第235話 炎陽、神なる存在の意思受けし者



 重く伸し掛かるもや

 身体があるのかないのか分からない、無意識の世界。

 何故か俺は、それが普通の状態ではないと理解していた。


 これまでさんざん宇宙そらと重なる力を行使して来たんだ……そこが宇宙そらの領域のほんの一部である事も容易に想像できた。


『てめぇ……なかなかやりやがるじゃねぇか。ククッ、こりゃ一気に恒星レベルも格上げだな。』


 その意識領域とも言える世界へ、いつぞやの聞いた声が木霊した。

 けどそこへ特別驚く事もない。


 あいつは……マサカー・ボーエッグは、自ら己が宇宙そらの意思の一つだと宣言したから。


「……まだあんたには届かねぇよ。けど待ってろ……俺はあんたの所まで昇り詰めて見せる。あんたを倒すのは俺だ、マサカー・ボーエッグ。」


『いいぜ、いいぜ……! そうこなくっちゃな! 俺は宇宙そらの深淵の意思……どこへ行こうと逃げられはしない。だがテメェは、絶対逃げねぇのを知ってる。待っててやるぜ、炎陽の勇者 紅円寺 斎こうえんじ いつきとライジングサン!』


 僅かなやり取りの後、急にもやが晴れたと思ったら真っ白な光に目を細める事となる。

 それが病室の灯だと察するのには、時間がかかったんだけど。


「……深淵と接触しておったのか?お主。」


「えっ……?」


 そんな病室で目を覚ました俺の聴覚へ響く声。

 けど聞き慣れたあの監督官の声なのに、纏う空気が全く異質だった事でその正体が掴めずにいた。


「案ずるな、辿。少なくともクオンは、わらわの事を知っている。いや? この低次元界で、正しくわらわと相対する事が叶うのはクオンだけと言っておこうかの。」


「あんた……リヴ嬢じゃないのか? それにフォースレイアーやクオンさんを知ってるって事は……――」


 きっとその口調は無礼にあたるのだろう。

 だけど何も知らない俺は、そんな風に答えるのが精一杯だったのを覚えてる。


 今目の前で足を組み、丸椅子にちょこんと座す存在がいと神々しく感じたから。


わらわと接する事が叶うは即ち、時の歯車としての使命を帯びたゆえじゃ。よくぞあの人類の業が齎した戦況を、たった一人で切り抜けたの……。それがわらわの顕現するに足る理由ぞ――」


「覚えておくがよい。わらわはリヴァハ・ロードレス・シャンティアー……世界を動かす救世の使者の前にのみ現れる事叶う神格存在バシャールじゃ。」


 神々しき少女は胸前で腕を組んで座し、俺へ向けて語りかけて来る。

 けど俺はそこへ言葉を返せなかった。

 監督官の見かけなど吹き飛ぶ、神々しさ宿す強大な霊的意思を前にし、ただ思考を制御する事で必死だった。


 その俺へと小さな神格存在バシャールが告げて来る。

 これより俺が背負う使命の全容を……そしてそれはすでに再起を果たした英雄が、今も背負って宇宙そらを駆けていると言う事実を。


「事はこの火星圏宙域だけではない、あの母なる地球を含めた太陽系全土を巻き込んでおる。恐るべき量の業が、勢い増して浸蝕する様に。もはやそれを放置できる猶予などはない。分かるか?」


「今その全てを背負っているクオン・サイガだけでは、もはや事の桁が外れすぎて手に負えぬところまで来た。じゃからこそ、。」


 そして――

 神々しき存在は俺の額へと手を当てた。

 つたないはずのその手に、それこそ宇宙そらのあらゆるエネルギーが凝縮した様に感じられた刹那。


「目覚めよ、使。お主ならば、あのクオンの背を守るに足る器がある。お主以外に、孤独の中で戦うあの英雄の助けになれる者は存在しない。わらわからの頼みじゃ――」


「あの恐るべき業に一人で立ち向かう英雄へ、その有り余る勇気と情熱を貸してやってくれ……。どうか、この通りじゃ……。」


 聞き取れたのはそこまで。

 手が触れた所から、魂さえも包む様な膨大な力を感じた俺は、再び意識を飛ばしてしまう。



 その後、元の天真爛漫に戻ったリヴ嬢が、わんわん泣きながら心配してくれるその時まで。



》》》》



 炎陽の勇者が、深淵と神格存在バシャールという両極端な宇宙そらの意思と対峙した僅か後。

 再び眠りに落ちた所から目覚めた彼のそばでは、安堵のあまりに泣き崩れる、監督官嬢リヴの姿が目に飛び込んだ。


いつき様、よくぞお目覚めに! 先にクオン様があの様な瀕死の重症を負った後……勇者様までがこの様な状態になり、私は職務も忘れて恐怖してしまいましたのです! 良かった……本当に良かった!」


「はは……そうっすよね。クオンさんと二人して、度々医務室のベッドのお世話になるとか……。ご迷惑をおかけしたっす、リヴ様。ご覧の通り俺は元気です。」


 ぐしゃぐしゃに涙で顔を歪める、小さき神格存在バシャールよりのメッセンジャーへ労りを送る。

 同時に勇者は、その存在がなに故この禁忌の聖剣キャリバーンへ同艦しているかの本質へと至る事となった。


 彼女が神格存在バシャールを降臨させる依り代である事実――

 それは宇宙と重なりし者フォースレイアーでなければ、悟る事のできぬ事象であるからだ。


 しかし、朧げな意識で覚えている神々しき君とは比べるまでもなく、はかな星霊姫ドールである少女は壊れそうなほどに小さかった。

 その少女を労る様に撫で上げる炎陽の勇者は、今まで残していた学生である雰囲気を霧散させた様に、神がかる少女とその背後にいる存在からの言葉を反復していた。


「俺が、救世の使者。俺が……クオンさんの背を守るに相応しき者……。」


「……?斎様? どうかなされましたか? あ、もしやあの御方が――」


「っと、すんませんリヴ様。それに、その反応が帰って来る所からして……リヴ様はご自分の立ち位置を把握されてるっすか?」


 枯れるほど煌めきを零し落ち着いた監督官嬢は、己を見やりつつも遥か遠くを見定める勇者の思う所を感じ取る。

 そのままかけた問いへ、問いで返してくる勇者へ微笑を送り――


 彼女の持ちうる情報でも、資格を有した者にしか提示されぬお言葉を語り始めた。


「はい、いつき様が今推測した通りなのです。これはいつき様が、高次元存在に認められた方である故にお話出来る他言無用の情報と、肝にお命じ下さいです。私達星霊姫ドールは、一部の国家権力者方のみ情報を共有する、観測者に仕えし巫女の様な扱いですが――」


「その実は、言葉を受け取るだけではない……。恐らく大半の人類にとっては理解の外であろう詳細も、地球は日本国の血脈たるあなた様なら、ご理解も早いかと思われます。」


「日本国……らしいっすね。俺の血脈はその日本国由来と、お袋にも聞いてます。て事は、リヴ様が語る内容は、差し詰め日本国に伝わる日本神話に由来する所もあると?」


「ご明察なのです。いつき様は武力面だけでなく、知識面に於いても明るいお方なのですね。」


 医務室で行われるやり取りはどこか荘厳で、先に神格存在バシャールが降臨した時から劣るも隅々まで柔らかな神聖さを行き渡らせる。

 不思議とその間、そこへ訪れる者は皆無であり、彼の容態経過を見守っていた救いの姉中尉シャムさえも足を運ばぬ状況。


 そこには間違いなく、神代の何かしらが働きかけていた。


 荘厳にして洗われる様な空間の中、監督官嬢のつたない言葉遣いだけが勇者の聴覚を振動させる。

 まるで語る啓示の一部始終を、決して聞き漏らすなと言わんばかりに。


「日本国に伝わる八百万やおよろずの神々は、自然に人間を含めた森羅万象に神が宿るという、かの大地でも類まれなる信仰形態を取る国なのです。が、それはいにしえの観測者になぞらえる者達を言い表すには、最も最適の表現――」


「いえ……。そして私達星霊姫ドールは、その神話で言う付喪神がベースとなる本質を持ち、そんな私達を経由し神格存在たる御方がこの身へ降臨されるのです。」


 語られる大宇宙の真相は、ただの人類が耳にしたとて到底理解の及ぶものではない。

 だが炎陽の勇者は直前に体験した所である。

 監督官嬢が口にした、彼女を依り代にして降臨する神格存在が己へと語りかけて来る現実を。


 そこで少年は理解する。

 理解に至ってしまう。

 彼はかつて、強き者との遭遇と戦いの悦楽を求めて宇宙そらへ上がり、そこで生命の熾烈なる現実を目の当たりにした。

 さらにはその彼へ、観測者になぞらえる存在が接触を図っての今である。


 己が踏み込んだのは、今までの日常の延長など凌駕する超常の次元への扉であると。


 眼前の、小さくも観測者より遣わされた少女を前にし双眸が引き締まる。

 炎陽の勇者が今、勇者としての新たなる段階へと一歩を踏み出す。


「監督官……いえ、観測者より遣わされし星霊姫ドール リヴ・ロシャ様。ようやく俺は、俺が成さねばならないモノを見つけた気がしてます。今の話も、クオンさんは別として、然るべき立場の方以外には他言無用を約束します。」


 そして――

 決意を双眸と共に観測者の遣いへと送った炎陽の勇者は、身を横たえた安らぎの園から立ち上がる。


 そのまま遣いへの一礼を送ると、己が成さねばならぬ事を成すため病室を後にした。


「これでよろしかったですか?リリス様……。」


 己と勇者のやり取りを、高次元で見やる高位なる存在へ、双眸を閉じ経過を告げる観測者の遣いに見送られながら。

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