第232話 不死鳥計画



 漆黒の嘲笑ヒュビネット襲撃から三日が立つ禁忌の聖剣キャリバーンは、火星圏を目前に控え動けずにいた。

 それは言うに及ばず、彼らの主力である蒼き霊機ブルーライトニングを始めとした機動兵装群が、軒並み行動不能に陥った故である。


 幸いにも軽度のダメージですんだ、ΩオメガフォースにΑアルファフォースの隊長機以外は、修繕を間近に控えた所であったが――


「ブルーライトニングの修理状況は芳しくありませんね。それも致し方ない事でありますが。」


「ええ。幸いにもクオン様のお身体の方は、順調な回復を見せている様なのです。制限下にあるとは言え、ロスト・エイジ・テクノロジーの一端に準える生体ナノマシン修復機能が、クオン様の復調に一役買った様なのですよ。」


 旗艦指令室で任務調整に臨む旗艦指令月読監督官嬢リヴ

 彼らがやり取りする言葉でも明らかとなる、蒼き霊機ブルーライトニングの修理進捗状況は極めて深刻であり、如何な整備チームの奮闘を踏まえてもそれが覆る事はなかった。


 霊機修理を阻む要因は言うに及ばず、それがロスト・エイジ・テクノロジー上のブラックボックスとされる事に加え、肝心な動力炉の構造把握が至難を極める点である。

 さらにその要所を部隊でもっとも詳しく知る者は、英雄少佐クオン以外存在していなかったのだ。


 だが――

 英雄のみが知り得るはずの禁忌へ、思いも寄らない所からアプローチをかけた者がいた。

 それは地球から宇宙そらへ上がり、ファクトリーを築き上げた敏腕整備士の経歴を持つ元ファクトリー社長の、サダハル・コーラル・マツダである。


神倶羅かぐら大尉、少しお時間よろしいでしょうか。」


「私、ですか? ええ、今は待機命令中ですので。何かありましたか?」


 旗艦指令さえも霊機の現状に頭を抱える中、とどこおる機体修理の状況へ風穴を開けるべく、挑戦する老齢サダハル双炎の大尉綾奈への謁見を試みる。

 部隊が動く事叶わぬ今、双炎の大尉も手持ち無沙汰とそれに応じたのだが――


 その地球から宇宙そらへと上がった者達の因果が、


 挑戦する老齢の言葉のままに時間を割く双炎の大尉。

 向かった先は大格納庫――それも修理作業に追われる蒼き霊機ブルーライトニングの、足元に展開するモニター施設群である。


 そこで挑戦する老齢はおもむろに語りだした。

 彼が独自に調査した、禁忌の機体と称された存在のブラックボックス……即ち、正体不明の統一場粒子クインテシオン発生機関の全容である。


「大尉は少佐より、この機体動力炉の詳細を聞き及んだ事はおありですか?」


「いえ……何分こちらも、ライジングサンの機体調整に追われ、そこに来て続く何事の最中でしたゆえ。彼にΩオメガ調整に特化したメレーデン少尉が付くなら、そちらは任せてもいいと。」


 耳にした言葉で逡巡した挑戦する老齢は、そこからが本番とばかりに身を乗り出し、キーボードパネルを操作し始める。


 宙空へ浮かぶ大小様々なモニターへ、次々コードに数字の羅列を打ち込む彼を、怪訝な面持ちで見やる双炎の大尉。

 視線はモニターを注視したまま、挑戦する老齢が言葉を投げた。


「確か神倶羅かぐら大尉は地球……それもかの、日本を守護せし三神守護宗家出生と聞き及びます。なればその守護宗家が、社会的な貢献のために展開する企業グループや、それが展開する車種全容は当然ご存知ですね?」


「もちろんです。ヤタナギ・オート・モーターグループ……国内外のあらゆるスポーツカーを、宗家が構想する対魔討滅の任務に於けるかなめとし、開発・運用を行うための企業。しかしそれが何の――」


「であればこの、Ω、見覚えがおありでしょう。」


 問いへ返す双炎の大尉も、かけられた斜め上の言葉に疑問符が脳裏を埋め尽くす。

 しかし直後……見ろと提示された映像へ視線を移した双炎の大尉は――衝撃の余り絶句する事となったのだ。


「……っ!? こ、これは……この構造はっ! マツダ技術顧問、まさか――」


「やはり、ご存知でしたね……。これは因果が齎した奇跡とでも言うのでしょうか。私もこの構造に近似したものを、よく存じております。ええ、忘れる事など出来ましょうか。」


「これは紛う事無く、……。」



 蒼き翼へ……復活の光が指し始めていた。



》》》》



 三日三晩医療室ベッドの上と言う状況は、なかなか身体に堪えたものだ。

 けれどそれは致し方無き事、あの漆黒を屠れなかったオレの敗退こそが要因だ。


 だが、ジーナは守り抜いた。

 オレも今間違いなく生を享受している。


 敗北を嘆く必要なんて存在しなかったんだ。


「クオン、起きてる? 入るわね。」


綾奈あやなか? ああ、大丈夫だ。今は起きている。」


 そんなオレがいる夜分の病室へ、ジーナと入れ違う様に訪れた綾奈あやな

 この三日オレの身を案ずるジーナが、事ある度に病室に訪れ世話を焼いてくれていた。

 無下にも出来ぬ状況でもあったため、愛しき者となった彼女の想いを甘んじて受けていたのだが。


 綾奈あやなの訪れが見舞いの範疇を越えたものである事は、病室扉を潜る彼女の真剣な眼差しと、同席したもう一人の存在により見て取れた。


「こんな夜分に訪れたと言う事は、見舞いの域ではなんだろ? 任務に弊害がなければ、一向に構わないんだが。それに――」


「ええ、驚いたでしょう。けれど、何を置いてもあなたから直接聞き取る必要があると、彼を……マツダ技術顧問に同席を願ったの。」


 綾奈あやなが同席をと引き連れたのは、現在Ωオメガフレーム専属技術顧問となった元セレシオル・ファクトリー社長である、サダハル・コーラル・マツダチーフだ。

 奇しくもそこへ揃ったのは、地上で言うモータースポーツに一家言ある者ばかりだった。


 が――

 、ブルーライトニングの新たなる翼を得る出会いであるとは、オレも想像などしていなかった。


 綾奈あやなのフリもそこそこに、紹介に預かるマツダチーフが代わって質問を口にして来る。

 その口から放たれたのは、オレさえも驚愕を覚える内容だったんだ。


「サイガ少佐、お身体が順調な回復を見ている様で何よりです。私も、折角Ωオメガ顧問を名乗り出た手前、そこで少佐がこの様な状況に追い込まれたのには、流石に参った所。しかしながら――」


「未だお身体の全快でない中、失礼を承知で質問させて頂きます。少佐はあのΩオメガ……ブルーライトニングの動力機関がロータリーエンジンに酷似している事は、すでにご存知だったのですか?」


「……っ!? それを、調べたのか? いや……そうか。あなたの出生を鑑みれば、それに気付くのは理に適っているな。そもそもあなたは地球で、唯一無二とも言えるエンジンを世に送り出した会社が存在する、日本国の出生なのだからな。」


 時代的には大きくズレもある。

 今地球地上は大規模環境異変を変えるべく、あらゆる面でのエネルギー技術大転換を余儀なくされていると、数年前訪れた彼の地で友人である炎羅えんらから聞いていた。


 そのため、地上世界は化石燃料に依存する社会から脱却するためのエネルギー改革へ舵を切ったとも。


 肝心の古代技術に於いては、かの英国が要する〈円卓の騎士機関ナイツ・オブ・ラウンズ〉による厳格なる使用管理統制の敷かれる時代。

 その様な、化石燃料依存から来る重大な環境汚染要因の一端に上げられるガソリン型スポーツカーは、一般国民の意識から消滅していてもおかしくはなかったんだ。


 だが彼は口にした。

 加えて、さらに驚くべき彼の素性を聞き及ぶや、脳内へ激しい閃光が駆け抜けたのを覚えている。

 その内容は――


「私がΩオメガ専属顧問を希望した際話したと思いますが、自身が若き頃務めたのはかのエンジンを生みし英傑の意思を継ぐ場所でした。かつての会社が陥った経営難を救うべく、ガソリン食いの汚名を晴らさんと復活を懸けたスポーツカー再生計画を立ち上げた者達――」


「中でも、その改良を一手に引き受けたロータリー47士の意思を継ぐ部署こそ、我が古巣にして故郷であります。」


「……っ! それ、は……オレも地上の友人から、47士のくだりは聞き及んでいる! ならば……そうであるならばっ!?」


 魂が震えるのを感じた。

 蒼き力があの漆黒に並ぶと言うだけではない――

 その閃光が宇宙そらを駆け、数えきれぬ命を救い上げられる可能性を感じ……打ち震えた。


 そんなオレの思考をあたかも予測していたかの如く、彼は……ロータリーエンジンの名を口にしたサダハル・コーラル・マツダチーフは宣言したんだ。


「はい。僭越ながら私から、かのグラディウスシリーズはΩオメガフレーム……使――不死鳥フェニックス計画立案を提言させて頂きます。」


 走り抜けた閃光が、オレの目指した遥かな未来を照らし出した気がした。



 ブルーライトニングの、――

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