第229話 覚醒の身障者、医療を変革させるギフトを携えて



 幼い頃の私がその身の異変に気付いた頃には、すでに自身の生まれを呪い初めていた。


 周囲で私を何の隔たりもなく愛してくれる者達。

 そこへ感謝しかなかったのは覚えている。

 いるけれど……私の肩から先に、あるはずの腕が生まれ付き存在せぬ現実は変えられなかった。


 そんな私を不憫に思った両親が、その身を切って用立ててくれたのは一対の義手。

 当時の宇宙人そらびと社会にも出回っていなかった、極めて高性能且つ高額なマルチプル・センシングアーム。


 それから私は、その義手との一蓮托生で生きる事となった。


「ナノマシンの追加注入。脈拍と心電図経過を適時報告。クリシャ大尉は各センサー反応の異常を見落とさないよう。」


 そんな私が義手を駆使して、こんな大手術を担う日が来ようとは思っても見なかった。


 そもそも医療従事の道さえ範疇の外であった私。

 己の生まれを呪うだけの人生を変えたのは他でもない、あのローナ大尉だったんだ。


「ピチカ、縫合に必要な全ての道具はここへ。」


「はい、なのだ。アレット……? 」


「む……お見通しか。サイガ少佐の容態が一刻を争うなら……それを使わぬ手はないからな。」


 両親の想いを無駄に出来ぬと、生活の中常に装着するマシンアームは、事実己への嫌悪を一層増大させる事となった。

 他でもないそのマシンアームに、己の意思がうまく噛み合わず――


 普通に生活する上での力の制御が困難を極めたから。


 皆が切迫する中、感情を抑えて手術へと移る。

 執刀医の過剰な緊迫感は、かえって同じ場に立つ者の焦りを呼ぶ事に繋がる。

 視線は努めて冷静に……思考はサイガ少佐を救い上げる事へ全力を。


 そんな中で……そんな中だからこそ思い出されるのはローナ大尉の言葉。


 己のマシンアームとの苦闘の日々に苛まれていた頃、出会った彼女は私にこう声をかけてくれた。


「あなたは確かに、生まれた時点で大切なモノを失っていた。けれど私はこう思うの。それと引き換えに、あなたはもっと大切なモノを与えられていたのだと。」


「地上では、例え身体の全てを持って生まれたとしても、明日とも知れぬ地獄を生きる人々が数多くいたわ。けれどあなたは今を生き、そこで手にした大切な……。多くの命を救う事の叶う素晴らしいギフトを。」


 宇宙医療大学への進学に迷う私に、当時体験学習の講師を努めていた彼女がかけてくれたその言葉は、後の私の人生を180度変化させた。


「ローナ大尉がギフトと呼んでくれたこのマシンアーム……その制限を今解き放ちます。リミット解除、マルチプル・オペレーション・アクションアームズ起動。」


 外科手術に於ける専門技術者に依頼し、生み出したこの我が身体の一部。

 最初は力加減さえままならなかったそれを、鍛錬と精密調整を駆使し生み出した奇跡のオペレートマシン。


 そう――

 私には機動兵装に乘り戦う事は出来なくとも、使命を救う事だって可能なんだ。


「見ていて下さい、ローナ大尉。私はピチカと共に、あなたが築いて来た医療の未来を継いで行きます。そして、一人でも多くの命を救い上げると誓います。」


 制限を解除されたマシンアームの、無数に伸びるマイクロアクションアーム全てが、私の意思と同調し手術に必要ないくつもの器具を備え――



 今、命の瀬戸際で戦う英雄殿の、大きく損傷した傷跡へと侵入して行くのだった。



》》》》



 禁忌の聖剣キャリバーン内は騒然としていた。


 主力に位置する機動兵装パイロットが、指揮官諸共行動不能に陥る事態。

 ブリッジ内――先に襲い来た、尋常ならざる漆黒の機体のデータ解析に当たるクルーも、救いの艦で意識を飛ばすパイロットらを思う余り集中出来ずにいた。


「指令様、クオン様達は大丈夫ですよね? 」


 中でも一番気をやっていたのは監督官嬢リヴ

 星霊姫ドール由来の鋭敏な感情が、一層の不安を面持ちへ宿す結果となる。


 旗艦指令月読は彼女を案ずるも言葉が出ない。

 不安は指令とて同様であったから。


 C・T・O時代から始まる指令の経歴上でも、これほどの異常事態はかつて英雄少佐クオンが最初に関わった、八年前の事件以来であったから。


 同じ頃、手術中の文字が赤々と光る救いの艦通路外……そのベンチへ泣き腫らした双眸で座り込むは双光の少女ジーナ

 隣り合う双炎の大尉綾奈に抱かれながら、愛すべき存在の無事を只管に願っていた。


 同じく立ち尽くして歯噛みする炎陽の勇者は、英雄が撃たれた際何も出来なかった己の後悔を眉根へ刻み――

 程なく攻撃も、大破を免れ軽傷であった各支援隊の面々が訪れるや、視線をそちらへ移す。


「皆さん、本当に無事で何よりっす。けどまだ、クオンさんは……。」


 彼らと、その各隊長らが無事な点への安堵を送り、今もっとも重篤である英雄は未だ戦い続けている旨を視線に乗せていた。


 旗艦にいる家族誰もが英雄を案ずる中――

 執刀はとどこおりなく進んで行く。


 だがそこで……手術室内でなければ分からない、奇跡の施術が行われていたのだ。

 外科手術に於いては、通信技術と立体映像技術に加えた最新鋭のオペレート・システムを介し、遥かに離れた場所でも医師が手術を成す程度は当たり前の宇宙人そらびと社会。

 しかしそこで、そんな技術の定跡をも覆す奇跡が、同じ場に居合わせた者達の視界を占拠する。


 生まれ付き両腕を持たずして育った寡黙な軍曹アレットの、機械双腕マルチプル・アーム手先が幾重のマイクロアームへと分かれ、それが目にもとまらぬ速さで傷口を処置・縫合して行く驚異の御業。


 そう……寡黙な軍曹だからこそなし得た、己の身体の一部たる義手にて成す、正確無比にして電光石火の外科手術である。


 指示された反応確認を、鋭き視線で逃さず追う妹特務大尉クリシャも絶句する。

 手術台上で繰り広げられる、信じ難い神がかりな手術の全容に。


 そうして、各々の作業を的確且つ迅速に熟す各隊員を尻目に、医療の幼女神ピチカがバイタルを睨め付け――


「バイタルが危険領域を抜けたのだ。脈拍も安定、血圧も正常値に戻りつつあるのだ。」


 すでに、寡黙な軍曹の信頼にたる相棒へと昇華した幼女神は、それでも予断を許さぬ状況と神経を研ぎ澄ます。


 時間にして六時間に及ぶ手術は、彼女たち医療の希望の尽力により乗り越える事が叶ったのだ。


 永遠とも思える時間を、ただ少佐の身を案じる様に過ごす禁忌の聖剣キャリバーンクルー達。

 すでに意識が回復する、鍛え上げられた精神の両支援隊隊長も、救いの艦病室ベッドで朗報を待つ。

 否――

 英雄が死に飲み込まれるは即ち、部隊へ壮絶なる絶望を叩き付けられると同義であるから。


 同様の想いで手術室ベンチ傍に控える、霊装機セロ・フレームパイロットらの視界。

 消灯した手術中のランプを確認するや、跳ねる様に立ち上がる双光の少女。

 排圧を伴い開かれた先より現れる、奇跡の外科医より放たれる言葉を、一抹の望みを込め見つめていた。


「む……。長い時間ご苦労さまです、霊機パイロット方。大丈夫、。」


 優しい視線で応える寡黙な軍曹と、待ち望んだ宣言を耳にし再び嗚咽に塗れた少女。

 それをささえる双炎の大尉も、盛大に安堵を零した。


「意識はどれぐらいで戻りそうっすか?リヒテン軍曹。」


 が、炎陽の勇者の言葉でやや視線を落とした寡黙な軍曹。

 手術成功とは別の難題を察した勇者へ、注釈と共に経過を語って行く。


「む……。実はその点で、少々不安があると申し上げて置きます。これは、エンセランゼ大尉が残してくれたデータを元に考察した結果なのですが……。手術そのものは成功――」


「しかし身体回復の過程で、弊害となる恐れがあります。言うに及ばず、彼は総合遺伝子劣化症を患い生まれた身障者です。結論から言えば、手術で回復する速度が健常者である宇宙人そらびとより遥かに遅延する恐れがあり……最悪、目を覚まさぬ事態さえ想定しなければなりません。」


 安堵からの宣告。

 上げて落とされる様な事態に、息を呑む霊装機セロ・フレームパイロット達。


 されど、あくまで客観的な意見を述べた寡黙な軍曹は直後――

 私的な意見を口にした。


 それは霊装機セロ・フレームに搭乗するパイロット達が到達した、


「ここまではあくまで、統計に基づく客観視点の言葉です。私の意見……私的考察を踏まえた場合、彼は必ず目覚めるかと。皆さんなら感じるはずでしょう――」


「彼はこの宇宙人そらびと社会で……そして我が部隊で、最初に宇宙と重なる存在に覚醒したお方。フォースレイアーとは、遺伝子が総合的に強化されて初めて到達できる境地と、エンセランゼ大尉より聞き及びます。」


 そこまで語る軍曹は、この場で誰より悲しみに濡れている双光の少女の肩へ、そっと手を置き告げる。

 可能性を信じる事も、患者の回復を待つ者に出来る唯一の援護射撃と。


「ですからメレーデン少尉は、少佐の覚醒を信じて下さい。私達が今出来る事は、それ以外にないのですから。」


 優しき双眸は、まるでそこに妖艶な女医ローナがいるかの錯覚を齎した。

 寡黙が常であった軍曹は、いつしか部隊が誇る名女医としての覚醒を見ていたのだ。



 程なく、パイロットらの願いを一身に受ける英雄少佐は、死の淵での最後の戦いに足を踏み入れて行く。

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