第237話 交わる技、重なる二つの紅炎の意思



 揺らぐトライアングルへ自ら亀裂を生んだ炎陽の勇者は、さらにその手へ力を付けるべく己がパートナーの元へと踏み出した。


 言わずと知れた勇者のパートナー……地球、日本国は三神守護宗家の御家一家を継ぐはずであった者。

 いにしえより、有象無象の悪鬼霊災から国家を守護せしその巨大組織は、対魔討滅に於けるプロフェッショナル集団。

 時には負の念に浸蝕され、救いようがなくなった同胞へ引導を渡す事もいとわなかった者達――


 代価とも言える、命を刈り取り続けた暗部の業を背負ったのが彼女、神倶羅 綾奈かぐら あやなという女性である。


「言っておくけれど……この技を会得するためにここへ来たなら、挑みなさい。生と死の間で活路を見いだせねば、この技の餌食になるだけ。じゃあ……始めるわよ。」


 トレーニングルームの道場区画で相対する、炎陽の勇者と双炎の大尉綾奈

 勇者としても、ハナからその腹積もりと首肯を返していた。


 だが直後――

 炎陽の勇者が抱いた覚悟は、


 構える勇者が、意識を前へと向ける間さえも刈り取る襲撃。

 数m分の間合いの先にいた大尉が、電光石火の踏み込みでふところを脅かす。

 空を裂く攻撃は確実に、


「(……っなっ! これ――)」


 しかしそこは流石の天才格闘家。

 さらには赤き霊機ライジングサンで死線をくぐり抜けた経験が、舞う攻撃の危険を感じ取らせ、反射的にそれを払いつつ防御の構えへと移行する。

 だが、そんな防御などお見通しの如く身を反転させた双炎の大尉が、彼女の得意とする足刀蹴り……二段構えの襲撃で天才格闘家を圧倒する事となる。


 二撃目も辛うじて避けた勇者はその時恐怖を覚えていた。

 当然である。

 彼も出会った事のない、悪意を穿つ殺意の連撃はどれも、かわさねば命を奪われてもおかしくはない……否――


 、放たれた攻撃であったからだ。


「(今の一撃目は確実に頸動脈を狙って……いやそれどころか、! それに二撃目……ただ急所を狙うなんてもんじゃない、あの位置から足刀――)」


「……これが、綾奈あやなさんが背負って来た業の片鱗、って訳っすね。」


「どう?怖いでしょう? これこそがその片鱗よ。そしてそんな攻撃をよくぞ回避して見せたわ。あなたも、天才格闘家の名は伊達ではない様ね。」


 双炎の大尉は炎陽の勇者の想いへ答えるべく、相反する様な命を奪う技を繰り出した。

 すでに愛しき者と断じて止まない少年を、殺してしまうほどの殺気を乗せて。


 だがしかし、彼女も理解している。

 今の今まで、眼前の勇者と共に死線をくぐり抜けた身。

 故に彼が、その程度の攻撃など回避してみせると信じていたのだ。


 そして己の技を……守護宗家に生きる者が誰しも負う宿命を、彼は共に背負うと宣言したのだ。

 故にその技には、情愛さえも宿されていた。


 即ち――

 双炎の大尉がこれより進む過酷なる人生を、共に歩むと言葉にされたに等しかったのだ。


 少しの会話を終えるや、改めて距離を取り構え直す双炎の大尉。

 すでに言葉は要らぬと、繰り出される技の全てを身体へと叩き込んでいく炎陽の勇者。


 ともすれば、二人が殺し合っているかの錯覚を覚える殺気がトレーニングルームを包み、刹那か永遠か分からぬ立ち会いの時間が過ぎて行く。

 程なく――


「火星圏の戦禍中心部までは、まだ幾ばくか時間はあります。それまでに今見せた程度は会得して――」


 双炎の大尉が一端呼吸を置き、炎陽の勇者へ短くも予断許さぬ中での最終訓練過程を申し渡す。

 と、そんな彼女の言葉をさえぎる様に、大きく息を切らしていた勇者が呼吸を整え宣言した。


 全て決断の元、退、愛しき人となった存在へかけるべき言葉を……宣言した。


綾奈あやなさん、俺……これから綾奈あやなさんの重すぎる業を一緒に背負って行くっす! そして奴に……マサカー・ボーエッグに勝利して、それから進んでいくあなたのそばへ一生付き添うと誓う――」


綾奈あやなさんが好きっす! だからもう、その業を一人で背負わない様にして下さいっ!!」


「……全く。ロマンの欠片もないんだから、あなたは。でも……うん。ありがとう、いつきくん。私を選んでくれて。」


 それはあの戦狼と交わした様な、格闘家足る勇者らしい拳の誓い。

 不器用だろうと、彼なりの想いを伝える最高の手段。



 そしてトレーニングは、齎された因果の誓いで幕を下ろす事となる。



》》》》



 救いし者部隊クロノセイバーが再編成の後、火星圏中枢への出撃準備を終える。

 だがそれは今までにない部隊構成を以って挑む、渦巻く戦禍へ向けた進軍であった。


 進軍に当たり、部隊の総指揮を担う旗艦指令月読の宣言が、あらゆる通信回線を通して共にある者達へと告げられる。


「諸君らは、これより私……旗艦キャリバーン艦長にして部隊総指揮を取り持つ、月読 慶陽つくよみ けいようの言葉をしかと聞き止めよ! 我らはこれより、火星圏中枢の戦禍只中へと足を踏み入れるが――」

「先に襲った、連合政府子飼いの部隊との戦いを見ても分かる様に、場合によっては非人道的な、遭遇する事も考えられる! だがしかし、我らは国際救助の旗のもと、それらを断固として許すわけには行かない! その様な蛮行を目撃したならば、我らの全力を以って阻止するものとする!」


 すでに垣間見た人類の愚か極まる蛮行で、部隊に属するクルーの想いは一つにまとまりつつあった。

 仮にも力を有する者が、武器さえ持たぬ力無き者へ破壊の矛先を向けた。

 宿、火星圏政府より訪れたたった一人の軍人が引いたのだ。

 全てが未遂に終わったとて、その様な愚か極まる行為を許すクルーなど存在していなかった。


 彼らは救急救命と災害防衛に全てを懸ける、使


 モニターへ投影された旗艦指令を注視し、それぞれが覚悟をたぎらせて行く。

 両霊装機セロ・フレームを駆る四人を皮切りに、機動兵装乗りたる支援部隊の雄達が。

 次いで、禁忌の聖剣キャリバーンクルーを始めとした雷電部隊セイバーグロウに属する者達も。

 さらには今回、新たな護衛支援を任された、火星圏政府投降兵により組織される信頼同盟ヴェールヌイ部隊も並ぶ。


 彼らには旗艦とし、小ソシャール砦アーレス・リングス宙域で建造後運用予定であった航宙駆逐戦闘艦二艦が、雷電部隊セイバーグロウ旗艦である救いの旗艦同等の戦術兵装装備の上〈信頼なる艦ヴェールヌイ〉に〈革命の艦デカブリスト〉の艦名と共に与えられた。


 救いの旗艦艦長である救いの猛将俊英を代表とした、かつての地球は日本国が有していた艦名を継ぐ、暁型第六兵装艦隊への粋な配慮でもあった。


「なお……全体指揮は私からとするが、前線の戦況による分断で部隊が孤立した際、それぞれに配置された最上尉官の指示を仰ぐものとする! 最後に、前線での指揮を担当するサイガ少佐よりの言葉を以って締め括る!」


 やがて旗艦指令の宣言から英雄少佐クオンへと流れ着き、過酷なる戦禍へ向けた覚悟の発言を任される男がそこにいた。


月読つくよみ指令より、前線指揮を任されたサイガ少佐だ。正直オレが、この様な場所で発言する日が来ようとは夢にも思わなかった所。』


 英雄と呼ばれた男はかつて、身障者の奇跡と呼ばれΩオメガの因果に囚われた。

 程なく仕組まれた宇宙災害コズミックハザードで、友人を失ったと知った彼は、八年の歳月を引き篭もりと言う虚空の日々で無駄にしてしまう。


 だが――


『そんなオレでも、Ωオメガ……現ブルーライトニングは必要としてくれている。それを自在に操縦するため、あらゆる苦難も乗り越えた。けれどそれは、このクロノセイバー部隊クルーを始めとした、オレと言う存在を見捨てずに寄り添ってくれた、誇るべき仲間がいたからだ。』


 ジーナ・メレーデンの想いから始まり、部隊で彼を待ち続けたヤサカニ家当主である水奈迦みなかに、当時C・T・Oを纏めていた月読つくよみ

 それ以外にも多くの者に支えられ、部隊復帰を叶えた引き篭もり男はやがて、部隊戦力のかなめとなり――

 いつしか、英雄の再来と讃えられる事となる。


 辿った因果を噛みしめ語る、英雄少佐の言葉に誰もが聞き入る中。

 これより、数多の命を救い上げる使命帯びた、因果の救世主が高らかに宣言した。


『ならば、オレはもう独りじゃない。孤独に浸り、全てを背負い込む事なんてないんだ。だから今、通信を聞く全ての同胞達へと宣言する。これより、火星圏の戦禍で悲しみの声を上げる力なき民の、防衛救済作戦を開始する!』


『全軍、各々の駆る愛機へ火を入れろ! 命を無残に奪う不逞の輩へ、我らが救世の使者であると知らしめてやろう! そして……今も声を上げる、力なき民の元へ全速力で駆けるぞ! クロノセイバー艦隊……出撃っ!!』


 遂に、因果を断つためサイは投げられた。

 護衛に付く機動兵装が蒼き霊機ブルーライトニング赤き霊機ライジングサンを筆頭に、機関へ火を入れ宇宙そらを舞う。

 それに続けと、禁忌の旗艦キャリバーン雷電艦隊セイバーグロウ信頼同盟ヴェールヌイ部隊が次々進軍を開始した。


 それは火星圏砦宙域、太陽系標準時刻で6:00を指す時。

 奇しくも、禁忌の聖剣キャリバーンがコル・ブラントとして、最初に宇宙人の楽園アル・カンデより進宙した時と同時刻。

 正しく、恒星方向へ向けた


 そうして因果は流れ行き、火星圏の凄惨なる状況へと辿り着く。



 高次元から、観測者たる神格存在リリスが憂う面持ちで見守る中で、英雄達は安寧の明日を目指して邁進を始めた――

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