第241話 大自然の業、そして人の業
衛星ダイモス小ソシャール宙域にて。
破門から追放を経ての
周辺宙域へ手を伸ばしていた、火星政府軍の子飼いである部隊への奇襲が敢行され、ダイモス宙域の勢力図が塗り替えられ始めていた。
「よもや、あのアーガスが破門の身でありながら己を試すため戻った事で、部族の若衆に火が付くとは……。分からぬものですな、拳聖。」
「ふっ……。アーガスめ、とんでもない土産を持ち帰ったものだ。まさかこのバーゼラの民が再び、その拳へ義を翳して
バーゼラの民としては、今は無きマルス星王国の後ろ盾のない以上、民に
が――奇しくも戦狼が部族へ舞い戻ったタイミングで火星圏政府の魔手が伸びる事となり、そこへ新たなる決意と共に護りの盾として立った漢の姿を、多くの部族若衆は目撃してしまった。
彼らが一様に、かつては部族の一員として……そして人としてさえも落ちぶれた戦狼の見せた、武人が武人たる姿に見惚れたのは言うまでもない。
気が付けば
さらにはそれと同じ頃、マルス星王国の生き残りでもある王女生存の報が届く事となり、彼らはすでに水を得た魚同然であったのだ。
「かつて同胞として凌ぎを削った我らバーゼラは、すでに過去の物となった星王国の姿に絶望さえ覚えたモノだ。だが……生きていたのだな、かの国の血統に連なる王女殿下が。」
「しかしレジスタンスからの情報では、彼女は今その身を救い出した王国残党兵と共に、宇宙海賊を名乗り身を潜めつつ、政府軍の手から逃れていると聞きます。」
「致し方なかろう。あの火星圏の惨状では、例え全うな理由で組織を立ち上げたとて、見に覚えの無い罪状をでっち上げられた末、問答無用で潰されるのが関の山。そうしなければ、生き残る手段もなかったはずだ。」
火星圏地上を駆け巡った王女生存の報は、同時にそれが海賊と名乗り、反旗を
一見信じ難いそれらの情報が、火星圏政府を混乱させるための策として機能していた。
武の民が義を翳して故郷の守護に挑む中、そのキッカケを生んだ本人含む勢力も、ダイモス宙域から離れた
火星圏政府宇宙軍の、勢力拡大抑止に努めていた。
「ふむ……宇宙軍も、地上の混乱が影響して思う様に進軍できんと見えるのぅ。これならばしばし、我らも様子見と言う所でよかろう。」
「はいなのです〜〜。ただいまこの宙域は〜〜とても気概溢れる魂で満ちており、
皇室用高速艇で宙域勢力図を睨め付けるは、
そしてその護りを固めるは、言わずとしれた
「そういやミドー将軍さんよ。あっちのL1宙域じゃ、ユーテリス達のアンタレスニードルが動いてるんだったよな?」
『うん、そうだね。あちらもそろそろ、主だった同胞集結は見たはず。さらには後方より、クロノセイバー本体がこちらへ向かっているタイミングだ。つまりは、時が動き出す頃合いだね。』
すでに同胞らしい雰囲気でやり取りを交わす、調律騎士と戦狼の姿をモニターで見やる破天荒皇子。
その皇子もすでに予見している。
常に口元でユラユラと揺らめく扇子が閉じられ、双眸には皇王国の第一皇子としての厳しさがギラついていた。
数多の勢力が動き出すその時。
刻々と迫る、火星圏宙域に於ける大戦の瞬間を憂う様に。
》》》》
多くの勢力が火星圏へと集結する中、
それは、先に
「私の様な負け犬に、今さらどんな恥を晒させるつもりだ?
「口の聞き方に気を付けろ……と言いたい所だが、今はそちらの力添えが必要ゆえ大目に見るとするか。」
「……この私をコケにするか。存外に、
顔合わせは極めて最悪。
しかし漆黒からすれば、そんな事は予想範囲の些細な出来事。
直後、それを名言するかの行動に移る漆黒がそこにいた。
軟禁状態である悪意の女官にもそれは共有され、モニターの向こうから口角を上げた漆黒が詳細説明を続ける。
「アレを、火星地上から引き上げるには骨が折れた。何せ政府中枢の監視の只中だ……同志を入り込ませてようやく手にした、我らの切り札でもある。」
「……っ!? そうか……貴様らは最初から、あの火星圏の同胞共と
「勘違いするなよ?我らには我らの理念がある。その理念から余りにも遠くにいた奴らを切り捨てた……それだけだ。」
漆黒の言葉に同胞への裏切りと吐き捨てる女官へ、眉根を寄せつつも口角はそのままに、堕ちた聖者は理念に基づく行動であると切り返す。
そうして睨み合う事数秒。
本題から逸れたと、漆黒が続きを話し始めた。
「俺達は本体として戦火の中枢へと向かう故、あちらを指揮できる者を探していた。少なくともアレは、その指揮を担う者さえ存在すれば充分な戦果を得られる代物だ。」
「なに?バカな事を。指揮官一人いた所で、部隊として役に立つ訳が――」
「トランピア・エッジ……奴らが用いた、非人道無人殲滅兵装。奴らはあんなモノがビジネスになると思い込んでいたが、おめでたい事だ。火星の遺跡には、それを遥かに上回る古代文明の遺産が存在する。それがアレだ。」
漆黒の言葉へ盛大に疑問符を浮かべ、
だが直後、堕ちた聖者が何を言わんとしているかを、光学迷彩らしいモノで隠される巨大質量概要データで察し絶句する事となる。
「なっ……何だこれは!? こんなモノが。火星古代時代に存在していたとでも!?」
「そのデータを見れば、お前でも分かるだろう? データにある通りの代物……それこそが、火星の古代に存在し太陽系の文明に滅亡を呼ぶと恐れられた禁忌の中の禁忌。観測者の支配の及ばぬ、人類が生み出した悪業の集合体そのものだ。」
偽装により何もないと思われた空間にある物体は、総質量で言えばソシャールクラス――
そこへ超広域殲滅兵装となる超々集束火線砲とも言えるシステム群を備え、通常民の居住が考慮されているはずのスペースが、無尽蔵に簡易機動兵装を生み出す建造プラントして機能する。
単独で恒星間航行能力を有し、極めつけとなるシステム群をリンク共有する支援艦複数が、その宙域で合わせて秘匿されていた。
「火星超文明の戦神にして、ソシャール型恒星間航行 文明殲滅機動空母〈マーズ・ウォー・アポカリプス〉。人類が
「フランツィースカ・ボリスヴナ中佐へ移譲する。異論は認めないがな。」
明かされた世界を破滅に導く兵装を前に、漆黒は
悪意の女官が、己の復讐のためにそれを用いる予兆……狂気と殺戮に飢えた人類の業に支配されたその瞬間を。
人類が霊的なゲシュタルト崩壊を起こした時に襲う、地球の霊脈に於ける負の極地とされたオロチが支配していくその様を――
「準備には時間がかかる。お前には、あの空母のシステムの一つでもあるクロノサーフィング航行起動を任せる。ああ、お前が妙な真似が出来ぬよう簡易の拘束具が見張っているのを忘れるな?」
狂気へ堕ちて行く哀れな女官を一瞥した漆黒が、彼女をモニター越しで一瞥し
これより太陽系の命運を左右する重大な出来事を、自らの手で起こすために。
「俺達はフレスベルグを中心に、火星圏を適当にかき回してからこの宙域とおサラバする。クロノサーフィング航行はそのために置いておけ。我らサガー・カルツが狙う目標は別にある――」
「さあ
漆黒の嘲笑が今、
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