第236話 日常との決別……勇者が対魔討滅の拳を宿す時



 火星圏砦アーレス・リングス宙域での由々しき事態終息のなった頃。

 炎陽の勇者容態回復の吉報が、禁忌の聖剣キャリバーン艦内へと流れて行く。


 同時に解かれた警戒態勢の中、安堵を覚える旗艦クルー達に混じり、ブリッジの花達が一時的に任務を解かれ休息を言い渡されていた。


 それは彼女達が、あの悪意の女官フランツィースカに拘束された心身的疲労を和らげるための指示であった。


いつき君、もう目を覚ましたって! さっき、シャーロット中尉から直接聞いたわよ!?」


「そうねぇ。私達はいろいろあってお見舞いがまだな訳だけど。山積みな仕事も熟さないといけないし……。てなわけで――」


 休息のために訪れた旗艦内のカフェ施設。

 今まで張り詰めていた不安を少しでも解消せんと、ささやかなティータイムに漕ぎ着けたブリッジの花達。

 小麦色の曹長テューリー真面目系軍曹トレーシー少女な少年勇也恋する通信手翔子が丸テーブルを囲む。


 そこで曹長と軍曹が意味ありげに会話し、その視線を通信手へと投げていた。


「せ、せやかてウチもいろいろあんねんで? そんな職務放棄してたら流石に――」


「気にしないで、翔子。君の分はボクがやっておくから。」


「ゆーやちゃんまで!? いやでも、そんな……!」


 二人の意見に賛同する少女な少年の言葉で、一人テンパる恋する通信手。

 そんな少女の動揺にも問答無用と三人が首肯し、息を合わせた様な行動に移ろうとした。


 刹那――


「あ、お疲れっす皆さん。少しお話があるんで、ヴェシンカス軍曹を呼びに来たんすけど。」


 かかる声に度肝を抜かれたのはブリッジの花のウチ、通信手を除く三人であった。

 まさに彼女達は、今声をかけて来た炎陽の勇者の元へと、通信手を突撃させる算段であったからだ。


 そこへ当の突撃される的であった勇者が現れ、花達三人は一瞬言葉を失い、通信手は驚愕のあまり飛び上がる。


 だがそこにいた誰もが目撃したのは、つい先日まで高等学生らしい未熟さを残していたはずの格闘少年ではない……であった。


「……あの、ウチに用って。一体何があるん?」


 その雰囲気に当てられた、恋する通信手が自然と漏らした言葉で、花達も正気を取り戻すや固唾を呑んで見守る中。

 ただ真っ直ぐに、通信手の双眸を見据えた炎陽の勇者が口を開いた。


「お時間は取らせないっす。これから火星圏を目指すに当たり、ケジメを付ける必要があって。だからこうして、ヴェシンカス軍曹の……所へ赴いた次第っす。」


 軍曹呼びから名前呼びへ。

 その切り返しは、ブリッジの花達へ否応無しに状況を悟らせた。

 それは彼女達が薄々気付いている、

 訪れを察していたからこそ、彼女達は強引にでも通信手な少女と勇者を引き合わせんとしたのだ。


 だが無情にもその時が彼女達を包む事となる。

 分かりきった結果へ、悲壮感さえ浮かべて顔を見合わせたブリッジの花達だったが――


「ええよ、いつき君。ウチが呼ばれた言うんなら、ちゃんと聞かなアカンしな。」


 予想に反して響いた通信手の声は、すでに覚悟を決めた様に紡がれた。

 そうして炎陽の勇者に連れられ、カフェ施設から二人が姿を消して後。

 誰からとなしにテーブル席を立ち言葉を漏らしていた。


「いい?皆。翔子ちゃんがどんな状況に置かれても、私達は全力で支えるの。これは同じ家族としての当然の行動だからね?」


「分かってるわよ、トレーシー。つか、この手の話題であんたが音頭を取るとは思わなかったけどね。」


「うっさい。勇也ちゃんもいいわね?」


「当然だよ。翔子はボク達の大切な家族だ。けどこれから彼女が宣言されるのは、きっと彼女の人生最初の辛い岐路になる。なら、ボク達が支えてあげなきゃ。」


 ブリッジの花達も通信手の決意に当てられ首肯を交わし合う。



 親愛なる家族が、、必ず支える覚悟を宿しながら。



》》》》



 それは目覚めてすぐに脳裏へと、鮮明に刻まれた覚悟から来る行動だったのを覚えてる。


 自分が医務室のベッドでの無意識下に聞いた、深淵からの挑戦状。

 直後目覚めて、そこにいた今まで存在すら感じた事のない、強大なる意思よりの啓示。

 そして、さらに眠りに落ちたあとに訪れた観測者の遣いたる少女よりの言葉。


 それがたった一つの覚悟へと導かれていたんだ。


「自分が成すべき事。それと成すべき事の前に、通らなければならない試練。忘れるわけにはいかないぞ?俺。」


 考えるが早いか行動した俺は、個人端末からブリッジクルーメンツの現在集まる場所を確認し、そこにいるであろう人物への接触を図る。


 通らなければならない試練の対象である少女……翔子・ヴェシンカス軍曹との接触を。


 そして突き動かされる様に、彼女に宇宙そらの見える展望通路まで同行を願った俺は切り出す。

 彼女へ何を置いても伝えねばならない想いを。


「こんなところへ呼び出して申し訳ないっす。俺がこれから戦場へ赴く前に、翔子ちゃんへ伝えなければならない事があったんで。」


「あの……ええよ?ウチは。それで、伝えなアカン事って?」


 展望施設から視界の端へ宇宙そらを望む翔子ちゃんより、向けられる視線はすでに状況を悟ったもの。


 彼女は聡い子だ――

 これから告げられる、残酷な宣言をすでに理解している。

 当然だよな。

 彼女が俺に抱く想いの先には二つの障壁があったんだから。


 一人はアシュリーさん。

 もう一人は綾奈あやなさん――


 俺自身もそれを自覚したからこそ、彼女の抱く想いを理解している。

 しているからこそ有耶無耶になんてできない……しちゃいけないのを分かってる。


 少しの沈黙を挟み、一切の冗談を排した真摯なる態度で口を開く。

 彼女へ……


「俺はこれから、あの火星圏戦場の前線に赴かなければならないっす。けどその先、俺はとてつもない存在を相手にしなければいけない。それこそ。」


「うん。」


「そしてきっと、今の日常の延長上を生きる心持ちでは、決して勝利する事はできない。それは同時に、俺が背負う数多の命の命運が潰えるのと同義っす。」


「……うん……。」


 心が痛む。

 俺が言わんとする言葉を、遠回しに聞かされている様な翔子ちゃんの想いが、俺の心を斬り付ける。

 きっと人間は、こんな想いをいくつも乗り越えて手を取り合い、前へと進んで行くのだとまさに今学んでいる。


 けど――

 その積み重ねた経験無くしては、人間は強くある事はできない。

 だからこそ、その覚悟を彼女へと伝えなければならないんだ。


「だから俺は、あのアーデルハイド・ライジングサンが持つ無限の可能性を引き出すため、最後の試練に挑もうと思ってるっす。だけどそれは、――」

「それを踏まえて、俺の言葉を聞いて欲しいっす。俺は――。」


 遠く、そしてすぐそばにある巨大な深淵を尻目に俺は言葉を放つ。

 宣言を耳にした眼前の乙女が、せめてもの笑顔と……そして歯噛みする様に耐えながら溢れさせた涙を目撃した。


 伝えるべき事を伝えた俺は、後を追って通路先で聞き耳を立てるブリッジクルーへ彼女を任せ、挑むべき試練の場へと足を向けた。



 程なく響いた、はちきれんばかりに響く悲しみの嗚咽を耳にしながら――




 通信を聞いた彼女はすぐに応えてくれた。

 そしていつものトレーニングルームで待つとだけ返される。

 その道すがらもう一人、俺へと親愛を寄せる人物と遭遇した。


 しかしそちらは、すでに決別を終えた面持ちだったのだけど。


「あんた、わね……。まあでも、それはあの子も覚悟の上での、好いた惚れただったんでしょうけど。」


 俺は言葉も無い。

 翔子ちゃんの嗚咽を耳へと刻んだ今の自分では、アシュリーさんへ返す言葉なんて見つからなない。


 そんな俺の状況を悟る彼女はやはり、俺よりも達観していた。

 人生経験も遥かに重ねた視線で、歩み近付く彼女に肩をすっと引き寄せられた。


「……んっ。今の私もこれがケジメ。私には残念な事に、。だから。」


 もう全てを悟る彼女は、頬へ軽い口付けを残すや肩を押す。

 俺が行かなければならない、過酷極まる戦場へのエールを送りながら。


 二人の想いを胸に刻み、トレーニングルームへと入室する俺を待つは上官。

 閉じた双眸で腕組み、ルーム壁にもたれ掛かる彼女はそのまま言葉を紡いだ。


「こんな日が来るとは思ってたわ。二人には正直心が痛む限り。けど……相手が相手――これまでの様では、立ち行かないのを私も分かってる。」


 憂い乗せた言葉と共に、静かに開いたその瞳は――

 俺も見た事のない、地球・三神守護宗家はヤタ家当主候補筆頭だった、神倶羅 綾奈かぐら あやなのものだった。


「すんません、綾奈あやなさん。けど、あいつを……マサカーを越えるためには今のままじゃダメなんです。そして、俺はある人からクオンさんを支える様に言われました。だから――」

「ライジングサンの能力を最大に引き出すために、綾奈あやなさんの持つ戦い方を教わるためにお呼びしたっす。あなたの、……!」


 綾奈あやなさんの戦い方を知る。

 それはライジングサンによる戦いに於いて、彼女とのシンクロを最高にまで高める唯一の方法。


 そしてそれこそが、今までの日常を越え、非日常にして超常の世界へ足を踏み入れる事実だった。


「……分かったわ。ならばこれよりの訓練は、私の宗家式……対魔討滅に於ける。行くわよ?」


 彼女の移り変わる視線と言葉が、かつて巨大なる霊災も相手取ったと言われるものへと変貌した。

 真の武とは、頂きに立てる。

 知った愚かさ……命を奪うか否かの紙一重を極める事こそ、武の真髄にして境地。


 直後、俺へと向けられたのは――



 綾奈あやなさんが真の悪業あくごうを穿つため放つ、恐るべき殺意の本流だった。

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