第225話 渦巻く悪意の果て



 ブルーライトニング大改修の注力すべき点は、ひとえにロータリックリアクターの完全制御こそが鍵だった。


 それを踏まえ、時間的猶予もない今――

 マツダ技術顧問の鶴の一声に賛同を示した技術者が、セレシオル・ファクトリー別工場内特秘施設へ次々駆け付け、さながら新型機体を生み出すが如き騒ぎとなっていた。


『サイガ少佐。あなたが旗艦へ秘密裏に搬入していた人工オリハルコン製部品、緩い三角を成すこれは紛れもなく、ロータリーエンジンの中核となるローターです。私もこれほどの規模の個体を見ただけで、驚愕を覚えたものですが――』


「ああ。だがオレも、そんな構造からどの様にして統一場粒子クインテシオンが発生するのか、まるで見当が付かなかった。しかし古代技術の概念を踏まえた今ならば、それが如何な結果を齎すか理解に足る。そこで専門家であるあなたに、リアクターの分解整備を一任したい。」


『心得ました。ふふ……これは腕が鳴りますな。』


 携帯端末のモニター先でマツダ顧問が何より胸踊らせるは、ロータリックリアクターの構造を確認したからだろう。

 オレも古代技術に於ける何かしらの制限がかかったものとは推測していたが、要は


 道理で機関のエネルギー制御が安定しないはずだと、舌を巻いた所だった。


『私の方でも最終的な機関組み上げ予定図を確認しましたが、確かに今までの構造では物理的に無駄しかない状況でした。これが機関の動力制限の正体だった訳ですね?』


「その通りだジーナ。通常ガソリン型エンジンと形が似通うからと言って、それがそのまま通用する訳がないのは誰でも理解できる。が、その事象を古代の超技術次元まで昇華させた場合、話が変わって来るんだ。」


 今まで機関のエネルギー調整に四苦八苦したジーナも、真実を直感とデータで感じ取る。

 けれど構造的に理解出来たからとて、この機関が齎す超常のエネルギー発生の経緯理解には繋がらない。


 繋がるはずはなかった。


 ジーナと詳細を詰めるやり取りの最中、少し間を置きモニターへマツダ顧問のしたり顔が映り込む。

 そこから語られるであろう言葉を、オレとジーナは躍る心で待ち侘びていた。


『参考までに、私の経験上知りうる構造を踏まえ、Ωオメガの機関より出力されるエネルギー係数を算出してみました。ただ、古代技術に於ける常軌を逸した事象計算ゆえ、持ち得る知識不足による誤差分はご勘弁願います。こちらを――』


 そして、彼が提示する禁忌の力が齎すエネルギー係数と、最大出力時の総量を視界に入れ――


 オレ達は絶句する事となる。


「……これ、は!? マツダ顧問、これは誤差の範囲どころの騒ぎじゃないぞ? これほどまで膨大な統一場粒子クインテシオンのエネルギー出力総量……間違いじゃないのか?」


『誤差を含めても、間違いはありません。』


 弾き出されたエネルギー係数は、今までの60パーセントが関の山であったのが嘘の様な、総出力120パーセントとの値が提示される。

 、オレとジーナのフォースレイアー覚醒による霊力震感応……それを共振励起させるシーケンシャルシステムを用いれば――


 

 、常軌を逸した機動性能を突き付けられた。


 驚愕に言葉を失うオレ達を他所に、マツダ顧問はしたり顔のまま「では、機関の分解整備へ移りますので」と残し通信を断つ。


 改めて確認する機関構造は、全体が人工オリハルコンにより建造された、特有の偏芯回転を可能とする繭型まゆがたハウジングに、先のローターが収まっている。

 それを双発で三基ずつ、併せて六基のローターシステムが、統一場粒子クインテシオンの内強い相互作用グルーオン弱い相互作用ウィークボソンを生む構造……そしてその融合点火に使用される電磁力エレクトロ・マグネイトが合わさる事で三力の統一が成され――


 さらに偏芯回転から生み出された超高速回転エネルギーが、それぞれのセンター回転軸エキセントリック・トレーディング機構に繋がる小型重力子マイクロ・グラビトンリアクターを稼働させ、最終的に四大エネルギーの並行励起を実現していた。


 太陽系を回る惑星の公転運動を思わせる偏芯回転が、あたか宇宙そらことわりそのものとさえ感じさせる姿。



 今Ωオメガと称された禁忌の力は、オレ達の手中に収まらんとしていたんだ。



》》》》



 蒼き霊気ブルーライトニングの大改修を待ち侘びる救いし者部隊クロノセイバー

 本来であれば数週間を要する所が、セレシオル・ファクトリー別工場の働きもあり数日までに短縮が叶う事となる。


 しかし最終調整を待つそれらが仕上がるよりも先に、小惑星帯内縁砦宙域へ戦慄が走る。


 それは主戦力回復を待つ間動けぬ旗艦が、第二種警戒態勢を維持し、周辺警戒のため超広域スキャンを行った際に訪れる事となったのだ。


「何があった、報告を!」


 定期警戒のためブリッジに詰める小麦色の曹長テューリーからの緊急報告で、旗艦指令月読が慌ただしく駆け付ける。

 広域スキャンへ映し出された反応に、曹長は絶句しつつも連絡を飛ばしての現在であった。


「指令、これを……これを見て下さい! この宙域へ近付く複数の影あり……ですがこれは――」


「バカなっ……火星圏政府の連合艦隊だとっ!? オマケにこの通達、最終勧告とはどういう了見だっ!」


 旗艦指令の目に飛び込んだのは

 さらには、混成部隊である。

 それが、いきなりの最終勧告を国際チャンネル通信で堂々と寄越したのだ。


 そこへ小麦色の曹長と共に詰めていた諜報部少佐ロイックが言葉を零す。

 彼ですら、額へ嫌な汗を滴らせながら。


「この宇宙そらの国境に於ける、砦とも言える小ソシャールが取った行動……それに対しての警告と見るべきでしょう。さらにその通信に紛れた暗号には、我らクロノセイバーへの全面降伏と旗艦接収の旨が記されています。」


「なん、だと……!?」


 訪れたるは部隊始まって以来の最大の危機。

 それも、最悪の一手。


 二の句が継げない事態の中、畳み掛ける様な通信が国際オープンチャンネルでブリッジに響く。

 次いで中央大モニターを占拠したのは、部隊では顔馴馴染みのない女性高官。

 現在太陽系を騒がせる地球上がりは、露軍の女高官――


 炎の革命隊プラーミヤ・レボリーツィアを率いたフランツィースカ・ボリスヴナの、悪意に満ちた表情であった。


『こちらは、火星圏政府よりの要望を受け馳せ参じたフランツィースカ・ボリスヴナ中佐だ。そしてこの部隊は、我がプラーミヤ・リボリーツィアを再編した混成艦隊である。すでに送った暗号通信には目を通して頂けただろう?つまりはそう言う事だ。』


 雪原の如き肌に、猟奇的な嘲笑を浮かべる悪意の女官フランツィースカは、嬉々としてそれを語る。

 同時に、オープンチャンネルで砦ソシャールへも強制的に通信を繋ぎ、救いし者側へさらなる戦慄を刷り込んで行く。


『わざわざ通信へ引き出して申し訳ありませんね、フォスト・バレリシアン管理代表殿。しかしながら、すでに火星圏政府にはあなたの反意行動が筒抜けでして。このクロノセイバーとか言う者達を、火星圏宙域へ導き入れたのはあなた方の独断。造反行為と断定されました。』


『よって、政府はあなた方小ソシャールへ二択を準備した次第であります。』


『……反意のつもりはない。だが、それを良しとしないと言うならば我らも、如何なる処置でも応じる覚悟は出来ている。』


 救いし者部隊クロノセイバーの返答を待たずに事を推し進める女官は、横暴にして一方的な条件を反抗勢力と見なした宙域管理代表フォストへ叩き付けた。


『話が早くて助かりますね、選択はこうです。、クロノセイバー全面降伏の上、旗艦及び全ての機動兵装接収か……それを拒み反意を顕として、辿どちらかです。』


『……っ!? それ、は……――』


『そちらもお聞きになったでしょう?クロノセイバー。すでに彼らの造反に加担したあなた方に、選択の余地はありません。』


 口角を上げ、反論を挟む余地すら与えぬ悪意の女官。

 さしもの旗艦指令も、女官のあまりに傲岸不遜な態度へは憤りさえ宿していた。


「貴官が言いたい事は理解した。だが忘れてはいないか? 我が部隊は、。そこへ敵意を以って砲火を浴びせたならば、如何な事態を招くか――」


『私は地上の露国が故郷だ。その様な、い。』


 しかめた眉根で反論を見せた旗艦指令だったが、それさえも聞き入れぬ悪意の女官は、すでに人類としても外道の所業とも言える暴言をぶちまけた。


 そして――


『少し考える時間を上げましょう。妙な考えは起こさぬ様に。』


 取り付く島もない女官の通信は程なく切断され、最悪の状況に放り込まれた部隊と、宙域管理代表が取り残された。


「……ハイデンベルグ少佐、主だった者を集めてくれ。バレリシアン殿と緊急で会談を開く。猶予はないぞ?」


「イエス、サー。直ちに……。」



 火星圏到達を前に、救いし者部隊クロノセイバー存続に関わる窮地が彼らを包み始めていた。

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