第230話 宇宙のフェニックス



 曖昧な記憶。

 瞬時に襲った身体の激痛は、それこそあの八年前に戻ったかの様だった。


 そこから意識を手放したオレは、感じた事もない世界を漂っている。

 これが死を前にした者が辿り着く場所とは思いたくはなかったが、どうもこの身を包む感覚がそうではない事を突き付けて来たんだ。


「……誰か、いるのか? 返事をしてくれ。」


 不思議な空間で、意識はあるも目を開ける事も出来ず、身体は横たわっているのか浮遊しているのかと言う感じだ。

 そんな自由が効かない状況に不安を覚えたオレへ向け、ようやく安堵を覚えられる声が投げかけられた。


『派手にやられたのぅ。まさかあの男が、これほどの禁忌へと手を伸ばしておったとは。』


「リヴァハ、なのか? ここは? 」


 安堵出来る声とは他でもない、神格存在バシャールにして人類の調律者たる者のみ謁見の叶う古き者。

 リヴァハ・ロードレス・シャンティアー……詰まる所のリリスだった。


 安堵は叶ったが、憂う陰りのままかけられる言葉で別の不安が心を支配する。

 彼女は観測者にして人類の精神面を司る存在と聞き及ぶ。

 その存在が感覚で言う所の、精神体のままでオレに話しかけている状況。


 それは即ち、に他ならなかった。


「オレは死ぬのか?リヴァハ。」


『それはうぬ次第じゃ。じゃが、うぬが望むならそれでも構わぬ。どの道わらわに、関与出来る余地はない。』


「すまないな。こんな時まで、あんたの心に憂いを呼んでしまって。」


 言葉は努めて冷静に。

 けれど宇宙そらと重なる感覚で、嫌というほどに叩き付けられる彼女の心情。

 彼女は神格存在バシャールの因果がもたらす永劫とも言える時間の中で、数え切れぬほどの命が尽きるたび、こんな想いを繰り返して来たはずだ。

 愛する人類が、刹那の人生さえ終えられぬまま朽ち果てて行くのを尻目に。


 けど――

 今オレが感じているのが、それだけではないのは理解している。

 フォースレイアーに覚醒したオレの死は即ち、使


 ジーナにいつき、そして綾奈あやなも確かにフォースレイアーへの覚醒は成った。

 だが未だ、彼女と感応出来るには至ってはいない。

 詰まる所、皆を真の覚醒のいただきへ導くために、オレの存在は必要不可欠なんだ。


 そこまで思考し心が強く、激しく鼓動し始めた。


 最初に思い浮かべたのはジーナ。

 オレが守るといいながら、追い込まれたこの状況。

 きっと彼女が魂の底から悲しんでいる。


 次いで、熱き後進たるいつき

 あいつはまだ走り出したばかりで、これからも導く者が必要だ。

 ただの人の社会と言うくくりではない、


 最後に、今まで苦労をかけた同僚の綾奈あやな

 目覚めたならば、最初にあいつのお小言が飛ぶだろうな。

 どれだけ私に心配をかけるのか、と。


 そこまで思考したオレの意識へ、次々あのキャリバーンに属するクルー達の姿が過ぎって行く。

 あんなにもたくさんの仲間が、家族がきっとオレの帰りを待ち侘びている。


 そんな熱い想いが心を満たした時、自然と言葉が溢れていた。


「死ねないな。死んでたまるものか。すでに八年もの時を無駄にして来たんだ……これ以上、この生命を無駄にする訳にはいかない。まだ何も、始まってないんだ――」


「今もこの太陽系の片隅で、力無き弱者が悲しみ、虐げられ、理不尽な傲慢に苦しめられている。なのにオレが、ここで尽き果てる訳にはいかない……行かないんだっ! 」


 激情のまま発した言葉。

 それを聞いたリヴァハの感覚が、とても穏やかなモノへと移り変わる。

 それこそを待ち侘びたと言わんばかりに。


『なら、もう一度立つと言うのだな?クオン・サイガ。』


「言っただろう? ここで尽き果てる訳には行かないと。オレにはまだやるべき事が……成さねばならない事が数多残っているんだから。」


 ふと、双眸に力が戻った気がした。

 それを感じゆっくりまぶたを開ければ、そこには蒼き炎に包まれた巨大なる翼湛えし者がそびえていた。


「オメ、ガ? そうか、お前も待っていてくれたんだな? 蒼き閃光、ブルーライトニング。」


 神々しき姿で思い出す。

 そう……この機体に備わるあの動力機関はかの地球は、日本を代表するスポーツカーの心臓部に近似する。

 偏芯回転内燃機関ロータリーエンジンを搭載したかのRX−7は、時代の逆境の中で不死鳥の如く蘇った。


 禁忌にして破滅呼ぶ力と恐れられた機動兵装は、あたかもそのRX−7の如く不死鳥さながらの光を撒いていた。


「ああ、待っていろブルーライトニング。オレもすぐに向かう……生を享受する、オレの人生へ! 」



 急激に戻る意識の片隅、まなじりへ涙を称え微笑を浮かべたリヴァハを尻目に、オレは覚醒へと向かって行く。



》》》》



 ICUで眠りに付く英雄少佐クオン

 時間にして六時間に及ぶ大手術後の昏睡が続く。


 すぐには目覚めぬと聞き及んだ、双光の少女ジーナを始めとした霊装機セロ・フレームパイロット達。

 加えて、傷の浅いΩオメガΑアルファの両支援隊隊員らが、救いの艦内待合室へ居合わせる。


 時刻は太陽系標準時刻で早朝の4時を迎えていた。


「……クオンさん、目を覚まして。」


 双光の少女は、地球の故郷で信仰される神へ祈る様に、双眸を閉じ両の手を胸前で結ぶ。

 それを抱く双炎の大尉綾奈は、目の下へクマを刻みながらも少女を支える様に傍に座していた。


 長い……長い夜が明けようとする中。

 ICUから顔を出したのは医療の幼女神ピチカ

 そして微笑のまま唇へ指を当てつつ――


「えーゆー殿が目を覚ましたのだ、ジーナおねーちゃん。」


 ささやく様に告げられた言葉で、居合わせる者みなが盛大な安堵を称えながら、視線を双光の少女へ向けた。


「ジーナちゃん、一番乗りはあなたよ? さあ、行ってらっしゃい。」


 騒がぬ様に努める双炎の大尉が、優しく少女の肩を押し、またしても嗚咽が漏れ始めた彼女もゆっくりその足をICUへと向けた。

 パイロットらに見守られる中上げた視線の先で、未だベッド上……身体をいくつもの管に巻かれるも、穏やかな視線で空虚を見つめる英雄少佐がそこにいた。


「クオンさん……! 」


「ジーナか……すまないな。心配をかけてしまった。」


 崩れ落ちる様にベッドへしがみついた双光の少女の頭を、力強さの戻る手で優しく撫で上げる英雄少佐。

 彼は意識領域で誓った様に、紛うことなき己の生ある人生へと帰還したのだ。


 程なく旗艦全体へ英雄少佐の無事が伝達され、あらゆる部署に属する家族達が安堵を零し、中には双眸をただただ濡らす者もいた。


 すでに英雄は、禁忌の聖剣キャリバーンクルーにとって、無くてはならない存在と化していたのだ。


 一方――

 英雄無事を聞き届け安堵する影が、大格納庫でも激しく無き臥せっていた。


「いやマジで、マジで良かったぜ……! クオンが死んだ日にゃ、俺達の努力が水の泡に! どうしてもっとコックピットを強化出来なかったのか、そればっかりが気になって――」


 やや噴き出す様に溢れる雫で、のはイカついチーフマケディ

 つられて整備部門クルーまで泣きじゃくっていた。


「英雄殿は無事なのです。そう盛大に泣き叫ばれては、彼も困ってしまうでしょうに。それに彼が無事であるなら、我らは最優先でやるべき事があるのではないですか? 」


 部隊に於いてはもっとも新参とも言える挑戦する老齢サダハルが、泣きじゃくる整備クルーを慰める。

 彼としても、最前線で戦う力と最後方で支援する者達が共に刻む絆の強さに、強く心を動かされていた。

 己が今、それほど熱きたぎりに満ち溢れた部隊の同志であるとの実感と共に。


 そんな挑戦者の言葉で、涙を拭い双眸をギラリと輝かせたイカツイチーフ。

 その通りとのしたり顔を浮かべるや、最重要事項を思い出させた挑戦する老齢へこうべを垂れた。


「ああ、その通りだ!すまねぇな、慰め役をさせちまって! 俺達はクオンが無事なら、やるこたぁ山程残ってる! 」


 そして視線を背後へ移し、視界へ無残に打ちのめされた機動兵装群を捉えた。

 中でも、蒼き霊機ブルーライトニングの損傷はコックピットが残るのが奇跡と言える程に大破し、修繕するにも他の機体の数倍時間を要する状況。

 それでも――


「いいか野郎ども! Ωオメガフォースのシグムントに、Αアルファフォースのヒュレイカをお前達に任せる! クリフ大尉にアシュリー嬢ちゃんが唸る様な、元以上の美人へ意地でも戻してみせろっ! 」


「「「イエス、サー!! 」」」


「さて、ほぼ無事なライジングサンとレスキュリオを後回しにしても……Ωオメガエクセルテグ含めたブルーライトニング大改修――ここがあんたの、腕の見せ所だぜ?マツダさんよ。」


 再び視線を挑戦する老齢へと向けるチーフは、蒼き禁忌ブルーライトニング復活の大号令をかける。

 新参にして、地球を故郷に持つ熱き技術者へ向けて。


「ふっ……望む所です。このロータリー47士の技術者魂受け継ぐ、サダハル・コーラル・マツダ。一世一代の大勝負――」


「この宇宙そらで蘇らせて見せましょう。かのブルーライトニングを、死から蘇る不死鳥フェニックスの如くね! 」



 英雄の復活は技術者達にまでも、熱く激しい魂を燃え移らせていたのだ。

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