第226話 牙を抜かれた救世の部隊



 火星圏よりの大艦隊が艦砲を突き付ける中、救いし者部クロノセイバー隊と宙域管理代表フォストが臨時に顔を突き合わせた。

 艦砲射撃が始まる最悪の状況を想定し、迂闊な行動を控える形で簡易のモニター越し、ブリッジでの緊急対応としていた。


『この様な事態に巻き込んでしまい、なんとお詫びしてよいやら。本当に面目次第もございません。』


「顔を上げて下さい。あなた方からのSOSに我らが応じたからこそ、訪れた現状でもあります。どの道あの火星圏政府軍と事を構えるのは、時間の問題でもありました故……お気になさらず。」


『しかし……――』


 猶予無き会談。

 一抹の望みを託す様に旗艦指令月読を見やる管理局長。


 旗艦指令としても、蒼き霊機ブルーライトニングを欠いた状態で暴虐なる政府連合と事を構えるを良しとせず、考えうる策をありったけ思考へと並べ立てていた。


 そんな指令へ、賭けに出た女性が声を上げる。


「指令、よろしいですか? 私から一つ……これは時間稼ぎを前提とした策ですが、準備してます。」


 声を上げたのは双炎の大尉綾奈

 現在、臨時現場指揮官を賜る彼女は思考を巡らせ、絶望の時間へその手を上げたのだ。


「……今はどの様な策でもすがるしか術が無い。聞かせてくれ給え。」


 逡巡の後、管理局長とモニター越しで首肯し合った旗艦指令は、その全容提示を双炎の大尉へと促した。


「はい。それでは失礼して――」


 程なく――

 その策の起点となる動きを見せた旗艦が、臨時の緊急通信を艦内へと響かせたのだ。



 僅かの時を挟み、禁忌の聖剣内キャリバーンで準備が進められ行く。

 だがしかし……それは今まで熟してきた作戦とは明らかに様相が異なっていた。


「あの、本当にそんな作戦で大丈夫なんでしょうか、いつき君。」


「そうよ……火星圏政府軍が何をして来るかは分からないんでしょう? 危険じゃないの?」


 不安入り交じる疑問を投げかけるは、食堂の主であるペティアに鬼美化で知られるナスティである。

 さらには彼女達を筆頭とした、旗艦でも生活管理を一手に引き受ける面々に加え、整備クルーに救急救命隊の雄らが艦内大型シェルターへと参集していた。


 そして――


「はい、その辺は綾奈あやなさんからいろいろ情報を聞いて吟味してるっす。少なくとも、生活部門に属する人員への被害は無いと見てるっすから。それに仮にも軍を名乗る相手――」


「生活部門のクルーに加え、民間からの出向な一般市民や救急救命任務隊員へは手を出さない、って前提っすね。」


 不安を浮かべるは彼女だらだけではない、参集したクルー皆が表情を曇らせる。

 その不安を助長せぬよう努めて穏やかに応える炎陽の勇者は、もはやクルーにとって紛う事なき勇者そのものである。


 が、双炎の大尉が提示した策の中には勇者は含まれていない。

 否――


「任せて下さいっす。万が一旗艦接収後に皆へ危害が及ぶ様なら、俺がライジングサンで出るっすよ。伊達にクオンさんの背中は、守って来てないっすからね。」


 それは大尉の賭けである。

 蒼き霊機ブルーライトニングの改修が間に合うか、はたまた火星圏の慮外者による暴挙が先か。

 最悪の場合を想定し、臨時現場指揮を賜る双炎の大尉を囮に、く――


 双炎の大尉にとって、すでに愛おしき者となった勇者へ全幅の信頼を置いた、一世一代の大博打であった。


 そうして旗艦クルーは、火星圏連合に投降した体を演じる様に指示のあった投降条件を準備する。

 提示された条件は、旗艦運用クルー及び機動兵装パイロットらのリストデータ持参と、旗艦始動キーの譲渡。

 中でも、監督官嬢を始めとしたブリッジクルーは旗艦運行に不可欠なため、パイロットらと共に連合側へと移送される。


 そこで民間からの体験学習生とした炎陽の勇者は生活部門の一般クルーとし、搭乗時から正体が不鮮明であった諜報部少佐ロイックはクルー一覧データから削除し、一般部門へ偽装の上紛れさせた。

 少佐の存在は兎も角としても、勇者の赤き霊機ライジングサンパイロットの立ち位置は、双炎の大尉が置き換えられてのデータ開示である。


 唯一明確でない英雄少佐クオン所在の問い詰めがあったなら、現在ソシャール医療機関で意識不明のためICUにて治療中との返答で対処する。

 シェルターに残る救急救命隊に至っては、戦力外の形で登録されていた。


 情報戦での時間稼ぎも、事態が急変すれば足が出る状況下。



 それでも奇跡を信じた旗艦主要クルーが、連合側のシャトルに拘束・収監された状態で移送されて行く。



》》》》



 旗艦を守り続けたパイロットが軒並み奴らに連行された。

 こんな事態は想像さえしていなかったな。


 入れ替わる様に、火星連合艦隊に属する機動兵装数機がキャリバーンへ横付けするや、機動兵の装備を纏ったパイロットが雪崩込む。

 けど思惑通り、軍を名乗った限りは民間と変わらない生活部門クルーへの扱いには気を使っている。


 個人的にはそれでも荒々しいんだけれど。


「おい、お前達には手を出さぬ様に命令を受けている。だがおかしな真似をすれば、射殺しても構わんとのお達しだ。せいぜい努力するんだな。」


 そんな兵が言うに事欠いて、民間の体であるクルーに射殺をほのめかす。

 それを聞いただけでも、胸の奥底から湧き上がる憤怒が口を突いて零れそうになった。


 と、そんな俺の様子に気付いた隣り合う影が、おどけた感じで注して来た。


「ああ〜〜ダメだね、そんなに肩肘張っちゃ。軍人さんも下手な事さえしなければと言ってるんだ……ここは大人しくしていようじゃないか。」


 声をかけてくれたのはロイックさん。

 いや?任務当初のロイックさんを演じ、一般部門へ紛れたハイゼンベルグ少佐だ。

 今思えば、ここまで雰囲気を変えられる諜報部所属のお人に、俺達は騙されていたんだ。

 敵を騙すにはまず味方から……眼前で虚勢を張る不逞の輩如きでは、見抜けるはずもない。


 なのでここは、俺も部隊に所属するまでの自分を演じる事にする。


「で、でも怖いっす。俺、こんな事初めてで……。」


 演じた傍から視線を少佐へ送れば、視線で「まずまずだな」的な嘆息を頂いた。

 うん、諜報任務のスペシャリストには敵いませんて。


 けど俺達のやり取りは、今シェルターで軟禁される形の生活部門クルーを安心させるものでもある。

 彼らに彼女達も、曲りなりとも軍人としての訓練は受けていると聞いたけど、実質は戦力外だからこその現状だ。

 整備クルーはもちろんの事、医療の砦たるピチカちゃんにアレット曹長からも、全てを任せるとの視線を貰った。


 つまり何かあれば、機動兵装に搭乗して戦えるのは俺だけ。

 そう思考したら、なんだか覚悟が研ぎ澄まされて来た。


「こちらベネディクト、旗艦応答願う。敵旗艦戦力外のクルーはシェルター内だ。……大丈夫、殺しちゃいない。そうカッカしなさんな女官殿。」


「これよりこの船をそちらへ曳航するが、デカさだけはいっちょ前だ。巡宙艦を数隻用立ててくれ。」


 主要クルーが拿捕だほされ、俺達は正直為す術もない。

 けれど事態急転を呼ぶ何かが、俺の直感を揺さぶっていた。


 言うに及ばず、俺が宇宙と重なる者へと覚醒した事に起因するものだ。


 あの女官との連絡を終えた、主要各と思えるパイロットが席を外し、残る兵が俺達から視線を逸したタイミングで少佐へのコンタクトを取る。


「……ハイデンベルグ少佐。さっきから何か、妙な感覚が俺の思考を揺らしてるっす。クオンさん達の様に明確ではないけれど……何かこう、ゆらゆらと揺らめいてる様な。それでいて得体の知れない感覚っす。」


「揺らめいて得体が知れない? ふむ……。」


 すると俺の直感に心当たりがあるのか、こちらを見据えた彼が思案にふける。

 これほどの人が考え込むんだ……俺も、何かしらの転機である可能性を想像していた。


 しばらく思案した少佐がふとおどけた風に戻ったのを機に、奴らの視線が戻ったと感じた俺も学生に回帰する。


 感じた直感はそのままに、時が動くのを二人で待つ事とした。


 とてつもなく長い時間を越えた様な、一時間程度の時が流れた頃。

 それは、俺達の眼前の異変として現れた。


「巡宙艦の準備に手間取っている様だな、あのやっこさん。まあ地球上がりが指揮する部隊なんざ、ハナからその程度……何だ?どうした。」


「はい。それが正体不明のアンノウンが、この旗艦の死角になる区画で確認され――」


 突然の事態。

 今しがた、主要各の男がやり取りを行っていた配下と思しき男が、何の前触れもなく倒れ込む。

 それを異常と察した主要各の男が吠えた。


「おい、お前! 何が……がっっ!?」


 続いて響いた破裂音は、アシュリーさんがセレシオル・ファクトリー鎮圧の際用いたテーザーガンの電流の音。

 俺と同じく異常を察した少佐も事態把握と、その現場を睨め付ける。


 そこに現れたのは――


「いや〜〜確かに接収をしていたんだけどねぇ。まさか、地球の軍人はホトホト戦争をしたいと見えるねぇ。あ〜〜――」


「名乗りが遅れたねぇ。安心するといい……私は貴官らと合流するためにここに赴いた者。名をグラジオス・ロデル・ウーラニアスと言うが、皇王国調律騎士クラウンナイツと名乗った方が安心できるかねぇ。」


 名をグラジオスと言うその人は、紛れもなく今クラウンナイツと口にした。

 あのクオンさんの無二の親友であり、アーガスとの戦いの後、あいつと共に火星圏へと向かったカツシ・ミドー将軍と同じ皇王国直属騎士。


 けど、そんな俺の驚愕とは別ベクトルの驚きが、隣り合う少佐に宿っていた。


「……グラジオス。貴君、なのか?」


「おや? おやおやこれは、昔とは似ても似つかぬ姿で分からなかったねぇ。まさか……なんとも数奇な巡り合わせだねぇ。」



 騎士と名乗った男と、親しげに視線を交わす少佐がそこにいたんだ。

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