題234話 部隊再編、火星圏戦禍を穿つ者達



 蒼き奇跡の再来は、部隊へ想像を遥かに上回る士気上昇を生む事となる。

 それ以前に、赤き霊機ライジングサンの一騎当千が関わっていた事は言うに及ばずであり、救いし者部隊クロノセイバーは蒼と赤の禁忌がいてこそとの確たる証を見せ付けた。


 砦ソシャールアーレス・リングス宙域での警戒態勢は、敵戦力であった各有人機動兵装に加えた無人機動兵装の無力化確認を終えるまで続いた。

 そんな中でたった一人、数多の命を背負い戦い続けた勇者は意識を喪失したまま、医療の砦治療室へ寝かされる。


 そこで代わる代わる訪れる、部隊を構成する生活部門のクルーの見舞いを受けながら。


「では、いつき君が目を覚ましたらこれを。」


「ああ、分かったからもう出ていかないか。先ほどから、何人の見舞いが訪れたと思ってる?」


「ま、まあまあ姉さま落ち着いて。今回の彼の活躍に、一言お礼を言いたいと願うクルーは数知れず。少しくらいは大目に見ましょう。」


「く……クリシャ、お前(汗)。、随分大きく出たな。」


「なんでそうなるんですか、姉さま(汗)。」


 医療の砦内医療室で、炎陽の勇者の容態経過を観察する救いの姉シャムは、次々押し寄せる少年への見舞い対応に勤しんでいた。

 先に投降の意思を示した連合軍捕虜にも、少なからず負傷者が確認され……覚醒の軍曹アレット幼女神ピチカがそちらを受け持つ間の担当。


 だが彼女も、まるで勇者の付き人の扱いで頼られる今に嘆息も辞さなかった。


 そこへさらなる見舞いの訪問者が訪れる。

 が、目にした姿で救いの姉も気持ちを切り替え対応する事とした。


「五体満足でなによりだ。全く……この勇者の成長度合いには、つくづく驚かされる。」


「おう、何だ工藤中尉もこの少年の見舞いか? だが生憎だ……私はこいつの付き添いでもなんでもないぞ?」


「姉さま、いつまでそれを引っ張っているんですか……(汗)。」


 切り替えるも悪態はそのままな状況で、まさかの妹がそれをなだめる空気を生んでしまう。

 しかしその光景をも、微笑ましく見やる救いの猛将俊英がそこにいた。


「ふっ……成長したのは勇者だけではない様だな。あの英雄もそうだが、そこに関わる者皆が、私でも目を剥く躍進を遂げている。ならば我が救急救命部隊の、今後に於ける再編案も譲歩せざるを得ぬか……。」


 姉妹のやり取りを見やった猛将は双眸を閉じ、遠く故郷の蒼き大地を思考へ浮かべ、すでに旗艦指令月読より提示された件への返答を準備する。

 そこに関わる姉妹も、意味深な猛将へと向き直り続く言葉を待つ事とした。


 そして――


「シャム・シャーロット中尉。貴君は私……工藤 俊英くどう しゅんえいと共に今後、クリシャ・ウォーロック特務大尉の正式な配下として動く事が決定した。なお、今後我らは月読つくよみ指令より提示された部隊再編案に則り、正規運用となる武装救助隊〈セイバーグロウ〉としての新たな道を行く事となる。」


 すでに概要を、英雄少佐クオンから告げられていた特務大尉クリシャは双眸をキリリと引き締め――

 狼狽うろたええる素振りも見せぬ妹へ、期待と不安を覗かせながらも続く姉が覚悟を宿す。


 これより彼らは、火星圏で荒ぶる戦禍のど真ん中へと突入する。

 そこは如何に国際救助の旗を掲げようと、それさえ砲火で焼く理不尽なる人類の業が渦巻いているのを理解しているから。


 命を救う救急救命隊を、自らの手で守る自衛部隊……〈宇宙特殊自衛小隊スペース・セルフ・ディフェンサー〉配備へ向けた運命の一歩である。

 故に猛将は遥か故郷を思い描いていたのだ。


 彼は暁登る東洋の島国を守りし、かつての帝国海軍中佐の血脈に連なる者。

 そして時は流れ、帝国の守りの要は自衛隊と名を変え、あらゆる弱者のためにその身を懸けて奔走している。


 猛将工藤 俊英くどう しゅんえいは望まぬ戦禍の中、奇しくもその歴史と同じ因果へと踏み込んだ。



 心に受け継がれし〈海の武士道〉を体現した、己が先祖の刻んだ伝説と誓いを胸に秘めて。



》》》》



 ブルーライトニング改修がなったと思ったら、今度はライジングサン改修が始まる大格納庫。

 けれど先に、惨めにも軟禁され部隊の役に立つどころかお荷物となってしまった整備チームの、怒涛の整備ローテーションにかかれば造作もない事だった。


 マケディ軍曹のみならず、マツダ顧問に加えブリッジよりディスケス准尉が駆け付けてのオールスタッフ揃い踏み。

 ならばと全てを、彼らの熱意に任せる事とした。


 一方のオレはと言えば、奪還の叶った旗艦指令室での協議中。

 言わずと知れた、捕虜となった元火星圏連合兵……正確には、連合へ組み込まれた露軍よりの投降兵扱いについてを話し合う。


「すでにザガー・カルツより離反したアーガス・ファーマーを皮切りに、多くの敵対していた者を人道的配慮の上で協力を要請して来た訳だが……。彼ら元露軍兵には少し違う憂慮を、と言う訳だな?クオン。」


 アーレス・リングス局長バレリシアン殿に、新たに協力態勢を取るグラジオス准将を旗艦へと招き、現時点では捕虜として対応している露軍を纏めていた部隊長と居並んだ。

 そこに漂う空気感は、まるで最初から仲間であった様な錯覚さえ覚える。


 彼らが紛う事なく、オレ達と変わらぬ人類である証だった。


「はい、オレも彼らへ約束した手前、何をおいても早急に対処すべき事案と参じた次第です。彼らの意思は、あの露軍の女官による不理不尽な支配で捻じ曲げられていたのが現実であり――」


「彼らが守るべきは弱者……今を平和に生きる、罪なき民である事はすでに確認済みです。その意思に偽りは無いものと判断しています。」


 しかし現実問題、オレ達と共に歩もうとする者がいる一方、オレの致命的な判断の誤りで敵対させてしまった家族の例もある。

 当然それを知る月読つくよみ指令は、オレの意見をおいそれと受理できる状況にはなかった。


 なかったが――指令は決断した。

 あのユミークルと名乗った元家族が地球出生であったと同じ様に、今ここに集う代表含めた露軍兵も地球出生。

 その先にある我らの大願とも言える、、地上の多くの民と手を取り戦禍を鎮めるのは願ってもない好機。


 脳裏にそれが掠めたからこそ、決断したんだ。


「まあ、いい。君の意見を前向きに検討するとしよう。どの道君が提示した条件に、グラジオス准将監視付きとの注釈もある。中央評議会は兎も角、皇王国に対しては彼の監視の目がある事で道理も通せるだろう。」

「投降した兵方も暫くは窮屈だろうが、それで我慢願いたい所だ。と……まだ貴官の名を聞いていないな。」


「ほ、捕虜となった自分に名を名乗る機会を与えて頂けるとは……。自分は、火星圏連合は航宙空母 ヴェールヌイで副艦長を努めておりました、ロフチェンコ・オプチャリスカ大尉であります。現在ありえない程の待遇を受ける、露軍投降兵を代表させて頂いております。」


 投降兵である彼はロフチェンコと名乗った。

 地上は欧州北方出生らしい白い肌と、緩いウェーブの赤毛混じりのブラウンヘアーを揺らす。

 よくみるとまだ若さが残る感じで、オレと同世代辺りと察した。


 また一人、歪んだ戦禍から這い出し明日を目指して立ち上がる同志が、オレの前で凛々しく敬礼を成す。

 力無き弱者の盾となり、剣となりてこの宇宙そらを駆け抜けるために。


 すると、その状況に感銘を受けた者が声を上げる。

 黙して静観していたフォスト・バレリシアン局長殿だ。


「お話は聞かせて頂きました。我らは銃を向けられ、命の危機の中で人生の取捨選択を迫られた身。しかしながら、、争いを回避出来る事も今この目で見届けた所です。」


「なれば我らアーレス・リングスは、救世の部隊と共に立ち上がらんとする地球の同胞方への全面協力も辞さぬ所。彼らの武装支援はお任せ下さい。」


 上がる声は同志の宣言。

 この太陽系に渦巻く戦禍を望まぬ者としての、只ならなぬ覚悟がオレ達の心を震わせる。


「ああ、話はすんだ様だねぇ。では彼ら同胞を、どう呼称すればいいかい? いつまでも捕虜や元連合軍では、彼らの誇りも何もないだろう。」


 全てが恙無つつがなく進んだ頃合を見計らい、グラジオス准将が告げて来る。

 最もな意見と苦笑しながら、敢えてオレがそれを宣言する事とした。


「彼らには、彼ら祖国の言葉で信頼に足るとの言葉を送った所。故にそれを踏まえた彼らは、クロノセイバー別働隊となる〈ヴェールヌイ隊〉の名を翳し、国際救助に於ける協力を要請したいと思っています。」


 オレが発した名に、感極まるオプチャリスカ大尉。

 彼へと首肯を返し、「依存は?」と准将へ返せばニヤリとのしたり顔で応えられた。


 我らは、国も、言語も、人種の壁さえも超越した国際救助の旗印を掲げる者だ。



 その覚悟を胸に、部隊再編の本題へと入って行く事となった。

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