第240話 滅亡呼ぶ、巨大なる裁き来たりて



 漆黒ヒュビネット高次なる者リヴァハへ、真実を突きつける中。

 ドック接舷を見る禁忌の怪鳥フレスベルグ


 それを尻目に、トロヤ群の合間から見える宇宙そらを見据える二柱の影が、人智の及ばぬやり取りに終始していた。


「おいおい、あのやっこさん……俺達に任せる算段じゃなかったのか? まさか、あんなモンまで準備してたとはな。」


『認識一致。かの存在の判断、誤差の範囲で認める価値ありと見た。』


 浮遊岩礁に足を崩して腰掛けるは、狂気の拳マサカーが駆る悪魔の鉤爪デスブリンガー

 それに隣り合い、両腕部を組んで直立するは炎の巨躯不動が駆る仏門の化身鎧楼 炎魔


 しかしそのやり取りには、其処彼処へと紛れ込んでいた。


「おそらく太陽系外縁部を通過する際、オールトの雲を抜けるついでに、こちらへ飛来させる様仕組んだって所か。。やる事がエゲツねぇ。だが――」


「人類がアレをどうにか出来なければ、少なくとも?」


 彼らはモニターにさえ映らぬ、宇宙そらの彼方を見据え言葉を交わす。

 その先に忍び寄る、宇宙人そらびと社会最大の驚異を高次元感覚で感じ取りながら。


『残る希望は救世の部隊。それはそちらに任せるが吉。それよりも――』


 狂気の拳の言葉に対し、さしたる感情の変化も見せぬ炎の巨躯。

 それをさておく様に、モニターへ映し出される人類の傲慢が生み続ける事態にこそ、止めどなき憤怒を宿していた。


『傲慢、傲岸不遜。愚行にして蛮行……決して許すまじき浮世の惨事。。我、この事態にこそ有史以来の怒髪天ぞ。』


 モニターを占拠するは、地上と宇宙で起きたあらゆる争いに非道なる惨劇の一部始終。

 その果てる事なく積み上げられた、目を覆う惨劇を目撃した炎の巨躯は、無表情と思える面持ちから一転――それこそ、


 すると、その巨躯に当てられた様に仏門の化身鎧楼 炎魔本体へも変化が訪れる。

 能面の様な顔部分の、口元を覆うマスクが二つに分割するや、巨躯の感情を生き写しにした様な憤怒宿す姿へと変貌する。

 それこそ巨躯の口にした、仏門の悪鬼払う化身〈不動明王〉の如く。


「おうおう、気合入ってきたなあんたも。この仏門切っての悪即滅な存在へ、これほどの怒りを呼んだんだ……人類も相当の覚悟を以って挑まなけりゃならんぜ?」


 そんな憤怒の権化へ変貌した炎の巨躯を、無邪気な子供の様にあしらう狂気の拳。

 だが彼もまた、巨躯が目にした惨状に対する苛立ちを隠そうとはしなかった。


 やがて二つの人智を超えた存在は、漆黒の策の後詰めのために呼び出されるまで、ただ凄惨なる今を睨め付け怒気をばら撒き続けていた。


 それら意識が向かうは、火星圏宙域より数天文単位に位置する宙域。

 その深淵の闇へ、ポツンと浮かぶ物体へ注がれている。

 否――


 遥かな彼方より訪れるそれはただの物体ではない。

 実に時速数万kmに及ぶ速度で深淵を切り裂くは、巨大なる岩石。

 確認できる規模にして、鉱物系岩石と数多の物質を含む集合体。


 飛来するは……さらに災害防衛危険レベルで表すならば、特SSSクラスに達する太陽系の歴史上でも類を見ぬ危険なサイズ。


 仮に生命圏惑星へと激突すれば、恐るべき大災害が星を襲い、人類滅亡の引き金を引く事も容易な裁きの鉄槌。


 しかし狂気の拳は、

 言うなれば、それは大自然の業そのものであり、同時に高次元存在……それも異なる宇宙そらより訪れた者による計略である事を指していた。


 救世の使者達が因果に翻弄される中、その本体とも言える者が地球は英国近海へと歩を進めていた。

 さらにはそれと平行して、日本国近海でも星を包む程の結界の隙間を潜り襲来する、異形の者共があったのだ。


 奇しくもそこへ地球は日本、三神守護宗家の絡む因果。

 かつて双炎の大尉綾奈が、守護宗家の古き文献に存在すると漏らした恐るべき宇宙の意思。

 〉の勢力から訪れた、因果を揺るがす者こそ――



 漆黒革命隊ザガー・カルツへ与する、狂気の拳と炎の明王であったのだ。



》》》》



 救いの艦隊クロノセイバー漆黒革命部隊ザガー・カルツが因果のうねりへの向け突き進む中。

 救世の志士達助力を宣言する勢力が、火星圏宙域でいくつもの産声を上げていた。


「では私達新生アンタレス・ニードルは、ハーネスン・カベラール議長閣下を始めとした太陽系中央評議会よりの依頼に基づき、火星圏で今も戦い続ける火星地上は反政府抵抗組織レジスタンスへの人道的支援を――」


「さらには、この火星圏宙域ラグランジュ各点で劣勢となる同胞を集結させ、連合政府による圧政への対抗策とする! 各員、覚悟を決めよ! これは! 各々が生きて明日を迎える事を、アンタレスリーダー、ヨン・サよりの言葉とする!」


『『『『イエス、マム!!』』』』


 火星の恒星公転軌道に位置するラグランジュ宙域のうち、連合宇宙軍はL1・L2宙域へ大幅な支配拡大を進めていた。

 が、その宇宙と言う広大な版図を守るためには主力を割かねばならず、必然的に手薄となったそこへ火星地上の混乱に乗じた新生サソリ隊が猛撃。

 すでに得た大義名分と充分な戦力に押された結果、連合宇宙軍は大半の版図を明け渡す形となっていた。

 地上連合政府側を混乱に陥れた、マルス星王国生き残りの情報は、瞬く間に火星情勢をひっくり返す事に成功していたのだ。


 圧政に対し抗議を上げる権利を得た新生サソリ隊が、奪い返した宙域を拠点に同胞を集結させ、その一点であるラグランジュ1宙域トロヤ群岩礁地帯へ潜み態勢の再構築へと移っていた。


「航宙兵装空母の信濃しなのに、あたし達のシュトルム・ヴィントとヨンの虎徹 月光こてつ げっこう。そして、各所から集めた同胞へ提供した虎徹 一式各隊……壮観ね。」


「デイチェも、これほどの戦力が集まった事に驚愕した。いよいよあのサソリ隊が、再起を図る時が来たのかと。」


「はい〜〜。リューデも皆様の明日を開放するため〜〜頑張る所存なのです〜〜。」


 偽装岩礁群に重力アンカーで係留されたサソリの旗艦内、格納庫でサソリ隊となった元ザガー・カルツの砲撃手ユーテリスに、星霊姫ドールとしての今を歩みだした儚き君ブリュンヒルデ

 その二人をもはや家族として迎え入れるサソリ副官デイチェが、錚々そうそうたる兵装の顔ぶれを視界に入れ、歓喜に打ち震えていた。


 そこへ、一通りの決起演説を終えたアサシンシスターヨンが歩み寄り、かつての家族と新たに増えた愛おしき者達を一望し言葉を漏らす。


「私達はこれから、宙域に集う同胞の準備が整い次第進軍を開始するわ。今もアレッサ連合傘下にある小部族ソシャールでは、統治と言う名の武力支配が包み……それに従わぬ弱者が次々拘束されているらしい。」


「お嬢の言う通りです、新たな家族方。いえ……もうこの様な呼び方は不要ですね。ユーテリス嬢にリューデ嬢。」


「気にしなくていいわよ? 確かベクセン・ブロイズンだっけ。あんたは、あたし達が抜けた後の新参だとか。けど今は大切な同胞……共に連合支配に立ち向かおうじゃないの。それにしても――」


 初顔合わせとなった二人をおもんばかサソリ隊副隊長。

 双子の闇サソリジェミニ・アンタレスを欠き、解体を余儀なくされていた旧組織で、堅牢なる首魁ソウマを支えた手腕はすでに彼女達へも伝わっていた。

 そんな配慮もくすぐったいサソリの砲撃手ユーテリスだったが、すぐに険しき表情でアサシンシスターが漏らした言葉へ憤りを顕としていた。


「統治した小ソシャールで、反論あるものは弱者だろうと拘束? とても国家のやる事とは思えないわね。」


 今まで漆黒ヒュビネットの元動いていた彼女であったが、弱者をいたずらに巻き込まぬ形の、作戦内容に終始していたのを知り得ている。

 が、仮にも、その禁断のラインを軽々越え、暴虐の限りを尽くしていたのだ。


 彼女の言葉は、共にある者へ共感を呼ぶ事となり――

 その圧政へ反旗をひるがえす覚悟が一層研ぎ澄まされて行く。



 一方、火星圏内縁に当たる砦宙域アーレス・リングスでは、外縁からの部隊支援が届く事となる。

 その先陣を切るは、あの漆黒革命部隊ザガー・カルツより離反を図った銀髪の初老 スターチン・ハイマンと、その側近である若き新鋭 クジャレー・ネイビルである。


 銀髪の初老スターチンが艦長兼部隊長を与えられるは、太陽系中央評議会 防衛軍所属のクロノセイバー及び反政府組織レジスタンス支援 遠征機動兵装艦隊。

 側近たる若き新鋭クジャレーは、叩き上げ議長ハーネスンより直々に寄与された、汎用の最新鋭機動兵装に乗り込み追従する。


『諸々の状況を確認しました。すでにあの太陽系の救世者達は出撃を見た後……ですが、火星圏政府の横暴はとどまる所を知りません。どうか――』


『どうかこの、アーレス・リングス宙域に降りかかる死の絶望を払いし彼ら、救世の英雄隊を……どうか支援頂けたらと思います。』


「皆まで言わずとも想いは同じです、フォスト・バレリシアン代表殿。我らなど、今まで敵対していたにも拘らず、その生命に尊厳までもが守られたのだ。もはやあの部隊へどれほどの感謝を送っていいか分からぬ所。ならば彼らの背を、全力で守るもやぶさかではないとの出陣であります。」


 防衛艦隊所属の新型航宙巡洋艦〈スーパー・ハーケン〉を旗艦に頂く艦隊、そのブリッジで銀髪の初老と砦代表フォストが言葉を交わし合う。

 しかしそこへ、多くの問答など必要はなかった。


 言うに及ばず、救いの艦隊によって命を繋ぎ止められた者達であったから。


 互いの無事と健闘を祈る通信を終えて後、副官として便乗し、防衛軍艦隊出向及び監査の役目を与えられた、評議会軍部女性が確認を取る。

 男性を思わせる短く切りそろえたボーイッシュな頭髪と、大きくも凛々しく見開かれた双眸に色艶さえ滲ませる女官は、叩き上げ議長肝いりの防衛軍上位士官ルサルカ・ドル・ビアンテ大佐である。


「今回の、監視めいた付き添いにはご容赦願います。何分あなた方の今までの素性を考慮した、世間への対応とご理解下さい。」


「何を謝られる、ドル・ビアンテ大佐殿。むしろその程度の監視で、これほどの戦力を貸し出して下さった議長閣下には頭が上がりません。お気遣いは無用です。」


「そうですか……。ああ、でしたらこの任務の間は私の事をルサルカと呼称下さい。私もかしこまられるのが苦手で。」


 短い確認を終えた銀髪の初老が、双眸をモニター投影された火星へ向け、そこより彼らの新たな戦いの火蓋を切って落とす。


「ではこれより、評議会支援戦術艦隊〈スペース・ユニオン・ディフェンダーS・U・D〉はクロノセイバー及びレジスタンス支援とし、火星圏宙域に於ける政府軍侵略戦線へ赴く! そしてこれを追い出し、被害を受けたあらゆる弱者救済に当たる事とする! 全艦……進軍!!」


 叩き上げ議長による支援が、未来願い銃を取った者達の元へと気炎を上げ、堂々たる進軍を開始した。



 戦火舞う火星圏で今、命を尊ぶ志士達の想いが、新たな時代の風を呼び込み始めていたのだ。

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