものではない、正真正銘のメッセージボックスと言えるものだ。
「奴らが、これを信じるか否かは別だが……真意がどうであれ動かざるを得なくなるだろう。あの邪神とやらは、こちらへの手出しをしないと
「この事実を知ったとて、動ける者はこの火星圏には誰一人として存在するまい。どの道全て、クロノセイバー任せになる。ならば奴らが、この火星圏に迫る超巨大小惑星への対応にあたる隙を好機とし……俺達ザガー・カルツはマーズ・ウォー・アポカリプス率いる大師団を率いて、ソシャール アル・カンデ宙域へとクロノサーフィングを敢行する。」
メッセージに込められるは、滅亡を齎す超巨大小惑星飛来の報。
戦火を広げる暇など微塵もない、火星圏文明崩壊を示唆する最終警告である。
そして漆黒は言い放つ。
その情報を囮とし、肝心の
そう――
それは決戦の場となる
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