第229話 ヘリオスフィア
彼女は救世の部隊の力を削ぐべく、
だが……それを前にして、そんな事さえもお構いなしに戦線へと躍り出る
されどたった一機の機動兵装の抵抗など、己が用立てたエリート部隊に無人機群に加えた、破壊の権化を撃ち放つ強襲艦隊の前には何の障害にもならぬと――
憐れむ様に、愚かな抵抗者の末路を嘲笑していた。
「……あの女がファーストパイロットなどと抜かすから、少し驚いた所だが。よくよく考えれば、この大艦隊相手にたった一機で何が出来よう。くくくっ……せいぜい無様な姿でも晒すが――」
だが彼女は知り得ない。
先に悪意の女官へ目にものを見せた、双子の闇サソリからしても常軌を逸する存在が、今眼前に立ちはだかっている事実を。
突き詰めれば、その闇サソリを構成する者達の心を突き動かす数々の偉業を成した者こそが、そこで正義の拳を翳し抗っている事を。
かの
嘲笑を浮かべる悪意の女官は、見下すように哀れなる者の末路を見やっていた。
その双眸が、直後に訪れた信じられぬ事態を目撃する事となる。
「ボリスヴナ中佐、これは……この反応は一体何なのですか!? 奴らの船――いえ、あの赤き機体を中心に超広域に渡り謎の赤い膜が! しかもそれらは何れも、超高熱を発しながら宙域を囲んでいる模様!」
「何を言っている!? 私が分かる様に伝達しろっ!」
「宇宙が……宇宙が、燃えていますっ!」
「な……何だとっ!?」
敵旗艦であぐらをかく悪意の女官が、そして哀れな抵抗者へ問答無用の仕打ちを敢行せんとしたエリート達が絶句した。
そう……その事象を目撃して平常を保てる者は、敵対勢力の中にいるはずもなかった。
そこに、太陽系は火星圏間際であるそこに――
もう一つの恒星が誕生していたのだから。
『どうかしら。あれが我が部隊の誇る、赤き炎陽の勇者……アーデルハイド ライジングサンよ? あなた達の配下で、あの炎陽が齎す悪意焼く灼熱の業火へ、飛び込める者はいるのかしら?』
次いで響くは、モニター越しでしたり顔を浮かべる
言葉を失っていた悪意の女官だが、通信先の大尉を睨め付けるや怒号を投げた。
「寝ぼけるなよ、女! お前達は今、我が火星圏連合と言う巨獣の腹の中だ! その様な口がいつまでも――」
『そうね。なので、これより早急に離脱を図る事にしましょうか。アシュリー、クリフ大尉っ!』
『待ってましたっ! オラてめぇら、ただで済むと――ゴホンっ! ただで済むと思わない事ねっ!カノエ、エリュっ!』
『これ以上あの勇者へ、見せ場を取られる訳にはいかん!
憤怒宿す悪意の女官を尻目に、したり顔からの大号令を放つ双炎の大尉。
それに応えるは、すでに我慢の限界を迎えていたフレームパイロット達。
当然である……自分たちより軍部参入浅き勇者が今、己の身一つで多くの仲間と命を守らんと立ち上がったのだ。
本来それを成すべきはずの自分達が、傍観に徹っさざるをえぬ状況――
それを傍観するだけの能無しなど、救世の部隊には存在していなかった。
親愛なる大尉の号令で水を得た魚の
敵施設内部への潜入制圧を得意とする、女性を目指す彼女達には造作もない事である。
さらにはそれに負けじと、彼女らから手渡された武装で速やかに、残る兵を殺さずの元無力化していくエリート部隊の
悪意の女官は、その信じ難い光景をモニター越しで睨め付ける他なかった。
「何をしている!? さっさとそいつらを再度拘束しろっ! ヴェールヌイから一歩も外へ出すなっ!」
『お生憎様……すでに私達を連行して来たシャトルは、制圧が完了しています。ではのちほど戦場で。』
「なっ……!?」
衝撃の宣言で絶句する女官。
双炎の大尉はすでにシャトルでの拘束連行の最中、密かに時限式催眠ガスを仕掛け制圧完了を見ていた。
それは女性を目指す者達の経験の賜物、彼女らを何物か見抜けなかった落ち度。
かつて数多の不逞なる組織より――
力無き女性達を救い続けた、女性権威開放戦線の勇士を知らぬ女官の落ち度以外の何物でもなかった。
》》》》
その宙域では超常の事態が撒き起こる。
聖剣を捉え、次々向かうエリート機動兵装群――
火星圏はマーズ・プランニング社のキモ入りである新型、アサルトフレーム アプサライド・ファングMK-1が、対抗争戦力殲滅兵装を纏い気炎を纏う。
すでに火星圏では大規模抗争を視野に入れた機動兵装を、火星に眠る古代技術……観測者の管理を免れた時代の、腐敗した人類の生んだテクノロジーを用い大量投入していた。
実質火星圏軍部としては、最新鋭の機体群である。
だが、彼らも想定しなかった戦況が訪れる。
その火星屈指のエリートが駆る最新鋭が、たった一機の霊装機が張る防衛ラインを超える事ができずにいたのだ。
「くそっ……話が違うではないか!? 奴らを無力化したのではなかったのか!」
『いえ、それ以前に……あの機体は何なのです、隊長! たった一機で我らと渡り合うなど! オマケに奴は丸腰同然……機体による格闘技か何かだけで、我らを圧倒しているのですよ!?』
バラ撒かれる十字砲火を無かったかの様に避ける赤き巨人。
その背後には恒星の如き重力障壁を背負い……否――
機体そのものが恒星と化したそれは、射程に入る全てのエリート機へ拳を叩き込み、距離を取れば重力の刃で追撃をかけていた。
繰り広げられる異常なる戦い。
放つ砲撃の閃光も物理弾頭も当たらない。
それでいて、近づけば赤き剛腕の猛襲……離れても飛ぶ重力の刃により致命打を受ける。
火星圏でエリートと呼ばれ、思い上がった者達は戦慄していた。
眼前の恒星の如き巨人を前にして。
人類が如何に抗おうと、人の義と、魂と、熱き想いが生み出だした炎陽を超えられはしない。
差し詰め、人類を守護するヘリオスフィアと呼べるそれ。
太陽系の中心で
恒星の化身たる炎陽の巨人が、力なき弱者守りし最強の盾と化していた。
「あの赤い膜は、奴の足場とでも言うのか!? それを踏み台にして宇宙を飛び回るなど……こんな物を奴らは有していたのかっ! くっ――」
「ボリスヴナ中佐殿、反応弾頭だ! 核の炎で赤いの諸共、宙域を爆轟に包んでやれっ!」
すでに火星圏連合の、軍としての面目は丸つぶれ。
そこより彼らの、戦争屋としての化けの皮が剥がれ始めた。
急くその口で、破壊の権化を用いた無差別大量虐殺をぶちまけたのだ。
連合エリートの多くが機体へ少なからず傷を刻みながら戦線を下げ、変わって突出する強襲突撃艦の援護に回る。
彼らからすれば、それが出た時点で勝敗は決したも同然であった。
だが――
奇しくもその行為は、炎陽の勇者の逆鱗を擦り上げる事となってしまう。
「撃つのか、あんた達は! そんなモノを何の迷いも無く……力なき弱者へ向けて! そんな暴挙を、暴虐を、俺とライジングサンが許すと思っているのかっっ!!」
「俺はクオンさんに教えられた! 弱者を守る者に、敗北は決して許されないと! 敗北は即ち、背負う命の全ての命運が尽き果てると同義であるとっ!」
赤き咆哮が高次元へ向け放たれる。
数多の命が超新星爆発を起こした様な、猛烈な次元震となって。
勇者の咆哮を感じ取った赤き霊機が気炎を纏う。
それもただの気炎ではない……正しく恒星が恐るべき勢いで吹き出すスーパーフレアそのものだ。
爆炎纏う霊機。
次々と放たれる破壊の権化。
それを目標とした霊機は深き構えを取るや、
「俺は決して倒れない! こんな悪の権化の様な物をいくら放とうと、俺とライジングサンは絶対に倒れる訳にはいかないんだっ! 喰らえ――」
「紅円寺流閃武闘術、真式 奥義……
直後、憎悪渦巻く宇宙で魂が爆ぜる。
炎陽纏う機体が深淵の膜を
だがそれはただの攻撃に非ず。
次元を裂くかの一撃一撃へ、恒星が吹き出す
恒星は、己の胎内で生み出した膨大な核融合エネルギーを強力な磁力線に乗せ、生み出されたプロミネンスの帯はやがて、磁力線の繋ぎ変えによって宇宙へと放たれる。
数万度に熱せられたプラズマが深淵を焼き焦がす、灼熱の本流である。
通常太陽フレアによるエネルギー放射は、瞬く間に太陽系を駆け抜け外宇宙へと飛ぶ。
万物を焼き尽くす温度と、強大なエネルギー、そして恐るべき速度を持つ灼熱の線条は、差し詰め恒星の吐き出す
赤き霊機が恒星の
目標は言わずもがな……破壊の権化たる核熱弾頭群であった。
幾重に
全ての核熱弾頭が灰塵と化していった。
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