第230話 炎に焼かれた蒼き鳥は、その翼へ奇跡を宿す



 機体大改修開始から、ようやく先が見え始めた頃。

 全体の大詰めとなる最終調整段階に移っていた。


 実質この調整は後詰めでもよかったが、これだけの事態……最終的にザガー・カルツとぶつかる事を想定し、それを踏まえたプランに基づく大型換装をと画策しての今だった。


 自身はといえば、生体ナノマシンによる治癒が良好で、すでに立って歩くのにも支障はなかったが――

 改修施設へ赴いたオレの視界の端で、殿無理はしない事とした。


「私、ホントにクリシャさんがローナさんに見えてきました。」


「全くだ。だがローナでも、? そこは確実に、シャーロット中尉のスパルタの賜物だな。」


 ウォーロック特務大尉の監視を、苦笑しながら見やるオレとジーナ。

 成長著しくも、同調する。


 そんなオレ達へ、改修担当であるマツダ顧問が言葉を投げる。

 すでに準備した大型換装プラン開始の是非が、彼の口から放たれた。


「サイガ少佐。あら方の機体改修も完了し、少佐発案の大型兵装換装に取り掛かろうと思うのですが――」


 顧問もそれが待ち遠しいのか、急く様に言葉を詰めて来る。

 が、直後――


 オレとジーナの思考へ、突如走る稲妻の様な感覚が突き刺さった。


「……ジーナ、君も感じたな?」


「はい、確かに! 今のはいつき君の霊的高次共振……けど――」


 体験上このフォースレイアーの霊的高次共振には、物理的な距離はさほど影響がないとの推論を、いつき綾奈あやなへと伝えてある。

 それは万一通信が出来ぬ状況に置かれた際の、切り札としての伝達でもあった。


 通信が出来ぬ状況の意思伝達手段を用い、勇者がオレ達へと伝えて来た。

 「宙域へ火星大艦隊襲来。部隊投降も旗艦接収……後に、主要クルーが拿捕された」と。


 だが問題はそれだけではない。

 ジーナもそれが伝わったからこそ、己の悲劇が蘇ったかの悲壮感を双眸に宿している。

 その言葉を口にする事もはばかられる……オレはあいつから――聞いた事があった。


「火星圏政府が大艦隊で……その上奴らはクロノセイバーの投降解体を宣告した? それに……それに今まさに、!?」


 歯噛みした口元に血が滲みそうになるのを感じた。

 仮にも軍を背負う者が、無抵抗な弱者へ向けて核の矛先を向ける。

 それは人類が決して犯してはならない禁忌。


 オレの魂が激しい憤怒に包まれた。


 弾かれる様にオレは特務大尉とマツダ顧問へ咆哮を上げ、機体最終換装の中断を指示し、そのままジーナへも首肯にて合図した。


「ウォーロック特務大尉、緊急事態だ……部隊及び小ソシャールが危険に晒されている! 相手は火星圏連合の大艦隊だっ!」


「なっ……そんな通信は――そうか! 少佐方はフォースレイアーの意識共鳴で……了解しました! 我らセイバーグロウも直ちに向かいますので、先行して下さい!」


「後詰は任せる! マツダ顧問、ブルーライトニング緊急出撃だ……全整備員を退避願う!」


「心得ました! 各員聞こえたな! 増設は中止、ブルーライトニングを緊急出撃させる!」


 事態は極めて危機敵状況と察した。

 いつきが意識共鳴で事を伝えた時点でもそれは明らか。

 つまりは、一刻の猶予も許されない非常事態だったんだ。


 全ての作業を中断し退避する整備員へ、今までの労力へ報いる様に敬礼を送り、駆ける足で機体コックピットへ滑り込む。

 直様ジーナからも、エクセルテグよりの通信が入る。


『クオンさん、いつでも準備は出来てます! これからが私達の本領発揮ですね!』


「ああ、その通りだ! これからは、この禁忌と呼ばれた機体を操る事となる! Ωオメガフレーム・ブルーライトニング……現時点を以って新たなコード名を冠する―― !」


 ――ブルーライトニング スピリットR――


 それがこれより、Ωオメガにつけられる名。

 Ω、新たなる段階ステージへと昇華した蒼き閃光。

 さあ、体現するぞ――



 炎の中より蘇る……不死鳥フェニックスの如き復活劇を!



》》》》



 核熱弾頭の悲劇が、爆熱した炎陽の撒く憤怒で次々穿たれて行く。

 それはむしろ、核の惨禍を望み、撃ち放った者からすれば悪夢であった。


「……何だ、あの機体は……!? あれだけの核熱弾頭を、たった一機で全て撃墜など……おのれぇぇ!!」


 悪意の女官フランツィースカ航宙空母ヴェールヌイブリッジで咆哮する。

 彼女にとって、その悪夢は二度目であったから。

 かつて反旗を翻し、徒党を組んだ革命志士――アンタレス・ニードルの心ある女性達によって、己が用立てた全てを屠られた彼女。


 面目もプライドも、この宇宙そらで尽く引き裂かれた彼女は、正気を失った様なさらなる暴挙に出た。


「核熱弾頭、次弾装填はまだかっ!」


『こちらブレイジス型一番艦、只今装填を急がせており――』


「急げ!あの赤い型付きを黙らせるには、それしかない! さっさと準備して、第二波をすぐにでも撃ち放て! !!」


 血走る女官は、すでに弱者の命など欠片も考慮していなかった。

 あるのは己の引き裂かれたプライドと、脳髄に染み込んだ


「ちいぃ! あの女官が、次弾を準備し終えるまで時間を稼ぐ……各隊続けっ!」


『『イエス・サーっ!』』


 女官の存在は兎も角、攻撃そのものには賛同を示す元トランピア・エッジの残党。

 数にして十数機のエリート機は、一機の地球上がりが統べていた。

 すでにメンフィス・ザリッドを失った彼は、残す部隊員もろとも火星圏連合の傘下へと下り、もはや政府お付きの飼い犬と成り下がる。

 その彼らからしても、核熱反応弾頭と言う虎の子は、唯一沽券を維持する切り札でもあったのだ。


 敵方エリート機が気炎を吐き、戦神惑星の騎兵マーズ・ブレイズが対敵戦略兵装の弾幕を一斉にバラ撒いた。

 程なく実体弾の襲撃と光学兵装の線条が宙域を包む。

 その目標とされた、赤き巨人へと叩き付ける様に。


 それを交わし、薙ぎ、弾き飛ばし……巨人はその宙域から微動だにしない。

 デッドラインとしたそこが、決して破られる事なき様、魂の全てを懸けて守り抜く。


 後方で展開する超広域に渡る重力障壁は、その総出力で言えば機体運用に必要なレベルを遥かに凌駕する。

 その障壁が出力低下で揺らぎ、後方の守りへ陰りが生まれるや、炎陽の勇者は


 、エリート機の猛攻を耐え始めた。


「……負けられない、倒れる事なんて許されない! 俺はここで皆を守り切る……それがクオンさんから学んだ救急救命の真髄――」


ーーーーーーーーっっ!!!」


 魂爆ぜる炎陽の勇者

 爆熱の紅炎プロミネンスで応える赤き巨人ライジングサン

 火星圏で指折りと謳われるエリート機がいくら猛攻を叩き付けようと、恒星の如き勇者は倒れる事などなかった。


 屈する事などなかったのだ。


「なんだ……何なんだ奴は!? これだけの攻撃を受けてなぜ倒れない……なぜ敗北を認めない!?」


 有利であるはずの火星圏連合に与する不逞の輩が、徐々に討ち足せぬ驚異へ恐れを抱き始めた頃、それらの不甲斐なさに狂気を爆発させる悪意の女官の怒号が響いた。


「シャトルだ! 奴らの指揮官どもが乗るシャトルを落とせ! 合流されれば、あのバカでかい旗艦が戦線へ加わりさらに面倒な事になる!」


 禁忌の聖剣キャリバーン接収を諦めた女官は、事もあろうか今己の旗艦より離脱を成し遂げたシャトルを……救いし者部隊クロノセイバーの中核になる者達が奪取した機への攻撃を指示した。

 


 もはや宇宙人そらびと社会に於ける国際法など吹き飛ぶ異常な状況である。


やっこさん、ライジングサンの獅子奮迅が相当お気に召さない様ですぜ!」


「無人機部隊が次々発艦しているようですが、恐らく狙いはこちらでしょう!」


「ふっ……これほど想定通りの行動をしてくれると、こちらも対処がし易いと言うものだ! ディン、奴ら無人機の戦術武装システムへクラッキングを開始! 急げっ!」


 が、その国際法規無視の暴挙は、現在シャトルで離脱中の部隊中核エリートには通じない。

 シャトルへ乗り込むサイバー攻撃の雄たる中華系中尉が、持ち合わせた端末をシャトルメインシステムへ挿入。

 即座に的確な対応を見せ、迫る無人機の狙いをクラッキングで狂わせるや、非武装の機を操舵し十字砲火を潜り抜けながら離脱を図る。


 耐え凌ぐ勇者と、巻き返しを狙う救いし者部隊クロノセイバーが戦況を一変させる。

 しかしそれでも、悪意を放つ時間は稼がれてしまう。


 核熱反応弾頭の次弾装填を確認した悪意の女官が、狂気を込めて口角を吊り上げたのだ。


「……ああ、これで終わりだ宇宙人うちゅうじん共。この私をここまでコケにしてくれた報い……核が齎す滅亡の業火で思い知るがいいっっ! アッハハハハハハハハッッ!!」


 無情にも放たれる破壊の申し子の第二射群。

 それが直撃をみれば、宇宙人そらびと社会至上最も新しく、そして悲劇的な大虐殺の歴史が刻まれるは必然であった。



 遥か彼方より舞い飛んだ、――

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